凶彗星の娘と黒刃金
初めまして、たつきと申します。
この作品は習作ですが、頑張ります。
更新頻度は、二日から三日に一度程になると思います。
遅筆な癖に、物量多いんですよね、自分…。
では、宜しければ生暖かい目で見てやってください。
序章 『凶彗星の娘』
日本に生まれ育ち、両親の愛情にも恵まれ今日もって17歳。
本来ならば俺が誕生日に色々として貰う。
そんな特別な日なのだが、逆も良いだろう?と、
家族に内緒でバイトをしていた。
17年の苦労に感謝を込める日にしようと、頑張ってきた。
父は自衛官、なんでも戦闘機に乗ってるとか乗ってないとか。
たまにジョーク交じりに嘘を吐く癖があるので、俄かに信じがたい。
母は教職。両親共に素晴らしい親だと自身もそう思える。
妹もまた、勤勉であり、進学校に入学するぞと意気込み、
既に中学で妹に勉強で勝るヤツがいないとか。
…素晴らしい家族だ。
俺以外は。
要領が悪いのか、頭が悪いのか…。
どうして鷹から雀が生まれたのかと思う。
給料を貰った後、ショッピングモールを見て歩く。
何を送れば良いだろうか。
父にはやはりネクタイだろう。
母には、そうだな…少し高いが髪留めにしよう。
お金を貯めるのは本当に苦労するが、使い出すと一瞬で消える。
右手にぶら下げた紙袋を見て、それを良く理解した。
だが、両親の喜ぶ顔を思い浮かべると、バイトの苦労も消し飛ぶ。
両親も俺や妹の成長を見る度に、こんな気持ちなのだろうか。
ふと、雑踏の中で立ち止まり、溜息をついた。
俺は、どうやって親孝行…恩返しをすれば良いのだろうかと。
余りに自分が不甲斐なく思え、込み上げてくる何かを止めようと
夕焼け空を見上げた。
少し歪んだ視界に何か、黒い膜のようなモノが…雲?
違う、布のように柔らかくも思える薄い何か。
それが何かと首を傾げて見上げている最中、
黒い布を突き破り巨大な黒い腕が現れた。
…巨大な腕が振り下ろされた。
そう、そこまでは覚えている。
そこから先は何も覚えていない。
今、自分が自覚しているのは、落下しているようでもあり、
浮遊しているようでもある不可思議な感覚。
周囲は白く、それ以外は何も無い。
あれは何だったのだろう、家族はどうなったのだろう。
「う…うああぁ」
得も言えぬ恐怖からか、両手で頭を押さえる。
自分の声以外は何も聞こえない静寂は、次第に耳鳴りへと変わり、
無視出来無い程に大きく鳴り響き、頭痛を引き起こした。
「ぐ…ぁ」
俺自身でも判る、これ以上は精神が持たないと言う事を。
一体何時間この感覚を続けなければいけないのか、
誰か、誰か助けてくれ、と。心の中で叫んだ。
その声に凛とした女性の声が応える。
「時の輪に連れて来て、まだ一分だ。
想像以上に精神が脆弱だな…少年」
「こえ…たす…け」
「あー…これはいかんな。どれ」
声の主がパチンと指を鳴らした瞬間、古ぼけた木造の内装へと
周囲は変貌し、俺はそこの椅子に座っていた。
「ふむ。私には居心地の良い場所なのだがな。
それはそれとして少年、単刀直入に伝えよう。
君の住んでいた世界は滅んだ。いや滅ぶ手前という具合か」
「うぐ…まだ頭が痛…滅んだ!?」
頭痛が吹き飛ぶ程の驚きに、椅子から転げ落ち、
後頭部を床に打ち付けてしまい、物理的に頭痛を酷くしてしまう。
「あいだだだ」
頭を抑えて、声の主を見ると、多分女性だろうか。
肌の露出している部分が無い、全身包帯に白い衣を着ている。
髪は金色に輝き、目は青だが、なんだろう生気を感じないというか…うん。
