咲太が……
僕達がハーヴェストの街を出て六日が過ぎた。
昨晩、生憎の悪天候のため部屋から一歩も出ず読書に勤しんでいたのだが、いつの間にか眠りに堕ちしまったらしい。
「うん? 咲太?」
咲太がいない。
この客室は、僕と咲太の相部屋なのだが……咲太の姿が見えない。
因みに船酔いで苦しんでいるレウィに治癒魔法を施すためベッドを一つ使わせている。なので、現在この客室には僕とレウィの二人しかいない。
咲太の事だからお腹がすいてご飯でも食べに行ったのかも知れない。
そう思い読書の続きに取り掛かる。
…………咲太が一向に戻ってこない!
よく外に出てはちょくちょく客室に戻ってきて、僕の読書の邪魔をするのだが、僕が目を覚ましてから日が沈みかけている現在に至るまでに一度も戻ってきていない。
もしかするとララの部屋にいるのかも知れない。
ララは饒舌で、彼女の話を聞いていると時間が経つのも忘れるくらいだ。咲太の退屈を解消するにはもってこいだろう。
ハッ!? ララは妙に咲太に懐いている。もしかすると密室で二人が時間を共有している間、良い雰囲気になって一線を……ありえない話ではない、咲太も健全な男なのだから。
調子を取り戻したレウィと共に恐る恐るララの部屋に赴くが、そこに咲太の姿はなかった。
ララの話だと昨日の朝方から見ていないとの事だ。
ララの部屋を後にし、咲太の行きそうな場所を隈無く探してみるが、やっぱり見つからない。
船内はさほど広くはなく、咲太の行動範囲は限られているのだが……
魔力探知を使ってみるが、咲太の場合、魔力の器が完成されていないため、探知に引っ掛からない。
その内見つかるだろうと僕とレウィは、甲板に設置してある木製のベンチに腰掛ける。
日が完全に沈み、辺りが暗闇に包まれる。
昨晩とは打って変わって、船は穏やかな海を切り進んでいる。
ぼーっと海を眺めていると、ぞろぞろと甲板に人が集まってきた。
明日この船が魔大陸の入口である【イト】の街に到着するという事で、恒例の催し物をするらしい。催し物と言っても、振る舞われる料理とお酒を片手に船員による生演奏に合わせて乗客達が躍りを楽しんでいるくらいだ。
そんな光景を目にしながら、ふと、ここ数日の出来事を思い返す。
――航海二日目
サクタが騒がしい……。
初めての船の旅に浮かれるのは分かるけど……まぁ、そろそろ飽きるだろうし、僕は生前に買ったは良いが死んでしまったため読めずに小屋に保管してあった本を読むことにしよう。
日本には様々なジャンルの数え切れない本がある。
しかも、図書館は誰でも自由に、しかもタダで利用できるという、本の虫には堪らない素晴らしい環境だ。
こっちの世界は、日本の様に印刷技術が進んでいないため本を一冊作成するにはかなりの労力が必要だ。それに紙も高い。なので自ずと本は高級品となるため、一般庶民に手の届かない代物だ。
そのせいか識字率も低い。
なので、図書館も貴族以外では厳しい審査を通った者。そして、高い入館料を支払った者のみ利用が可能である。
「全く、何をとっても素晴らしい国だよ我が祖父の故郷は……」
ついつい、独り言をもらしてしまった。
「うぅ……」
「大丈夫かい? 『リフレッシュ』」
僕は船酔いで苦しんでいるレウィに治癒魔法をかける。
盗賊団から助け出したあと、僕達と数日過した事で血色が良くなった彼女の顔は、見るからに具合が悪そうな血の気が引いた顔に変わっていた。
僕の施した治癒魔法によって少しは楽になったのか、レウィは静かに寝息をたてていた。
僕はまた本に目線を移した。
そんな僕に咲太が頻りに船内を散策しようと誘ってくるのだが、レウィの看病と言うことで断ると渋々一人で客室を出ていく。
僕が手にしているのはシリーズもの戦記で、完結まで後十四冊もある。この航海時期を逃すとのんびり読書できる時間もないだろうから出来ればこの期に読破したいものだ。
――航海3日目
咲太が鬱陶しい……。
前日まであんなに浮かれていたのに、やれ海しかないとか、やれ部屋が狭いとか、やれレストランのメニューに飽きたとか……聞いていられないので無視してると近付いてきて読書の邪魔をしてきた。
出来れば眠りの魔法を掛けて眠らせたいのだが、咲太には状態異常が効かない……僕ほどの魔法の使い手であっても咲太を眠らせる事は出来なかったのだ。
鬱陶しい……。
――航海4日目
咲太が恥ずかしい……。
もう我慢の限界なのか咲太は急に立ち上がり、魔大陸まで泳いで行くと言い出した。
アホとしか言いようがない。
付き合っていられないと、僕は適当に流し読書を続けた。
丁度良いところなんだから邪魔しないで欲しい。
咲太が客室を飛び出して数十分後、コンコンとノックの音が聞こえ扉を開けると船長さんと数名の船員さんに連れられた咲太が立っていた。
話を聞かなくても大体見れば分かる。
咲太は本当に海に飛び込もうとして、船員さん達に止められたのだろう。
船長さんは僕が想像していた通りのストーリーを語り、くれぐれも目を離さない様にと念を押し船員さん達を連れ船長室へと戻った。
こんな恥を掻いたのは生まれて初めてだ。
僕は一瞬咲太を睨み付け、踵を返した船長さんと船員さんに謝罪した。
解放された咲太は、「めっちゃ怒られたよ……」と若干反省気味ではあったが、僕は相手にしないで本の世界に戻った。
その後、咲太は小一時間程落ち込んでいたが、ララが部屋に遊びに来た事でまた元の調子に戻った。
――航海5日目
この日の咲太は大人しかった。
この日は生憎の悪天候で、暴風と荒波により船内は凄い事になっていた。
折角調子を戻したレウィだったが、また僕の治癒魔法の世話になる事に。
相変わらず本の世界に入り浸っている僕は一々船が揺れるのが煩いしと思い風魔法を使い宙に浮かんでいた。
クライマックスに差し掛かり集中したいところだったのだ。
問題の咲太は前日の事が堪えたのか大人しくしてはいるのだが、まるでジェットコースターの順番待ちをしているかの如くワクワクとした表情を隠せないでいた。
もうバカな事はしないだろう。
そんな事を思っていると、咲太が急にトイレに行って来ると客室を出ていった……。
あっ……。
咲太は本当にトイレに行ったのか?
咲太のあのワクワクした表情が幾度なく頭を過る。
もしかして、トイレではなく外に出たのではないのか?
ありえる……身体能力に絶対的な自信を持っている咲太なら、まさか自分が海に落ちるとも思わないだろう。
極めつけは海に落ちても何とかなると思っているだろう。
いや、でも咲太がそんな考えなしとは……いや、実際に海に飛び込もうとして怒られていたし……いや…………いや…………。
僕が一人で自問自答を繰り返すと、ララが大慌てで駆け寄ってきた。
「他の乗客からの情報なんだけど! 昨日の夜サクタが外に出て行くのを見たんだって!」
はぁぁぁぁぁぁ
自分でも信じられない位長いため息が洩れる。
「あんのバカッ!!」
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
次から咲太に戻ります。
誤字脱字は見つけ次第修正しております。
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