ギムレットの誤算
上空を見上げるレウィと目が合う。
何て表情をしているんだ……。
俺達と一緒にいた時には、一度も見せた事のない表情。
全てを諦めたかの様な悲痛な表情
「どこのくそったれがレウィにそんな顔をさせたあああっ!」
俺の怒りのシャウトが地上に響き渡る。
「ちょっと、ウルさいよサクタ! 鼓膜が破れるかと思ったよ!」
「おまっ、バカ! レウィがあんな顔してるんだぞ! ムカつかないのかよ!」
「愚問だね。先からあそこにいる下種共を消し屑にしたくてたまらない」
「ララ! アイツのせいなんだよな!?」
「うん。ミーの調べでは元凶はギムレット、あ、あそこにいるキザっぽい男とレウィちゃんの実の兄であるランディス。ランディスは、あそこの趣味の悪い赤いチュニックを着た男だよ。しかも、レウィちゃんの首向けて剣を構えているのが、レウィちゃんの実の父親だよ」
ララが指さす方を見ると、ギムレットは蔑むかの様な視線を俺達に向けていた。
舐めやがって、俺達が人族だと知って軽視しているのだろう。
それにしても……。
「実の父親だと? なぜ、実の父親がレウィに刃を向けているんだ?」
「レウィはトーレス家の恥と呼ばれる存在。そんな存在をこの世から消し去ろうとしているんだよ」
くそっ、俺の親父も屑だけど、アイツはもっと屑だ!
「許せねぇ! ワタル!」
「久しぶりに本気でいかせてもらうよ。僕の友を傷つけた罪は重い」
ワタルはいつもの涼しげな顔とは打って変わり、獰猛な表情を地上に向けていた。
以前、俺と死闘を繰り広げた時の顔と同じだ。言葉の通り本気になったのだろう。
右の掌を天に向けて突き出し詠唱を唱えるワタルの身体は、魔力の渦に包まれる。
「久しぶりに見たけど、やっぱりお前の魔力は迫力があるな」と俺は無意識に賛辞を洩らす。
数秒間の詠唱を終えると、ワタルの頭上に魔力が吸い込まれていき、直径一メートルはありそうな燃え盛る炎の塊が現れる。
「何だあのバカげた魔力は!」
それに気づいたギムレットは、先程までの蔑んだ表情から一変、驚愕を発する。ギムレット以外の者達も、信じられない物を見るかの様に呆然と空を眺めていた。
「『地獄の業火』」
ワタルの右手が地上に向けて振り下ろされると同時に炎の塊が降下する。
炎の塊は徐々に落下スピードを上げると同時に、膨張していき周辺を飲み込む程の大きさへと豹変していく。
ちょっと待ってよ? ぶっ放せと言ったが、レウィがまだ下にいる!
「おい! おま、まだレウィが下に!」
「ふふふ、僕が彼女を傷つける様な事をすると思っているのかい?」
パニクっている俺を嘲笑う。
目を凝らしてよく見ると、レウィがいたと思われる場所に人が一人すっぽり入れそうなドームが出来ていた。
ちゃんと対策済みなのね……。
「障壁を展開しろおおお!」
ギムレットの叫び声に、三桁外れ優に超えるドゥオ家、トーレス家の両家の当主を含めた精鋭達が魔法障壁を発動させるといくつもの障壁が重なり、完成された透明なシェルターがワタルの魔法を迎え撃つ。
「ぐおおおおお! 何て威力だああああ!」と悲鳴を上げるギムレットの様子が物語っている様に、ワタルの魔法を抑え切れず潰されそうになっていた。
このまま終わるかと思っていたら、ギムレットの部下だろう、結構な人数の援軍がギムレットの元へと集まり、同じく障壁を展開し、何とか力押しでワタルの魔法を逸らすと、遠方に聳え立つ山脈に着弾し、ドッコーーーン!! という爆発音から一拍おいて爆風が地を駆け巡る。
「相変わらず馬鹿げた魔法だな」と俺が指を差した先には、ワタルの魔法が着弾した事で山脈のど真ん中を抉るかの様な大穴が出来ていた。
「君に効かなかったら意味がない」と、褒めたつもりが何故か不機嫌にさせてしまった。
「な、な、何なんだ……たかが人族に、何故これ程の魔法が…………いや、これ程の魔法だ、人族の乏しい魔力じゃ一発が限界だろう――」と希望的観測な結論に至ると、「総員、上空の飛竜を打ち落とせ!」と声を張り上げる。
ドゥオ家、トーレス家の精鋭達はギムレットの命令に従い、様々な属性の魔法を俺達に向かって放たれ、全てではないが半数は飛竜を捉えていた。
そんな数百にもなる魔法攻撃に、ギムレットは確かな手応え感じている様で「ぐははは! これは時間の問題だな!」と高笑いをあげていたのだが、地上から放たれた魔法がワタルの魔法障壁により消失している事に気付き、開いた口を閉じる事は出来なかった。
そして、自分達の攻撃が無意味な事に気付いたのか、地上からの攻撃は徐々に止み始める。
頃合いだろうと思った俺は、「じゃあ、行ってくる!」とこの世界に戻って来てから愛用しているバスタードソードを携え、飛竜の背中から飛び降りる!
「なっ!? ちょっとサクタ! こんな高さから飛び降りたらいくら君でも無事にすまないよ!!」
俺はくるんと身体を仰向けにし、必死に叫んでいるワタルに向かって「魔法で何とかしてくれ!」と叫ぶと、やれやれといった表情のワタルが俺に向けて風魔法を発動させる。ワタルの風魔法によって、ふんわりとした優しい温もりに包まれた感覚に陥いった俺はそのまま降下し、スタツ! と上空から着地したとは思えない軽い足取りで地に足をつける。
「よくもレウィを虐めてくれたな? 覚悟はできてるんだろうな?」
俺は、武骨なバスタードソードを肩に掛けトントンと肩を叩き、威嚇する。
「ふん! 下等な人族がたった一人で何ができる! おい、この人族に己の立場を弁えさせろ!」
魔法ではどうにもならない事に絶望していた様子だったギムレットだったが、魔族の地力と数的有利よるものなのか、俺に対してはもう勝った気でいるようだ。
案の定、ギムレットの言葉で、俺に殺意を向けている魔族達は明らかに俺を軽視する様な目を向けていた。
こいつらの種族至上主義ってやつは、本当にうんざりするな。
たった今、ワタルの魔法につぶされそうになったくせに。
「気に入らねえええ!」と叫ぶ俺は、右足を踏み込み、魔族の群れに突っ込む!
俺は瞬時に群れの中心部へと移動し、右手のバスタードソードを横に振ると、塊で魔族達が吹き飛ぶ。
俺のスピードについてこれないのを見ると、奴らの目には、凄い勢いで仲間達が独りでに吹き飛ぶ様だけが目に映っているだろう。
吹き飛んでいく部下達の断末魔が鳴り止まない事に、ギムレットの両膝は無意識にガクガクと震えだす。
「わ、私は何と戦っているのだ……聞いてない、聞いてないぞ……」と呟くギムレットにレウィの父であるトーレス家当主ランバルトは、「ギムレット様! 先程の魔法といい、この化物みたいな人族はなんなのですか!」と悲鳴に似た声を上げるのだが、ギムレットから返事が返ってくる事はなかった。
ただただ、部下達が亡き者にされる状況を指を咥えて見ているしか無い様だった。
――時間にして、数分。
ドゥオ家とトーレス家、両家が誇る精鋭達は一人として立っている者はいなかった。
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