「私の姿が珍しいか?」
「あ、いや。じろじろ見てすみません」
「まぁ、このような姿だ仕方あるまい。
少し脱線したが続けるぞ。
君の世界は滅ぶ一歩手前で、数多神々により君達の肉体と魂は隔離、
保管されている。我等の敵が君達の世界へと行き、破壊を
行ったのだ。まぁ、すぐに元に戻すので、暫くは異境の地を楽しむと良い」
「え?は?」
どゆこと? 首を傾げると再び、判りやすく説明してくれた。
要するに彼女?の敵が地球で大ハッスルぶっこいてるから、
退治するまで別世界に避難してくれと。
但し、彼の地での物理的干渉は一切出来無いとの事。
可視存在ではあるが…まぁ誰でも見える幽霊みたいなものらしい。
然しこの人、淡々と話を進め…ああそうか。
地球に居る奴を退治しにいかないとなのか。
余り手間をかけさせると困るだろうし、頭を下げてお願いしますと。
「理解が早くて助かる。
私が気に入っている湖畔でのんびりしていると良い」
「はい、あの、俺の家族は…」
「他の者達が避難させている心配には及ばん」
「ありがとうございます。では、宜しくお願いします」
そういうと彼女は俺の額に手を当てると、俺は意識を失いそうになりつつ、
自己紹介してなかったなぁ、礼儀知らずと思われてしまったかなぁ。
そう心配しつつ、意識を閉ざされた。
――――――-――――――-――――――-
チチチ…と小鳥が囀り、ザワザワと風が揺らす木々の音。
その中で俺は地面の上で仰向けに寝ていた。
頭痛もなく、今までのは夢か?と思ったが、近くにある木を見て
夢では無いと理解する。巨大な針葉樹のようだが、
大きな紅い実がついている。
ほぉ…と、感嘆の息を漏らしながら立派な木と紅い実を見ていると、
熟れた果実だったのだろう。地面に落ちたのはいいが、
凄まじい重量なのか、土中へと抉りこんでしまった。
「あんなの頭に喰らったら即死だなこりゃ…」
上を見ると、その木の枝が届いているので即座に退散する。
それから暫く見慣れない草木の中を歩くが一つの違和感。
「わー。触れねぇわ」
確か物理的接触が出来無い。だったか、確かにすり抜けていく。
あの丸くて紅い実の爆撃は喰らわないで済むと言う事か。
少し、安堵して、奥なのか外へと向かっているのか、
わから無い森を進むと、視界が広がる。
大きな木々に囲まれ、木漏れ日が揺らめく静かな湖畔。
とても幻想的で精霊とか居そうだな。
ハンマーとか投げたら、金と銀どちら?とか言うのが出てきそう。
歩み寄ると、バシャリと言う音が聞こえたので、右の方を…。
「うぉ…」
思わず目を疑った。薄い紫の髪をした同い年ぐらいの女の子が
水浴びしているんだ。が…どうやらこちらに気付いたらしく、
俺は慌てて両手で顔を覆って見て無いフリをした。
彼女が湖から出ているのか、水が跳ねる音が暫く続く。
見て無い。俺は何も見て無いぞ。
白人なのかな? 白に少し赤みがかった肌。
細い体に大きめの胸と、小さなお尻。
そんな身体的特徴なぞ何一つとして見ていないぞ。
右の胸の部分にホクロがあったなんて知らないぞ。
何かごそごそという音の後に、慌ててこちらへ駆け寄ってくる足音。
見て無いから、見て無いから何も見て無いから。
と、必死で言いながら顔を隠している俺に、声をかけてきた。
「…!!!」
…へ? 英語じゃないよな。日本語も当然ながら違うし、
全く聞き覚えの無い発音する言葉。
だが、一つだけ判る事はある。
彼女が顔を真っ赤にしてぷりぷり怒る。ぷりおこ状態で言う事は二つ。
すけべ!!か変態!!
