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天衣現神 アクセラソウル  作者: 中宮 たつき
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3


  港へと接岸すると、船の上からでも港の人達の慌て振りが良く判る。

   持てる物を持てるだけ持って逃げようとする人。

   そんな大荷物を持っている人を押し倒してでも逃げる人。

   

  酷いな。押し倒された人が、後から逃げてくる人に踏まれまくり、

   中にはそれに躓いて転げ、また躓き転倒を増やしていく。


  慌てず焦らず。と、言いたいが、自分があの立場ならどうだろう。

   同じ事をしていると思われた。

   自分はそんなに冷静沈着では無い。


  それを現すかのように、ゼストーカの制止も聞かず、船から飛び降り、

   あの子を探す。


  百腕が来た時、彼女は不可侵結界を解いてまで、街へといってしまった。

   言い方は悪いが、そこからルゥベルカは、

   向こう見ずでお人好しな子だと思えたから、可能性としてはある。


  問題はあの街からこの港町の距離なのだが…。 問題はなさそうだ。


  左手の二階建てのレンガ造りの家の屋根から、妙な視線を感じたので

   視線をそこへと向けると、あの包帯女が居た。


  慌てて手を振って、声をかけようとしたのだが、

   声を出す前に、瞬間移動でもしたかのように、いきなり目の前に現れた。


      「おぉ…。おひさしぶりです」

      「思いのほか、早かったな」

   

  相変わらず、感情の起伏が全く感じられない包帯女。

   

      「あのさ、ルゥベルカは…?」

      「何処まで知った?」

      「ん?」

      「あの娘の事を何処まで知った?」


  感情が読み取れない。淡々と話を進めようとする包帯女から、

   視線を海へと向け、生き残った乗組員達が、避難誘導をしている。

  海賊…なんだよな。非常事態だからなのか、この港町に力を貸している。

   この人達も疲れきっている筈なのに。


      「少年」

      「あ、ごめん」


  再び視線を包帯女に戻し、ルゥベルカが800年間、不可侵の結界の中で

   生き続けてきたという事。また、他の人の見解は世界を恨み続けることで

   精神を維持し続けているのかもしれない事。この二つを告げた。


      「仮にそれが真実だとしよう。

        君は、それを知ってルゥベルカをどうする?」

      「どうするって…」

      「私は、君に黒刃金を与えた。それがあれば、

        この世のあらゆる災厄を払えよう」

      

  つまり、災厄を呼び寄せる彼女を…か。


      「徹頭徹尾、初志貫徹」

      「ほう?」

     

  右拳を軽く作り、自身の胸を軽く叩いて、こう答えた。


      「俺は、彼女の笑顔が見たい。

        その為に、この力を使う。それ以外に無いよ」

      「そうか…」


  包帯女はただそう言い、一度頷く。すると掌を空へと翳す。

   現れたのは、あの時計を模した魔法陣。


      「ならば、真実を見せてやろう。

        あの時、あの世界でただ一人、

        我が神威となった者の真実を」


  瞬間、世界の色合いが失われ、町も海も空も白くなる。

   目の前には、大きな時計。 カチリ…と分針が一つ進む。


      「最早、世界の滅びは止められない。

        百腕はその腕一本でも取り逃せば、再生する」

      

  これは、誰だ? 物静かで、憂いを帯びた深い蒼の瞳。

    金糸と見紛いそうな長く、細い髪を持つ女性。


  然し、この白い衣服…どこかで。


      「クロワルール様、本当にもう…打つ手は無いのかな」

      「ああ、無い。不可能だ。諦めろ」


  あ、この突き放し方、包帯女だ。やはりクロワルールという女神様なのか。

   で、彼女と面と向かっている薄紫色の長い髪の女の子が…。


      「…そう、ですか。ならば少しでも、時間を稼いできます。

        レーゼンさんも力を貸して下さるそうですし」

      「一時凌ぎに過ぎん。諦めろ」


  ただ淡々と、諦めろの一点張り。それに対し、痺れを切らしたのか

   ルゥベルカだろう少女は、何処だろう、高価そうな調度品の並ぶ、

   大きな部屋から飛び出して言った。


  ここでまた目の前に大きな時計が現れ、分針がまた一つ進む。



      「レーゼンさん。宜しくお願いします!」

      「無論。命が続く限り、尽力しよう」


  黒い髪の…少し嫉妬を覚えなくも無い美形の男性。歳は20ぐらいだろうか。

   背も高いし、足も長い。くっ…うらやましくなんかっ。


  そんな二人が向かい合い、互いの手を…。


      「幻衣」

  え?


