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紗奈の夏休み ②

気付けば100話です。

読んで頂いている皆様のお陰で、ここまで続ける事ができました。

この作品は、エタる事無く完結させてたいと思っていますので、今後とも何卒宜しくお願い致します。

「さて、そろそろですかね」


 スマホのモニターに映し出された時刻は17:58。

 あのホスト達の話では、十八時に“つばさ”という女の人がこのお店に現れるはずです。

 亜希子さんには、人と会うと伝え先に帰ってもらいました。

 こんな事に巻き込むわけにはいかないですからね


「おーい、こっちだ」


 二人のホストの内、黒髪のホストが店の入口に向けて手を上げています。

 それにつられて入口の方を見ると、帽子を深く被ったメガネ姿の女の人がぺこりと頭を下げ、ホスト達の席へとゆっくり歩きだします。


「意外ですね……もっと派手な女性だと思っていましたが」


 そこに現れた女性を見る限り、文学少女という呼び名がぴったりな大人しそうな出で立ちをしており、外見だけではホストにのめり込む様には見えません。


 女性が席に腰を下ろしたところで、アタシは鍛え抜いた聴力を生かし彼らの会話を盗み聞きします。


「つばさちゃ~ん、用意できたの? 三百万」

「……その……」

「うん? 声が聞こえないよ~」

「用意できたのは八十万円です……三百万円なんて大金すぐには無理です……うぅ……ッ」


 つばさと呼ばれた女性の啜り泣く声が聞こえます……。


「おいおい、お前何言ってんのか分かってんの? お前が金を準備できないと零夜さんの立場が悪くなるだろうがッ!」

「で、でも、どうしても無理なんです……私、学費と生活費だけで精一杯で……そんな大金」

「そんなの親に頼ればいいだろ?」

「うち母子家庭で……パートで生計を立てている母にこんな事言えませんし、母にそんな大金あるはずありません」

「だったらどうすんだよ!」


 声を荒げる男に、つばささんはただひたすら涙を流しています。


「おい、あんまり大声だすなよ」ともう一人の金髪の男がバツが悪そうな顔で、黒髪の男を宥める。

 気づくと店内の殆どの視線は彼らの席へと集まっていた。


「あ、わりぃ。とりあえず付いてきてもらおうか? 一応お前の事を連れて来いって零夜さん言われてるからよ」

「零夜君に会えるんですか!?」


 先程の泣き顔から一変して、怖いほど期待に満ち溢れ表情のつばささんは、何か……違和感を感じます。


「んだよ、そんなに好きなら零夜さんのこと困らせるなよ!」 

「あ、はい……ごめんなさい」

「じゃあ、行くぞ」

「あ、あの! 少しだけ待ってもらえませんか! 零夜君に会うのだからお化粧直をしたいんです」

「はぁ? お前、頭おかしいんじゃねぇの? 散々迷惑掛けておきながら」

「お、お願いします! 五分でいいんです!」

 

 つばささんは、必死な形相でホスト達に頼み込みます。


「おい、なんかこえ~よこいつ」

 

 その様子に気圧されたのかホスト達は断念し「ちっ、さっさと行ってこい」と渋々許可を出すと「あ、ありがとうございます!」とつばささんは、深く頭を下げ急ぎ足でトイレへと向かいました。