しか無いだろう。見て無い見て無いと、必死で顔を左右に振って否定する。
今まで見たどんなグラビアよりも興奮したなんて事は無いと、否定した。
妹の体のラインがどれだけ酷いか良く判った、頷いた。
然し、言葉通じずなのだが、頭を下げた。
頭を下げるというのは万国共通だと願いたい。
何か溜息じみた音が聞こえ、どうじに声が聞こえたので顔を上げると、
薄紫色の髪がしっとりとまだ濡れていて、それがまた木漏れ日にあたると
より一層艶やかに見え、少し切れ長の釣り目に整った顔は憂いを称えた微笑。
…憂い? いやもっと別の…何か判らないが微笑むべきでは無い微笑み。
としか感じられない微笑でこちらを見ていた。
彼女が白色の長袖…やたら袖の裾がデカイ。和洋折衷みたいな印象を受ける衣服だ。
基本ベースはブラウスにロングスカートなんだが、袖や腰あたりに無理矢理に和服を
ぶち込んだような、そんな感じ。
まぁそんな長袖を軽くまくって、自身の胸元に手を当ててこう言った。
「…ルゥベルカ」
るぅべるか? …ああ。自己紹介でそれが彼女の名前と理解し、
俺も真似して胸元に手を当てるとあら不思議、自分の体もすり抜けるのか。
「真咲…橘・真咲」
発音が聞き取り難いのか、首を傾げられる。
「マァサキ?」
「なんで、そんなとこをのばすのかなぁー?」
「マサァキ?」
「それだとマサアキだよね? マ サ キ」
また暫く首を傾げつつ、考え込むと、彼女は右手で掌を軽く叩いた。
「マァサ!」
「うん。もうそれでいいよ。多分発音し難いんだろうから」
マサとかなら良く呼ばれるが、マァサなどという呼び方は新鮮だった。
ともあれ、彼女は相変わらず不思議そうに俺と空を交互に見ている。
何で空と俺を…いやいやいや、空から降ってきたとか無いから。
そうだ。アレは通じるか? 右ポケットからハンカチを取り出し、
更に左ポケットから予備のハンカチを取り出し、更に更に後ろのポケット
から予備のハンカチを取り出し、顔をグルグル巻きに…物理的に干渉出来無い。
オカシイぞ、物理的に干渉出来無いのになんで服は着てるんだよ。
あれか? レーディング的な意味合いでアウトになるからなのか!?
などと不思議がっていると、彼女は隣の岩に置いていた白い布を
持ってきて、それを自分の顔に巻いて見せ、そして両手を握り合わせて、
神に祈る仕草をした。
「クロワルール」
包帯巻いたあの子の名前なのだろうかと、ここで後悔。
ちゃんと自己紹介していれば、これは判ったのだろうと。
然し、初めて声が聞こえた時、時の輪と言っていた。
クロノは時、輪はまんま。時の輪として解釈して…いいよね?
軽く頷くと、知り合いなのだろうか、何かに納得して頷いている。
そしてそのまま彼女は、俺に手を振ると、森の中へと帰っていく。
僅かな時間だったけど、とてもイイモノ見れたなぁ…と、いや見て無い。
そのまま暫く、何する事も無く湖畔に立つ。
家族もどこかで避難しているので心配は無用なのだが…。
誕生日に感謝を伝えたかったと、愚痴を零す。
トトトと言えば良いのか、小走りする音と共に、俺の背後にさっきの女の子が
歩み寄ってきて、A3サイズぐらいの紙に…おお。成程!!
言葉が理解出来無いなら絵で語れば良いと言う事だろう。
ルゥベルカが湖畔に地面に座り込んで絵を描いて見せた。
「…うわ、へったくそ」
然しながらに絵心が無いというオチ。
しかも今の言葉の意味が通じたのか、少し彼女の微笑みが引き攣った。
駄目だやばい。完全に今のは通じてしまったようだ。慌てて両手を左右に振り
否定しつつ、彼女のピカソを見て考えた。
この棒にアフロみたいなのが沢山、多分、森だよな。
でそこにザルが被さってて、外に直立不動で宙返りする耳の生えた芋虫。
…意味が判らん。コナン君でも頭を抱えるぞこの謎は。
むーん。と、首を傾げつつ彼女の絵を見ていたが、皆目検討が付かない。
さらに彼女が絵を描く。またザルに直立不動のまま宙返りする耳の生えた芋虫。
だが、今度のは跳ね返っているように見えた。…跳ね返る…バリア?
