声を張り上げる男
――咲太が海に落ちた同日
「何だと? もう一度言ってみろ」
書類に目を通していた男は、部下の報告に耳を疑う。
「あの娘を運んでいた人族の盗賊団が一網打尽に。そして、レッドタイド子爵も何者かの介入により捕縛され、処刑間違いないとか」
「それで、あの娘はどうした?」
この状況が部下の所為ではない事は理解しているのだが、男は苛立ちを隠せない。
「定期船でイトに向かっているとの事です」
ダンツ! と男が拳を振り下ろすと、重厚な木製の机が粉々に砕け、積まれていた書類が宙を舞う。
「いかがいたしましょう?」
主の激高にも顔一つ変える事無く、淡々と指示を仰ぐ。
「イトに向かう! すぐに準備しろ!」
「ハッ!」
ギムレット・ドゥオ・ルートリンゲンは、血走った眼を窓の外へと向ける。
「レウィシア……。大人しくガレイスの玩具になっていれば良かったものの……まぁいい、私自らその首を落としてやろう」
ギムレットは知る由もない。
レウィシアが人族と共に行動をしている事を。
ギムレットは知る由もない。
レウィシアと共に行動している人族が、片や【殺戮者】と呼ばれ戦場を恐怖の渦に陥れた男であり、片やその殺戮者が認める天才魔導士である事を。
ギムレットは知る由もない。
この男達が、己がレウィシアに対して行った非道に対して激高している事を。
◇
「旦那、見えて来たぜ! あれがイトだ」
手綱を握っているため、ガンゲルグが前方に顎をしゃくらせ教えてくれる。
魔大陸という事で、禍々しい雰囲気の町を想像していたが、ハヴェーストとあまり変わらない雰囲気の港町だった。
「おう! 思ったより早く着いたな! ありがとうなピッピ!」と俺がピッピの背中を擦ると、ピッピは「グェ~」と上機嫌な声で返してくれた。
ガンゲルグは俺の事を旦那と呼ぶ。
俺の強さに敬意を表しているとか、名前呼びはとんでもないとか……別にそんな必要はないと言ったのだが、断固として譲らなかったので、好きに呼ばせる事にした。
雪兎族の里を出発してから、暇潰しも兼ねて俺はガンゲルグと色々な事を語りあった。
話によるとガンゲルグは、グランモースという竜族に仕える従者らしい。
幼いころ両親を戦争で亡くして孤児となり、道端で死にそうになっているところをグランモースが拾ってくれたらしい。
孤児上がりと言うことで、後指をさされたり、嫌がらせを受けたりと肩身の狭い思いをしてきたが拾ってくれたグランモースに恩返しするため、寝る間も惜しんで働くが、元孤児という事がハンデとなり同年代の者達に比べて出世が遅く自暴自棄になったところ、偶然ミミ達を見つけ功を焦ったという。
ガンゲルグのミミ達や俺に対して見せていた下位種族を見下す態度は、魔族社会では普通の事らしい。その代わり、下位種族であっても強者であれば敬意を表するという。
「それにしても、旦那は恐ろしく強いな? 俺様も竜族の中ではまぁまぁ名の知れた戦士なのだ。それが一瞬でやられるなんてな! 正直、人族は弱いと聞いていたが、百聞は一見に如かずとは正にこういう事だと身に染みて思ったさ!」
「あははは、そうだな! まぁ、次に活かせればいいんじゃないか?」
「あぁ! よし、そろそろ降りるぞ!」
ピッピは、上空からイト町に着陸する。
入門手続きは? と質問すると。基本レッサードラゴンを従えるのは上位種族のみであり、上位種族は入門手続きなしで町に入門できるらしい。
所謂顔パスならぬ、ドラパスだ。
ドラゴンの発着所でピッピの背中から飛び降りる。
そして、ピッピの顔を両手で抱きしめ「ありがとうなピッピ、助かったよ!」と労いの言葉を掛けると、ピッピは「グェグェ~」と俺の顔に擦り寄ってくる。
「ピッピは結構人見知りをするんだが、旦那の事をよっぽど気に入ったらしいな」
「そう言ってくれると嬉しいよ」と今一度、ピッピの額を撫でる。
「助かったよ、お前達がいなかったら俺は今頃森の中をさ迷っていたよ」と改めて感謝を述べる。
「本当に魔王様に会いに行くのか?」
俺が魔王に会いに行くというのは既に伝えてある。
「あぁ、その為に来たんだからな」
「そうか……」とガンゲルグは複雑な表情を向ける。
「心配してくれるのか?」
「なんだ、まぁ、旦那とはもう知らない仲ではないしな」
「ありがとうな。大丈夫だ、俺は絶対に負けない」
「でも! いや、止めておこう。……達者でな」
ガンゲルグは何かを言いかけるが、口を噤んで右手を差し出す。
「あぁ、お前も早く出世できるといいな!」
俺はその手を握り返し固い握手を交わした後、その場を離れた。
◇
町の中を歩いていると、ハーヴェストとは反対で圧倒的に人族以外の種族が多いが、港町ならではの活気は同じものを感じさせてくれた。
定期船の発着場に着いた俺は、チケット売り場の窓口へと近づく。
羊の様なグルグルした角を携えた若い女性の売り子さんに、ポケットに入れていた木製の定期船のチケットを見せ、船のスケジュールを確認すると、後一~二時間程で到着すると教えてくれた。
ワタル達とすれ違いにならなくて済む事に俺は胸をなで下ろす。
ワタル達が到着するまで時間があるので、とりあえず俺は食事を取る事にした。
海に落ちてから今まで、何も口にしていないため腹ペコで死にそうなのだ。
奴隷の時であれば、全然我慢できてたのだが、最近好きな時に好きなだけ食べられる幸せな生活を送っているせいか、俺の身体は大分軟弱になったらしい。
それが悪いとは思わないが。
定期船の発着所の近くの大衆食堂の様な場所で食事を取る事にした。
朝食とは思えないほどに、大量の料理をオーダーをする俺を見て店の人は苦笑いを浮かべ、運ばれてきた大量の料理に周りのお客さんは信じられないものを見る目を向けていたが、そんな事を気にする事なくガツガツと料理を口に運ぶ。
俺の食べっぷりを見て、他のテーブルのお客さん達が「おごりだ!」と言って、追加の料理を頼んでくれ、俺はそれを遠慮する事なく平らげ時間を過ごしていた。
しばらくすると、ブオーン! ブオーン! と汽笛が鳴り響く。
港の方へ目をやると数日前まで俺が乗っていた定期船が姿を現した。
港に近づいてくる定期船を目を凝らして良く見ると、数日離れていただけなのに妙に懐かしく思える顔ぶれが並んでいた。
「おーい! ワタル! レウィ! ララ! おーい!」と俺は大きく手を振る。
何度も声を出し、手を振る俺に最初に気づいたのはララだった。
ララは慌てた様子でレウィとワタルの袖を引っ張り俺の方へ指を向けると、続いてワタルとレウィも俺の存在に気づく。
レウィとララは嬉しそうな顔で俺と同じ様に大きく手を振る。
ワタルは……怒っているようだ……。
だけど、俺は伝えなくちゃいけない!
意を決して、腹に力を込め、そして一気に声を張り上げる!
「ワタルううう! 金貸してくれええええ!」
俺は山の様に積み上がった皿を指さしそう叫んだ。
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