紗奈の夏休み ⑤
今回で紗奈のパートは終わりです。
「てめぇ一人でこの人数相手に何ができんだ?」
「正義の味方気取りか? 大層な通り名しやがって、テメェの頭が壊れてんじゃねーのか? ぎゃははは」
荒事を生業とし、ましてや数の利でも圧倒的有利な立場にいる。
強面の男達には、自分達が負けるビジョンなんてないのか余裕たっぷりです
「そんなギャンギャン吠えるなよ。お前らあれだろ? 群れなきゃなーんにも出来ない雑魚ってやつだろ?」
「てっめぇ……」
単純極まりない強面の男達は、見事に佐久間さんの挑発によって怒りを露わにします。
「ほら、吠えてねぇで掛かって来いよ。ビビってんのか?」
「くそが! ぶっ殺してやるッ!」
強面の男達が一斉に佐久間さんに殴り掛かります。
「死ねやぐおらああ!」
「そんなんで俺を殺せるかよ!」
佐久間さんは、強面の男達の攻撃をその体格には似合わない素早い動きで躱し、的確に彼らの急所を目かけて攻撃を繰り出します。
「サクが褒めるだけの事はありますね」
次々と敵を葬り去る佐久間さんの動きは、まさに蝶の様に舞い蜂の様に刺すという言葉が似合う程でした。
「おいおい、こんなもんか? 正直、期待外れにも程があるぜ」
佐久間さんがそう漏らすのも無理がありません。
あんなに粋がっていた強面の男達は、ものの数分で殆どが戦闘不能になっていたからです。
「ナメやがって!」
「おい! 何を梃子摺ってんだ!」
「わ、分かってますよ!」
零夜に叱咤され、苛立ちを隠せない強面の男達は、素手では敵わないと思ったのか、各々鉄バットやナイフ、青龍刀などの武器を取り出します。
「喧嘩で道具かよ。だせぇ雑魚にはお似合いだな!」
「うるせぇ!」
強面の男達は佐久間さんに武器を向けますが、圧倒的な力の差は武器では埋められないのか、素手の時と全く同じ結果になりました。
「ふん、雑魚は道具を持っても雑魚なんだよ!」
男達が動かないのを確認し、佐久間さんは零夜達に向けて歩き出します。
「そんで、お前らはどうするんだ? ここで負けを認めてこの子達に一生関わらないって言うならお前達には手はださねぇ。俺は弱い者いじめが嫌いだからな」
佐久間さんは、零夜達に向けて降参するよう促します。
「やばいっすよ零夜さん!」
「あわわわわ」
慌てふためく瑠偉とクロスに「うるせぇ! 黙ってろ!」と零夜はすごい剣幕で怒鳴り散らし、その勢いそのままで佐久間を睨みつけます。
「なんなんてめぇは! 関係ねー奴が首突っ込みやがって!」
「まぁ、そう言うなって。それよりどうするんだ? お前が相手してくれるのか?」
「零夜君……」
「駄目ですよつばささん、現実を見て下さい。彼が貴女に何をしようとしたのか……」
「でも……零夜君が……」
今にも零夜の元へと飛び出しそうなつばささんを止めます。
やっぱりおかしいです、この状況でもまだあの男を……やっぱり、あの男がつばささんに何かしたのかもしれません。
魅了の様な能力か何かを……でも、普通の人間でそんな能力を備えているのはまずありえません。
ということは、この零夜という男は、【憑依者】なのでしょうか?
もし、【憑依者】であれば彼はカテゴリーB以上。
佐久間さんは、確かに強いです。だけど、それは一般人としての話。
六課のメンバーと闘わせたら、佐久間さんは数分も持たないでしょう。カテゴリーBは、そんな六課のメンバーが束になっても手も足もでない……佐久間さんには荷が重すぎます。
「くっくっくっく……ぐはははは!」
「れ、零夜さん?」
急に零夜が狂ったように笑いだしました。
「何がおかしい?」
「何がおかしいだと? おかしいに決まってるだろ? てめぇごとき雑魚が俺に勝った気でいるんだからよぉ」
零夜は、スーツのジャケットを脱ぎ、乱暴にソファーに投げます。
「相手してやるよ雑魚野郎ッ!」
怒声発したと同時に零夜は佐久間さんに向けて踏み込みます。
「はやッ!」
佐久間さんが驚くのも無理がありません。
なぜなら零夜は一瞬で佐久間さんとの距離を肉薄にしたからです。
「うおら!」
零夜は、佐久間さんに向けて拳を繰り出します。
佐久間さんとは違い、技術もへったくれもない出鱈目な攻撃ではありますが、明らかに人間離れしたスピード、佐久間さんの表情から分かる一撃の重みで、佐久間さんは反撃もできずガードするだけで精一杯のようです。
「ぐッ……く、くそ……」
「誰がよえーって!? ふざけやがって雑魚野郎がッ!」
「ぐあっ」
零夜の回し蹴りは、佐久間さんをガードごと吹き飛ばします!