ああ、成程。多分この森にバリアだか結界が張られていて、
入られないのに、どうやって入ってきたのか?と。
それならさっき彼女が、空と俺を交互に見てたのにも納得いく。
俺はその絵に自分をさして、ザルの中へと次に指差した。
するとルゥベルカは、うんうんと頷いた。
ようやく彼女の言いたい事を理解した。だもんで俺も紙と羽ペンらしき
それを借りて、少しだけなら絵心あるので、
クロワルールだろう包帯女をザルの外に書いて、矢印を俺まで伸ばした。
すると、全てを理解してくれたのか、頷いて紙をしまうと、
今度は俺を珍しそうに見て、触れてきたのだがすり抜けてしまう。
美少女にボディタッチされるという名誉を逃した。おのれ包帯女め。
その後も、絵を通じて、色々と二人でコミュニケーションを取っていた。
この森は意外と狭く、近くに大きな街がある事。
ルゥベルカは一人で暮らしている事。
色々と知る事が出来たが、何故彼女はそんなに悲しい微笑みを絶やさないのか、
幾度か笑いを取ろうと、アニメーションダンス(中途半端)なども
披露したが、やはりどこか悲しげだ。
見たい。是非とも見たい、ルゥベルカの笑顔を。
その一心で俺は必死に道化を試みたが、全てに滑った。
バッキリと折れた心の音とともに、大地を揺るがす地震が俺達を一瞬浮かせた。
なんだ…何が起こった!?
ここからでは、木々に遮られて遠くが見えないが、驚く俺を置いて、
彼女は駆け出した。恐らくは地震の原因か何かだろう、慌てて俺も追う。
獣道を走る事、体感15分程過ぎた頃、視界が開けると同時に、
真っ赤に燃え上がる街が見えた。空を見るとまだ夕焼け時間でもない。
何かが爆発したのか?
目を凝らして街を見ると―――
「うわ…あの黒い腕…まさか」
見間違う訳は無い。確かにあの時にみたアレだ。
それを俺達は見つつ、何かブツブツと言いつつ、右手を前に翳したルゥベルカ。
瞬間、何も無かった場所が光り輝き、ガラスが砕けた時に近い音とともに
光りが消えていく。それを確認すると走り出すルゥベルカの後を追うが…。
アレをどうするつもりだよ! クロワルールが来るのを待った方がいい。
そう必死で伝えつつ、彼女よりも早く走り、止めようとしたのだが…。
スルリとすり抜けられてしまう物理的に干渉不可の煩わしさ。
言葉も通じず、肩を掴もうにもすり抜けるも八方塞のまま、
結局、街の中へと。
既に一発殴られたのだろう、首を左右に動かさないと見渡せないほどに地面が
陥没し、直撃を喰らった建物は歪な形に打ち砕かれ、
そこに居た人は―――
「おげ…」
人間ってあんな風に潰れるのかよ…。どんな圧力かけたら側面から内臓を
撒き散らして、地面に張り付くように…。
余りの惨状に吐き気を覚えて目を反らした瞬間、ルゥベルカを見失う。
代わりに、なんだ、ありゃ。二人一組で黒い巨腕に挑む姿を俺は見た。
然し、余りに距離があり過ぎて何をしているかも判らない。
もう少し近く、近く。と、物理的に干渉出来無いからか然程の恐怖も無く近づく。
彼等の傍に高めの建物。四階建てぐらいの建物か、その屋根の上に
ルゥベルカの姿を見つけて声をかけようとしたが、
何やらさっきの二人組みと言い合いをしている。
同じ街の住人同士なにしてんだ? と、首を傾げた俺の目には、
彼女達の頭上に振り下ろされる巨腕が見てとれ、思わず叫ぶ。
「避けろおぉぉぉぉおっ!!!」
その声でようやく気付いたのだけど、時既に遅く、ペアの方が直撃を受け、
その衝撃でルゥベルカが四階の屋根から放り出された。
ゆっくり、、そう非常にゆっくりと落ちていくように思えた。
頭から落ちているので、即死は免れないだろう。
俺は触れる事すら出来無い。何もする事が出来無い。
だが何とか助けたい。目の前の人間一人救えませんでした。
などという手土産は絶対に持ち帰りたくない!!
