ララの正体とギムレットの末路
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「ダーメリック様、何を……」
呆気にとられているギムレット。
それもそのはず。ウーヌス家の当主が、自分達より遥かに下位に位置する猫人族の少女に膝を付き、頭を垂れている。
ダーメリックだけではない、彼の部下達も主と同じ様に目の前の少女に対して敬意を表している。
そんな思いもよらない光景に、ウーヌス家以外の魔族達に少なからずの動揺が走る。
目を擦り出すベターな行動をとる者も少なくはない。
そんな下々の者達など気にも留めず、ダーメリックは口を開く。
「ご無沙汰であります」
「久しぶりだねダー君。アー君の誕生際以来かな?」
「はい、ララディア様」
ララディア? ララの本名なのか?
ここ数日で分かった事は、魔族の中で種族の地位は相当な物だ。
ダーメリックは、魔族の中でも頂点に近い地位を有しているだろう。
また、ギムレットの様子を見る限り、猫人族の位置付けは容易に分かる。
そんなダーメリックが膝をついて、あんなに畏まるなんて
ララは一体……。
「ララディア様っ?……まさか……」
ギムレットは、何かを思い出したかの様な表情から、絶望の表情に変わる。
「そうだよ。ミーの名前はララディア・クロアーデ・ルートリンゲン。君達が崇める、アー君。つまり魔王アーノルド・ルートリンゲンの妻だよー。因みに序列は三番目」
ララは右手の三本の指を顔に寄せる。
マジかよ……序列は良く分からないけど、まさかの王妃様だったなんて。
何が知古の仲だよ、夫婦じゃないか。
それにしても、なんで王妃様が商人なんて真似事を。
「貴殿らはいつまでその粗末な頭を上げているつもりなのだ! 王妃の御前であるぞ!」
驚きのあまり固まっているギムレット達にダーメリックの叱咤か飛ぶ。
ギムレットをはじめとするドゥオ家、トーレス家の者達はハッと我に返り、大慌てで膝を付き頭を垂れる。
あまりにも情けないその行動に、ダーメリックの口からは自ずと舌打ちが打たれる。
「ララディア様、大変失礼いたしました」
「別にダー君が謝る事じゃないよ」
「同じルートリンゲンの名を持つ者として、それが我がウーヌス家の役割かと」
「もぅ、相変わらず固いんだから。髪型はそんなに可愛いのに。あはは」
上機嫌に笑うララに近づくと俺に気付いたのか、ララは「サクタ」と俺の名を呼ぶ。
「俺も膝をついて頭を下げた方がいいか?」
「あはは。やめてよ。ユー達はこの大陸の人間じゃないし。共に過ごした時間は短いけど、ミーはユー達を友人だと思っているからさ」
「わかった! じゃあ、今まで通りで!」
「うん!」
それにしても……。
人妻って!
あんまりベタベタしてくるんで、少し勘違いをしてしまった……。
くうぅぅぅっ!
俺ってやつは、何て恥ずかしいやつなんだ!
「どうしたの? そんなに見悶えて」
「自分に気があると思っていた女性が実は人妻だったという、勘違いも甚だしい自意識過剰な己に耐えられないんだよ」
ズケズケと俺のキズを抉るかの様な言葉を並べながら、ワタルがレウィを連れ近づいてくる
その言葉に、ララはポカーンとしていたが、すぐに口元を弛める。
「あはははは。そっかぁ、ごめんねサクタ。ミーの子供達と同じ位の年だから、ついつい子供達と同じ接し方をしてしまったよ」
「いや、謝らなくていいから! いや、もう、恥ずかしいからこの話は終わりで!」
「てか、俺には紗奈というれっきとした婚約者がいるし!」
このタイミングで紗奈の名前……出さずにはいられなかった。
ごめん、紗奈。
「ありゃりゃ? 既に先約がいたか。ミーの娘ちゃんを紹介してあげようと思っていたのに」
ララは残念そうな顔を俺に向けるが「遠慮しときます」ときっぱり断る。
「さて、それは後にして、まずはこの場の収拾をお願いしてもいいかな?」
ワタルが苦笑いをしながら顔を向けた場所には、この場にいる全ての魔族質が未だに片膝をつき深々と頭を垂れている。
「うん、そうだね。とりあえず、ダー君は楽にしてくれない?」
「はっ!」
ダーメリックが立ち上がった事を確認したララは、「レウィちゃん、こっちこっち」と、レウィに向けて手招きをする。
「あ、はい!」
レウィは、やや小走りでララの元へ。
「ねぇ、ダー君。レウィちゃんの事は知ってる?」
「はっ、もちろんであります。何度か食事を共にした事もありますゆえ」
ララの問いに答えたダーメリックは、すぐにレウィの方へ目線を移す。
「そなたの魔の儀式以来であるな。すっかり淑女になられた」
「ダーメリック様……」
「して、その髪は?」
ダーメリックは、眉を顰める。
ダーメリックの記憶の中のレウィは、今の現在、彼の目に映っている紫ではなく、かつて、トーレス家の宝と言われていた頃の白金色だったのだろう。