ガッチャーン!
佐久間さんが全自動麻雀卓にぶつかった事で麻雀卓は半分に割れ、牌が宙に舞います。
「流石【壊し屋】、見事に雀卓を壊してくれたな~ぎゃははは!」
「……くッ……」
佐久間さんは何とか立ち上がろうとするのですが、ダメージが大きいのか上手く立ち上がれない様です。
「瑠偉、クロス。そこにあるロープでアイツを縛れ」
「…………」
「おいッ!」
「あ、はい!」
現実に引き戻された二人は急いで佐久間さんに近づき、恐る恐るロープで佐久間さんの両手首と足首を縛ります。
佐久間さんの身動きが取れなくなった事を確認した零夜は、アタシ達に顔を向けます。
「ぐひひ、残念だったな? もう、お前らを助けてくれる馬鹿はいない。大人しく俺の商売道具になってもらおうじゃないか」
「や、や、めろ……ッ」
佐久間さんは声を絞り出すのですが精一杯の様です。
アタシは、恐怖と零夜への思いで挟まれ混乱しているつばささんを守る様な体制で零夜を睨みつけます。
「ぐひひ、威勢がいいな」
「……」
「そういえば、お前には俺の力が通用しなかったな?」
やっぱり……力を。それなら
「ガーランド帝国」
「ん? 何を言ってるんだ?」
「オルフェン王国、アーノルド・ルートリンゲン」
「だから、何だよそれ? 気でも触れたのか?」
おかしいです、彼が【憑依者】であれば何かしらの反応は示すはずなのに
「その力というのは何ですか? それに貴方のその身体能力は……」
喋ってくれるとは思わないのですが……。
「知りたい? 知りたい?」
カチンときます!
「教えてあげねぇよおおお「ムカつきます!」ぐおぷぅ」
気づいたらアタシの膝が零夜のお腹に向けて放たれていました。
「「「えっ?」」」
「さな……ちゃん?」
ポカーンとしているつばささんを放って、アタシはお腹を抱え悶えている零夜に近づきしゃがみ込もうとすると、零夜はすぐに立ち上がりアタシから距離をとります――が、【殺戮者】随一のスピードを持つアタシは、既に零夜の前に立っています。
「えっ?」
零夜のアホ面にパンチを繰り出します!
ぐちゃっという音を伴って、鼻がぐちゃぐちゃに潰れた零夜が吹き飛びます。
アタシは吹き飛んでいく零夜に追いつき彼の髪の毛を掴み地面に叩きつけます!
零夜は苦痛と驚きで何とも言えない絶叫を上げます。
そして、顔の原型が分からなくなった零夜の頭を持ち上げます。
「その力は何ですか?」
「うぐ……はぁはぁ、な、何なんだお前……」
「質問しているのはこっちです」
アタシは零夜の頭を地面に叩きつけます。
「あ、あう、や、やめ……」
「アタシの質問に答えて下さい、次は顎を握り潰しますよ?」
「あ、ひゃ、ひゃな、ひゅ……から……」
どうやら観念したみたいです。
何度か地面に叩きつけた事で前歯が無くなり、聞き取りづらいけどまぁ良いとしましょう。
「ひょのひひゃひゃは……」
零夜は涙目で、語り出しました。
万年ヘルプと呼ばれていた零夜は後輩達にも抜かれ、店で肩身の狭い思いをしていました。
店を辞めるにしても、出来る事もなく、纏まったお金もない。そんな八方塞がりの零夜は、数か月前、道端で占いをしている老婆を見かける事になります。
普段なら気にもかけず素通りするのですが、その日だけはなぜか占って貰いたいという気持ちに追い立てられ、老婆に占って貰う事。すると、老婆は零夜の心の悩みを全て言い当てたのです。そして、老婆は「人生を変えたいならついてきなされ」と零夜を誘いました。
老婆に全て言い当てられた事、そして、その時の零夜の精神状態も相まって零夜は黙って老婆について行く事にしました。
そこで出会ったのです……【イドラ】に。
イドラは、零夜を憐れみ、人間の可能性について教義したそうです。
そして、【イドラ】を受け入れれば、零夜も力を手に入れる事ができ、人生を変える事が出来る。
零夜は二つ返事でイドラを受け入れる事にしたのです。
そして、零夜が手に入れたのは身体能力の強化と魅了のパーソナリティ。
【イドラ】を受け入れた者であれば誰も強化される身体能力と違って、パーソナリティはその人独自の力。謂わば固有スキルみたいな物であり、長年その人が欲しいと切実に願った事が能力になる事が多いらしいです。
その日から力を手に入れた零夜の人生は全く違う物になりました。
半信半疑で使用した力で面白い様に女の人達が零夜の虜になっていくのです。
今まで万年ヘルプと呼ばれていた零夜は瞬く間に、トップの座に駆け上ります。