      「転神!!」


  何か違う。あの時と色々違う。 アクセラソウルはどうなった?

   天衣が幻衣になっている。


  その後はやはりあの時と同じ、白と黒の衣服。…何がどうなって。


  衣装チェンジした二人が、空を見やる。

   …空にはなんだろうあれ。どこかで…。


  ああ。ウニだ。針の代わりに巨大な黒い腕がワサワサと生えている。

   そもそもあれ、生物なのか? どうやって飛んでるの?

   もう何がなんだか判らない俺は、ただ二人が戦う様を見ていた。


  先程クロワルールが俺に見せた瞬間移動。

   移動した瞬間、レーゼンが百腕の一部に触れる…なんだあれ。

   

  巨腕を掴んで、己の何百倍も質量がある化け物を、街の外より遥か遠く。

   遠くに見える山に届く程の遠投をして見せた。


  一体どうやって…いやまさかこれ。触れたモノにも干渉するのか。

   そうしか説明つかない。


  更に彼女達は瞬間移動をして、また百腕へと近づく。

   これ、圧倒的じゃないか? ゼストーカの話だと滅ぼしたっていってたしな。


  軽くすれば脆くなる。それを使って腕を千切りまくるレーゼン。

   戦況有利という他無い現状。と、俺は見ていたが、千切った傍から腕が

   生えてくる。その上、何も無い空間からも腕が生えてきた。



  …む。ここでまた時計が邪魔を。

    カチリとまたしても分針が進む。


  今度は何があった。二人ともボロボロじゃないか…。

   あれほど優勢だったのに、全身いたる所に大小様々な傷。

   レーゼンに到っては、左腕が無くなっていて、物凄い出血量だ。


     「女神よ…我が残る命を全て使いたい。

        アクセラソウルの使用許可を…!!」

     「レーゼン…駄目よ。貴方が死んでしまう!」

     「この命一つで、少しでも可能性が見出せるなら…」


  アクセラソウル。時の前借り。成程、クロワルールの許可が無ければ、

   使え無い力だったのか。まぁ、一生に一発のみだしな。


  そんな彼の願いが届いたのか、クロワルールが現われた。


     「無意味だ」


  クロワ節とでも言おうかもうこれ。自分の考えが絶対だと思い込んでる。

   そうとしか思えないこの返事。


     「だが、一つ方法はある。非常に面倒くさいのだが…」


  否、ただの面倒臭がりなのか。女神様はルゥベルカだろう少女へと指を指す。


     「民からの信頼厚き者、第二王位継承者、

       エリエット・クローゼア」

     「は…はい」


  名前が違う…。でも、これは何が。


     「地位も名誉も、肉親も、全てを失う覚悟はあるか?

       そして、世界中の悪威を受け止める覚悟はあるか?」

     「その覚悟があれば、世界は存続出来るのでしょうか?」

     「それは、君次第だ。

       君の心が悪威に染まれば、世界は終わる」


  クロワルールが時を止めているのだろう。またしても世界が白く染まっている。

   その中で、エリエットと呼ばれた王女なのだろう娘が、即答した。


     「誓いましょう。私は、この世界の為に耐え続けてみせる」

     

  面倒臭そうに溜息を吐いた、口だけならなんとでも言えるといわんばかりに。


     「ならば、これより名を改め、ルゥベルカ名乗れ。

       これは忌み名だ。君は世界を愛し、世界はお前を憎むだろう」

  

  そう言うと、クロワルールはルゥベルカに右手を翳す。

   


  …またいい所で時計が邪魔を…。早く分針うごけ!