「それはミーから説明するよ。レウィちゃんの髪の色が変わった原因は――」
定期船内でレウィから聞いた話を重要な部分だけを手短に伝えると、ダーメリックの表情が段々と険しくなっていく。
「ギムレット、ランバルト、ランディス」
ララの話が終わるや否や、当事者だと思われる三人を呼ぶダーメリックの声は、酷く低いものだった。
明らかに、怒気を含むその声に、名を呼ばれた三人は恐る恐る頭を上げる。
「ララディア様は、こう仰っているのだが……?」
「ま、待ってください! 何かの間違いです! お、恐らくそこの人族共に何かをされたのです!」
「ほぅ、何かとは何だ?」
「そこまでは……そうだ! 遺物か何かを使用して、レウィシア嬢の記憶を改竄したに違いありません!」
「そうです! 私達は何も! ただ、レウィをその人族共から救い出しただけです!」
ギムレットとランディスは、必死にありもしない事を並べている。
反対に事態が飲み込めていなそうなランバルトは、口を一文字に紡ぎ、何か難しそうな表情を浮かべていた。
埒が開かないな。
「ワタル! あれを」
ワタルは頷くと俺に向けてあれを投げ、俺はパシッと受け取る。
手の平を見ると、そこには水色の宝石が埋め込まれたシルバーリング。
そう、何度か世話になっている遺物【尋問の指輪】だ。
残っている宝石は四つ。
十分だろう。
「ララ、少しいいか?」
「うん? あぁ~それね。いいよ、それ使った方が早そうだしね」
どうやら、ララにこの指輪が何なのか分かっていたらしい。
俺は未だ必死に弁明をしているギムレット達の前に立つ。
「な、何だ貴様! 人族の分際で私を見下ろすなど!」
と喚いでいるギムレットに指を向ける。
指には、鈍く光る水色の宝石。
「なぜレウィにあんな事をした!」
思わず荒げてしまった俺の声に反応し、宝石が一つ砕ける。
「そんなの決まっている。あの娘は我々の力関係を脅かす存在。それならあの娘の力を封じ込めればいい。そう思ったのだが、まさか、家からも追い出すとは、思った以上に良い方向に事が運んだ……な、なんだ、口が勝手に!」
両手で口を塞ぐ様な仕草を取るギムレットの言葉に、この場にいる内情を知らない者達に衝撃が走る。
「次は、お前だ」
「や、やめて……」
俺がランディスに指を向ける。
「お前は何でレウィにあんな事をした?」
宝石がまた一つ砕ける。
必死に顎を押し込め口を閉ざそうとしているランディスの健闘虚しく、
「誰も私を見てくれなかった! いつもレウィばっかりにかまけて、私は空気の様に扱われていた! その原因であるレウィが殺したい程憎かった! いつも消えて欲しいと思っていた! あぁ……」
「ランディス……お前……」
「父上! 違うのです! これは何かの間違いです!」
「何と愚かな、自分達の保身のため、こんな幼い少女を……ランバルト、貴殿も貴殿だ! 何故己の娘を信じて上げれなかったのだ!」
「面目ございません……、すまないレウィシア……すまない……私は何という事を……」
ランバルトはレウィに向け膝をつき、大粒の涙を流していた。
だが、こいつは、レウィを捨てただけじゃなく、俺達が止めなかったらこいつはレウィの首を刎ねていただろう。
謝っても許されるものじゃない。
「ねぇ、レウィちゃんはどうすれば元に戻れるの?」
「元に戻す方法は、ご、ございません……」
ララの問いに、煮え切らない様な返事をするギムレット。
ギムレットの両目が世界新記録が出そうな位のスピードで泳いでいるのを見ると、何かを隠しているのは一目瞭然だ。
「サクタ、お願い」
俺は、頷きギムレットに向けて、再度指を向ける。
ギムレットは必死に俺の指から逃れようとするのだが、足を掛けて転ばせ、ひっくり返った亀の様に仰向けにして俺の足で身動きが取れない様に抑え込む。
「さぁ、どうすればレウィを元に戻せるんだ!」
宝石が弾ける。
「そ、それは、モゴモゴ」と必死に口を塞ぐギムレット。
俺はギムレットを抑え込みながら屈み、ギムレットの両手を口元から剥がす。
「術者である私が死ねば呪いは解ける。ち、ちが、違う! これは何かの間違いです! 嘘です!」
慌てて訂正するギムレットだが、次の瞬間!
「ぐびょえあ!」
「――――っ!?」
ギムレットの首元から槍が生えていた。
先程俺が受け止めた槍。
そう、ダーメリックの槍だ。
「どの道、こやつは処刑される身。それなら、一秒でも早くレウィシア嬢を解放して上げるのが道理であろう」
静寂に支配されているからか、ダーメリックの声がやけに響く。
ヴァンパイアだからって灰になって消える、と言うことは無く、ギムレットは物言わぬただの肉の塊と化した。
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