それを面白くないと思った他のホスト達が、荒くれ者達を雇い零夜を締め上げようとしたのですが、零夜の身体能力は常人では太刀打ちできないほど強化されていたため、全て返り討ちにし、逆に敵対していたホスト達を……そして、その荒くれ者達に魅了の力を使って手下にして好き勝手やっていたという事です。
「その【イドラ】っていう人にはどうやったら会えますか?」
「わひゃらひゃい」
「もう一度聞きます、どうやったら会えますか?」
「ひょんひょうだ! ひんひんへくふぇ!」
嘘は言っている様には見えませんね……。
「分かりました。一旦信じるとしましょう。次は、つばささんに掛けたその力を解除して下さい」
「わ、わひゃひまひた」
零夜が何かブツブツと唱えるとつばささんの目の辺りから一瞬パチンというはじけた様な音がしました。
「つばささん、まだこの男が愛おしく思えますか?」
アタシの問いにつばささんは、首を横に振ります。
良かった、どうやら魅了は解かれたようです。
「たひゅけへ」
「貴方にはもっと聞きたい事があるのです、しばらく眠っていてください」
零夜の首元に向けて手刀を放つと、糸の切れた人形の様に零夜は意識を離しました。
アタシはスマホを取り出し美也子さんに事の顛末を簡略に説明し、援軍をお願いしました。
そして、今度は佐久間さんの方へと近づくと瑠偉とクロスが身を寄せ合うよに縮こまっているのが目に入ったので、たっぷり脅しをいれてあげると二人して泡を吹き気絶しました。
もちろん共犯の彼らも罰を受けてもらいます。
「大丈夫ですか?」
アタシは、佐久間さんについているお粗末なロープを解きます。
「あぁ……カッコ悪いところみせちゃったな。俺なんかいなくても、あんたなら簡単にやりすごせたんだな」
佐久間さんは気まずそうに、解放された右手で頭を掻きます。
「いいえ、貴方のような方がいて下さる事に感動しました。中々出来る事じゃないですよ? 見ず知らずの人のためにこんな事」
「いや……そうかな?」
「はい。流石サクが褒めていただけの事はあります」
「サク……?」
佐久間さんは、物思いにふける様な仕草を見せます。
まぁ、サクって言っても分からないですよね。
「ふふふ、服部咲太の事です」
アタシの言葉に佐久間さんの目が大きく開きます。
「服部咲太だと!? あんた咲太の知り合いなのか?」
「知り合いというか……婚約者です」
「がははは! そうか、そうか! べらぼうにつえぇカップルだな! あいつは元気してるのか?」
一回しか会った事がない、それも喧嘩をした相手だと言うのに佐久間さんはなぜか懐かしそうな顔をしています。
「はい、元気です。今は仕事で少し遠いところに行ってるんですが……」
「そうか、そうか! 俺は、アイツに負けてから【壊し屋】は引退したんだ。そんで、頭丸めてじっちゃんの寿司屋で住み込みで働いている……まだ見習いだけどな。正直ずっと今のまででいいのか迷っていたんだ、それがアイツに負けてなんかスッキリしてな……本当に感謝しているよ」
と佐久間さんは、少し顔を赤らめながら照れくさそうに語ります。
「そうだ! 咲太が戻って来たら寿司食いに来てくれよ、それまでは握れるようにしておくからさ! そこの通りにある寿司健って店だ」
「はい、ぜひ!」
「じゃぁ、俺行くから! 早く戻らねぇとじっちゃんの鉄拳が飛ぶからよ」
そう言って、佐久間さんは早々に立ち去りました。
「あの……紗奈ちゃん」
「あ、つばささん」
つばささんは、アタシを包み込むように抱き寄せます。
「ありがとう! 本当にありがとう! 私一人だったと思うと……」
「良かったです。次も何かあったらアタシを頼ってください」
「そんな、返し切れないよ……」
「いいんですよ、アタシ達本当の友達になりましょう!」
「うん!」
最初は、たまたま耳に入った栄養価も何もない話でした。
だけど、そのおかげでつばささんを助ける事が出来て、佐久間さんにも会う事ができました。
そして謎の人物【イドラ】
今は考えるのは止しましょう、どうせ報告書を作成しないといけないんですから。
「はぁ~。早く戻ってきて欲しいです……」
そう切実に思うアタシの夏休みはまだ始まったばかりです。
次回から咲太の話に戻ります。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
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