もう一人のルートリンゲン
「そ、そ、そんな、馬鹿な……」
ギムレットは、自分の置かれている立場を未だに信じられないようだ。
そんなギムレットを余所に、武骨なバスタードソードを肩にかけ、俺は一歩ずつ地を踏みしめ近づく。
何でこうなった? 何故人族ごときに? といった、自問自答の迷路から抜け出せないでいるギムレットの前には、己の部下達を何の苦労もなく葬り去った俺が立っていた。
「な、なんだ貴様らは! 先ほどの魔法といい、貴様の強さといい、何故貧弱な人族ごときがっ!」
現魔王の分家であり、魔族の中でも最上位に君臨する己が人族ごときに遅れをとり、追い詰められている。この現状に自尊心は真っ二つに折れ、混乱と憤懣に支配されたギムレットは、口汚く俺を罵る。
「人族もクソも関係ないんだよ。ただ、俺達がお前らより強かっただけだ。そんな事よりも、よくもレウィに色々してくれたな?」
「……ぐっ!?」
俺の溢れんばかりの殺気がギムレットを黙らせる。
このタイミングで、ワタルとララは地上に降りてくる。
ワタルは、レウィを守っている自作の簡易ドームに手を当てると、ドームは一瞬で姿を消し、レウィが現れる。
「大丈夫かい?」とワタルは先程の戦闘モードとは違う、いつもの涼しげな笑顔をレウィに向けると、両目から大粒の涙を流す紫色の髪の少女は「ごめんなさい! ごめんなさい!」と謝罪を繰り返す。
俺達に黙って居なくなった事に対する謝罪なのだろう。
「いいんだ。君が無事でよかった」と、ワタルは子供をあやすかの様に優しくレウィの頭を撫でる。
「何だ貴様は! 離せ! 猫人族の癖に僕を誰だと思っているんだ!」
「全く、どさくさに紛れて逃げようなんてダメだぞ?」
ララがレウィの兄であるランディスの首根っこを掴んでいた。
なんて奴だ、自分だけ逃げようとしたのか。
首根っこを掴まれたままのランディスは、ジタバタと暴れるが、健闘虚しくララによって引き摺られ、ギムレットの隣に戻される事に。
「き、貴様ら! 私にこんな事をしてただで済むと思っているのか!? 私は、魔王様の身内なのだぞ? 魔王様の一言でこの大陸の全ての魔族の標的にする事も「だせぇな」――なっ!?」
俺はグダグダと虎の威を借る狐の様な態度を取るギムレットの言葉を遮る。
「俺達にそんな脅しが効くと思うか?」
「脅しではない! 私が言えば魔王様直々に!」
「そうか。じゃあ、その魔王様を呼んでくれよ。俺達は元々魔王アーノルド・ルートリンゲンに会うためにこの大陸に来たんだからよ。手間が省けて何よりだ」
ギムレットは、俺に脅しが効かないどころか、あまつさえ魔王を呼んでこいと言われた事ににっちもさっちもいかない様子だ。
俺の言葉がハッタリや強がりではないと気付いているのだろう、ギムレット口を一文字に結び、弱々しく惨めな目を俺に向けている。
――――――その時だった!
グギャアアアアッ
大地を震わせるかのような、獣の鳴き声が上空に響き渡る。
その声に釣られて空を見上げると
空を埋め尽くすかの様な飛竜の大群がこちらに向かっていた。
その中でも一際巨大な体躯を誇る黄色い飛竜の背には、セメントの様なアッシュグレイの坊ちゃん刈りをした、明らかにBMI40%越えはありそうなデッぷりとした男が飛竜の背に胡坐をかいていた。
「くっくっく、来て下さった!」と歓喜しているギムレットに「なんだあれは?」と問うと、「あの方は我ら魔王の分家の最上位者である、ダーメリック・ウーヌス・ルートリンゲン様だ! 貴様らは終わりだ! うあははははははは!」
狂ったかの様に笑うギムレットに若干引き気味になっていると、ダーメリックはよっこらっしょと声が聞こえそうな仕草で重そうな身体を起こし、背中に背負っている自分の背の倍の長さがありそうな槍を掴み、予備動作を感じさせない素早い動きで投げる!
槍は、ビュウウウウウン!! と空気の壁を打ち破りながら高速で近づいてくる。
俺の心臓に向かって寸分の狂いもなく。
ギムレットは、破顔していた。
これで、俺が死ぬとでも思っているんだろ。
「咲太!」と俺に向かって何か魔法を発動しようとしているワタルを、俺は片手で制し「問題ない」と目で伝えると、ワタルは魔法の発動を途中で止めた。
さて、気を取り直して、俺は冷静に槍を見据え、右足をやや後ろに引き腰を落とす。
――――そして―――パシッ! と俺の心臓に到達するや否やのタイミングで槍の先端を両手で挟む。
所謂真剣白刃取りというやつだ。
思った通り槍の勢いを殺す事はできない。
だが、想定内だ。元々簡単に止められるとは微塵も思っていなかったからだ。
右足に思いっきり力を込める。
槍と俺の根比べだ。
メキメキと俺の足が地面に埋まっていく感じがする。
うん、イケそうだ!