彼女が三階の窓を通過した瞬間、世界が白く染まる。
「これは…」
「君の世界の百腕は排除した。さぁ、君は家族の所に帰ると良い」
「…」
「どうした?」
帰れる。誕生日にお礼を言える。家族に会える。
元の不自由ない暮らしに戻れる。
それはとても幸せな事だ。 さぁ帰ろう、ここは俺が存在している世界じゃない。
「…彼女、ルゥベルカを助ける方法はないのかな」
何を口走ってる? 早く帰って家族に礼を伝えたいんだろう?
「ふむ。私は干渉は出来無いのでな。
だが、君が助けるのであれば別だ。リスクは大きいがな」
早く帰ろう、早く、早く!早く!!
「お願いします。その方法を俺に与えて下さい」
「方法とは、君の命そのものを使う。
魂のみの状態の今でも、それは可能。
即ち、リスクとは、家族との死別を意味する」
冗談じゃない! 冗談じゃない!! 親より先に死ぬなんて出来るかよ!!
己の今から取ろうとする行動に、心が反発する。
それも正論で。然し、俺は自身に声を荒げて問いかけた。
「目の前に救えるヤツが居たのに、おめおめ帰ってきました…。
なんて自衛官の親父に言えるかよクソがぁぁぁぁああああっ!!!」
その叫びに、包帯女は両腕を広げてこう応えた。
「本心に抗い叫ぶか…気に入ったぞ少年!!
ならば輪廻転生に蘇生を挟み、新たな生を与えよう。
今から教える力の名を、ルゥベルカと手を合わせ使うと良い」
時が止まったかの如く、全てが制止した白い世界。
その中を俺はルゥベルカ目掛けて駆け出した。
「少年。君の両親には伝えておこう。
彼は、親不孝を地で往く、馬鹿者だと。
そしてこうも伝えよう。一つの命を助ける為、彼の地に留まったと」
「ああ頼む!! なるだけ格好良く頼むわ。特に親父にはな!!」
そう言うや否や、時が動きだし、落下してくるルゥベルカと視線が交わる。
その瞳は絶望からなのか? 違う、喜びか。
酷い泣き顔に、満面の笑みを浮かべながら、彼女は右の手を俺へと翳した。
「天衣――」
俺もまた、彼女の右手に合わせるように右手を翳す。
「現神――」
恐らく彼女も、あの白い世界で別の時間の流れの中、
包帯女と話をしていたのだろう、示し合わせたかのように、
異なる言語が重なる。
「「アクセラソウル!!!!」」
名も知らぬ街は俺達を中心に白く輝く光り、いくつもの閃光を空へと放つ。
とても暖かい白光の中、アクセラソウルの力の意味と
いくつかの記憶が流れ込んでくる。
凶彗星。世界を滅ぼす大天威。それを呼ぶ、凶彗星の娘。
滅ぼさなければ、世界が滅ぶ。
凶彗星の娘は、元三大神が一神、時の女神クロワルールが
世界にかけた呪い。
それが私、私は世界の厄介者。大天威そのものなの。
…彼女の声が俺の心に突き刺さる。
森に一人で住んでいたのもそれが原因。
あの時の二人組みに何か言われてたのもそれなのか。
俺は心に念じるように彼女に尋ねた。
質問は至極簡単。
何故、街へと駆け出したんだ? と、尋ねた。
答えは聞くまでも無いんだが。
答えを聞く前に、俺の前に、
ファンタジー色の強い衣服を纏った彼女が現れた。
ノースリーブのブラウスに短めのスカート。
全体的に白で統一されており、ブラウスの右脇には
見た事の無い文様が浮かんでいる。
そんな彼女が右手を差し出し、こう言う。
「君と同じだよ? マァサ」
俺は軽く首を縦に振る。