「さて、アタシも行ってみますかね」


 アタシは、つばささんの後を追うような形でトイレへと入っていきます。


「うぅ……どうしよ……なんで私こんな……」


 洗面台の前で文字通り化粧を直しているつばささんは、両目に涙を溜めながら震える手を一生懸命動かしていました。


 とりあえず話しかけてみましょう。


「あの、大丈夫ですか? どこか悪いんですか?」

「い、いえ!」


 つばささんは、まさか声を掛けられるとは思っていなかったのか、慌てた様子で今にも零れ落ちそうな涙を手で拭うのですが……。


「「あっ……」」


 涙のせいでマスカラが伸びてしまったつばささんの目の周りは黒く染まってしまいました。


「ぷっ……あっ、ごめんなさい! つい……」

「ふふふ、いいんですよ。酷い顔ですよね……はぁ~何もかも上手くいかない……」


 一瞬苦笑いを浮かべたつばささんでいたが、また、肩を落とし泣きそうな顔をします。埒が明かないですね。


「つばささん」

「えっ? 何で私の名前を?」


 教えてもいない自分の名前を呼ばれ驚いているつばささんを放っておいて話を続ける。


「アタシの名前は室木紗奈と言います。実は、あの男達の話が偶然耳に入ってしまって。話を聞かせてもらえないでしょうか?」

「え? え?」


 更に混乱をさせてしまったようです。


「あなたがホストにハマるような人にはどうしても見えないんです」


 正直つばささんの事は何も知らないのですが、アタシが受けた印象ではそんなものに現を抜かす様な人にはみえません。


「話聞いてもらえますか? 一人でずっと抱えるのも限界で……誰かに聞いてもらいたくて」

「はい、アタシでよければ聞かせて下さい」

「改めてまして、私は羽賀つばさ。都内の大学に通っています――」


 つばささんは幼い頃父が蒸発し、母一人子一人の母子家庭で育ったそうです。

 寝る間も惜しんで自分を育ててくれたお母さんのため、勉学に励み国内でも有数の私立大学に入る事ができましたが、如何せん学費や生活費をお母さんだけで賄う事ができず、週に三回、歌舞伎町のキャバクラでアルバイトをしていたそうです。

 もちろん、お母さんには内緒で。


 事の発端は、二ヵ月前――。


 いつも誘いを断るつばささんに、店の女の子達はやれ付き合いが悪いだとか何とか言って迫ってきて、一回だけならと言ってホストクラブに行く事になりました。

 お金に余裕はなかったのですが、初回なら三千円位なのでお昼ごはんを節約すれば……と思ったそうです。

 そこでつばささんについたのが、先程のホスト達の話にあった零夜という男でした。

 最初は何も思わなかったし、早く時間が過ぎるのを待っていたつばささんでしたが、店を出る頃には零夜に首ったけになったという事です。

 その後、週に一回ペースでホストクラブに行く事になったつばさんは、零夜のために飲めないお酒を無理して飲んでいつも酔いつぶれるのですが、帰る頃に渡される伝票には身に覚えのないシャンパンやウィスキーが数本刻まれていたという事です。


 その度に反論しようと試みるのですが、「支払いは今度でいいから、俺のためにありがとう。愛してるよ」という言葉に反論する事もできず二ヵ月が過ぎ、零夜からそろそろ掛けを払って欲しいと連絡があり、金額を聞いてみると三百万円という信じられない金額に膨らんでいたとの事です。

 今日までお金を用意しないと零夜が立場上不味くなるという事で、それだけは駄目だと思い自分で用意できる後期分の学費と教材費で貯めておいた八十万円を持ってきたけど、三百万円まで届かなかった……というのが現状つばささんが置かれている状況です。


「そんなにその零夜という男が好きなんですが?」


 好きな男性のためなら――というのならアタシもその気持ちはよく分かります。


「正直良く分からないんです……初印象は何も感じなかったのですが……お話の途中、一度目を合わせてからどうしようもなく好きになって、彼無しでは生きていけないと思う様になって……タイプでもなんでもないんですが……私の頭が彼を欲していて」


 何かが引っかかります。

 心ではなく、頭が零夜という男を欲している……。


「それで、これから彼らについていくんですか? 本当にそれでいいんですか?」

「どうすればいいのか分からないんです……。でも零夜君に会いたいし……」


 明らかにおかしいです。

 もしかしたら……いや、まさか……でも……確かめる必要がありますね


「アタシもついて行っていいですか?」

「えっ?」

「少し確かめたい事があるのです」

「だけど……室木さん、あなた、まだ未成年ですよね?」

「はい、高校二年生です」

「だめ、こんな事に関わったら! 今大事な時期じゃない!」


 一生懸命勉強して大学に入ったつばささんでしたら、高二の夏休みがどれだけ大事な時期かわかっている筈ですし、変な事件を起こして学校内で不利益を被る事がどれだけデメリットなのかも知っているのだと思います。


 優しい人です。

 もし、アタシの勘があっているのなら、つばささんは何も悪くないはずです!


「大丈夫です、アタシもご一緒させてください!」

「でも……」

「危なくなったらすぐに逃げますから」

「ありがとう……室木さん……本当は凄く怖かったの」


 アタシは「大丈夫です、アタシが必ず守りますから」と言って、泣きじゃくるつばささんを抱き寄せました。


いつも読んでいただき、誠にありがとうございます!

次の話で久々の紗奈パートは終わりです。

次話は5/8(金)21時頃に更新いたします。


ブックマーク、評価などしていただけましたらやる気MAXになりますので、何卒宜しくお願い致します。

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