   と、思っていると、動かずに包帯グルグル巻きのクロワルールが出てきた。


     「これが真実だ」

     「大事な所をすっ飛ばさないで下さい女神様」

     「面倒臭くなった」

     「言い切りやがった…」


  然し、大体の事は理解出来たし、先を見せなかったのは何かしら

   意味があるのかも知れない。

  と、思っていると、クロワルールが、その後にアクセルソウルを使い、

   一時的に消滅させたと。消滅といっても何処かに一本でも腕が

   残っていたら再生するので、事実上完全に消滅させる事は不可能だと。


  だが、彼女が悪威を一手に引き受け、活餌となれば、その性質上いつか

   全て出てくる可能性もある。と、俺に伝えた。


   

  暫しの静寂の後、俺はぽつりと口を開いた。


     「じゃあ、彼女が今まで耐え抜いてこれたのは…」

     「憎しみとは正反対の感情。よくまぁ800年も耐えたものだ。

       感心を通り越して、呆れる」


  何故かこの時、俺はルゥベルカ、いや、エリエットに親近感を強く抱いた。

   何故だろう。と、軽く首を傾げていると、クロワルールが察したのか、

   こう答えた。


     「君も同類だからだろう」

     「同類なのか…。」

     「まぁ、同族嫌悪にならないようにな」


  この神様。面倒臭がりだけど、何気に面倒見が良いのだろう。

   あの湖畔をお気に入りとも行ってたし、神様が一人の人間にここまで

   肩入れするとか大丈夫なのかとすら思えた。

  それに、かなり遠回りだが、黒刃金の使い方を彼女は教えてくれた。

   今なら、エリエットと二人で大海威とも戦える。

   そんな自信が何処からとも無く溢れてくる。


     「さて、あの娘ならこの港町に連れて来ている。

       見つけ出してやると良い」

     「ああ。だろうと思ったよ。色々とありがとうクロワルール」

     「神を呼び捨てか…。まぁいいのだが、君の名をまだ私は聞いていないな」

     「あ、そういえば。いかんな、どうも自己紹介を忘れる。

       俺は―――」


  言葉が終わる前に、時が動き出し、世界に色彩が戻る。

   何故このタイミングで戻すかなぁ、あの包帯女ぁぁあっ!!!

  と、それは良いとして、一度、海を見ると激しい戦闘が行われているのか、

   それでも、足止めはきっちり出来ているあたり凄いな。あんな化物相手に。


  俺も早い所、エリエットでいいよな。その名を教えてくれたあたり、

   つまりそう言う事なのだろう。一度頷くと、慌てるように駆け出し、

   いまだに避難する人の多い場所を探すが、一つ思いついた。


  普通に考えてみれば、見つけるのは案外容易いかも知れない。

   

  そう普通だ。 普通に考えれば逃げる。慌てて逃げる。

   だが彼女は逃げない。むしろ…近づく!!


  大陸の方では無く、海の方、つまり岸壁のどこかに…居た!!

   大きなフードを被って、ただジッと海を見つめている人が一人。

  全力でそこへと駆け抜け、俺はただ一言。


     「ごめん、待たせたかな」

   

  フードの人は、振り向かず。


     「あ、あれ? 人違いだったかな。俺、真咲だけど…」


  フードの人は首を横に振り、肩を震わせて…泣いてるのだろうか。

   この場合、どうすれば良いのだろう。

  やはりここは道化の一つでも演じて、笑わせる努力を…。


     「うん。生きてきた中で…一番長く感じたよ…」

     「あ、そりゃごめん。色々とあってさ…」

     

  彼女がフードを取ると、あの時と変わらない、

   悲しげな微笑みを浮かべている。

  それを見た瞬間、俺がこの世界に生まれ変わった意味を再確認した。

   この悲しみを、消してやる為に俺は居るのだと。


  彼女の背負っているモノはいまだに計り知れない部分がある。

   それでも、その僅か1gでもいい、肩代わりできれば…。


  と、彼女の手を取ろうとした瞬間、俺の背後に焼けるような痛みが走る。

   何が、どうなっている。ただ判るのは、喰らったらやばいものを

   背中に喰らったという事だけだ。


     「マァサ!?」

     「ちくしょ…誰だ」

  

  痛みに耐えながら、振り返ると、そこに居たのは、ゼストーカだった。

   左手にボロボロの紙切れを持っていて、それを俺の視界へと突きつけてきた。


     「マサキよぉ。言っただろう、そいつは色々な奴から狙われている。

       俺様もまぁ、その一人だったというわけだ」

     「てめぇ…」


  霞む視界の中、突きつけられた紙切れ。

   それにはエリエットの似顔絵に、賞金額が書かれている。

   気の良いオッサンかと思ってたら、畜生…。


  背中から腹部を恐らく刺されたのだろう。

   痛みに耐え切れず、俺は膝から崩れ落ちる。



  そしてその最中、彼女の微笑みが失われていくように見えた。


  

   


  

   

  

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