「うおおおりゃあああ!」と俺は全身の力を腕に集中させ、槍を上空に押し返した!
最高到達時点に達した槍は、そのまま重力により落下。
そのまま、地面に突き刺ささり、ほどなくして槍の周辺に小爆発が起こる。
その光景にどよめく部下達を余所にダーメリックは目をギラギラさせていた。
ギムレットは目が飛び出るくらいアホな顔をしていたが、奴はどうでも良い、無視だ。
間も無く、ダーメリック一同が地に降りる。
空を埋め尽くすような数の飛竜達が一斉に降りてくる様子は圧巻だ。
そして、ダーメリックは部下であろう兵士達をを伴い、俺達の方へと歩いてくる。
統率された軍隊の行進の様に。
彼らがギムレット達より遥かに高いレベルの者達だと嫌でも分かってくる。
「避けるでもなく、弾くでもなく、掴み取るとは……やるではないか!」
口を開いたと思えば、俺に対する賛辞。
そして、その表情は近所の悪ガキを思い出させる。
「いきなり投げて来る事はないんじゃないのか? 下手したら死んでたぜ?」
「ぐははは、それはそうだろう! 殺すつもりで投げたのだからな!」
「ちっ」
悪そびれもしないダーメリックに、俺は舌打ちをうつ。
「まぁ、そんな顔をするな。殺すつもりで投げはしたが、本当に貴殿が死ぬとは思わなんだ。これでも相手の力量は測れると自負しているゆえ」
ダーメリックは、上機嫌に捲し立てる。
見た目はサムハン○ンポなのに、気品や強者としてのオーラを纏っている。
いや、そんな事言ったらサムハンキ○ポに失礼か……ごめんなさい。
俺とそんなやり取りをした後、周辺に目をやるダーメリックは、つい先程までとは別人の様に不機嫌に眉をしかめて口をへの字に曲げる。
「久方ぶりの援軍要請かと思ってきてみれば……何と言う体たらく」
そして、その怒りの矛先は、ギムレットに向けられていた。
「だ、ダーメリック様。こやつらは、我らルートリンゲンに仇名す者です! 決して許してはいけません! 何卒お力添えを!」
己の足にしがみつき懇願するギムレットの姿に、深く溜め息を吐くダーメリック。
「何と不甲斐ない……経緯を話せ。簡略にだ」
「ははっ! この人族共は誘拐犯なのです。トーレス家が長女、レウィシア嬢を誘拐し、あまつさえも奪還に成功した我々に対して、強力な遺物を使い攻撃を仕掛けてきた卑怯者なのです!」
おおよそ自分の事だと言うのに、良くもまぁぬけぬけと。
「ち、違いますっ! この方々は私を助けてくれた恩人です! ギムレットは「おぉ! 可哀相なレウィシア! どうやら人族共から酷い目に遭い気が違えたのでしょう!」――違います、私はまともです!」
ギムレットは、レウィの言葉に自分の言葉を被せる。
レウィがキチガイだと?
もう我慢ならねぇ!
堪忍袋の緒が切れた俺は、ギムレットを黙らせる為に動こうとするのだが、「あ、まって」とララが背中越しに抱き付いてきた事で、たたらを踏む。
怒り心頭のワタルも既に、魔法で剣を具現化させ、今にもギムレット達に斬りかかりそうな様子だったが、ララが俺を止めた事を見て、足を止めていた。
ダーメリックは、そんな俺達を一瞥すると一瞬だけ驚いた表情を浮かべた後、フッと笑みをこぼす。
見た目は○ムハンキンポなのに、妙に絵になる仕草だ。
「ほぅ。誘拐犯だとな。して、そこにいる猫人族は何者なのだ?」
ララの事だろう。
質問されたギムレットも、そう言えばコイツ誰?
見たいな顔をしていたのだが、何か悪知恵が働いたのか、嫌らしい笑みを浮かべる。
「この猫人族は、奴隷商人です。この人族と共にレウィシア嬢を誘拐して魔族をコレクションにしている人族の貴族に売り渡そうとしたのです! どうか、この者達に鉄槌を!」
呆れてものが言えない。
「ほう……と言っておりますが?」
ダーメリックの視線は明らかにララに向けられていた。
「滑稽だね」
「な、何だと貴様! 猫人族の分際で……ん? 言っておりますが?」
ギムレットは気づいてしまった。
ダーメリックが、ララに対して敬語を使っていた事を。
ララは、「ちょっと待っててね」と俺の腰を束縛していた自分の腕を解き、ダーメリックの前に立つと、ダーメリックは片膝をつき、ララに頭を垂れる。
「―――!?」
俺……いや、この場にいる全ての者達が予想だにしなかった光景がそこにあった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
念のためですが、サム〇ンキンポは大好きです!
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