「同じかぁ。うん、そうだなルゥベルカ」
そして彼女の右手を握ると、俺の無地のTシャツとジーンズが、
彼女とは対照的ともいえる漆黒のスーツへと変わっていく。
「おぉ。なんじゃこりゃ…ピッチピチじゃないか」
「似合ってると、思うよ?」
「疑問系かよ!?」
そう言うと、互いに残された左手で白い世界を振り払う。
頭上にはいまだに、あの黒い巨腕が存在している。
大きさ的には十数メートルと言う所か、それが振り下ろされた時の
破壊力は既に足元で実証済みだ。 だが不思議と怖くない。
今から使うコレが、足元のソレを遥かに超えるモノだと
何故か理解出来た。
俺達の足元には時計をかたちどった魔法陣が描かれている。
カチカチカチと、音を立てて時計の針が進む。
「じゃあ、俺の現世の寿命全てだ」
「うん…待ってるからね?
ずっと、ずっと待ってるからね?」
俯き、彼女が悲しそうに答えるが、俺は満面の笑顔で
ルゥベルカに親指を突き立ててこう言った。
「ああ、必ず戻るよ。ルゥベルカの笑顔が見たいからな!!」
…しまった!! 凄い臭いセリフを吐いてしまったようだ。
まともに彼女の顔を見れないが、空気を読んだ時計の魔法陣が0時を指した。
その瞬間、巨腕が砕いた地面を更に穿ち、俺達は空へと飛翔する。
これを俺が別の場所から見ていたら、光と闇の巨大な柱が天へと昇った。
という風に例えただろう。
アクセラソウル
時の前借り。俺の生涯に発生する運動エネルギーの収束。
それを一瞬に破壊力として放つ事が出来る。言ってみれば、彼女が砲台で俺は砲弾だ。
空へと駆ける最中、更に加速すべくルゥベルカが、力の全てを
俺に叩き込む。その速度は最早ただ光ったぐらいにしか思えない。
俺自身もその速度と威力に耐え切れず、黒い巨腕諸共に光の粒子と化した。
彼女は無事なのだろうか。いや、包帯女がついてるだろうし、大丈夫だろう。
然し不思議だ、死んだのは理解出来るが、妙に体が重い。
重いというか、だるい。体が思うように動かない。
…いや、生きている? 体の節々が激しく痛む。風邪にも似た症状。
右腕を持ち上げると、うすらぼんやりする視界で、判った事。
この体…とんでもなく衰弱しているという事。
…輪廻転生に蘇生を挟む。…死んだ奴の体に俺の魂をぶち込んだのか?
察する所、栄養失調で無くなった男の体なのだろう。
屋根も無い路地裏で、ただ横たわっている事にもようやく気付く。
然し、こんな程度では諦めてはいられない。
約束を、守るんだ。
彼女の笑顔を絶対に見てやるんだ、一緒に笑うんだ。
その一心で壁に右手を当て、体を引き摺り起し、薄暗い街へと歩き出す。
――――――-――――――-――――――-
「お前が居るからあんなものが出て来るんだ!!」
「さっさと死んでしまえ!!!」
…報われないな。あの少年が自らの全てを捧げ、助けた街と人。
それらが、揃ってルゥベルカに牙を剥く。
「ごめんなさい、すぐに…出て行きますから…」
「ちげぇよ!! 死ねと言ってるんだ!!!」
愚かこの上無い。街の英雄であるべき者に、
蹲り謝り続ける少女に、石を投げつける。
その感情こそが、大天威を呼び寄せるとも知らずに。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
「見ろよこいつ…謝りながら微笑んでるぞ気持ち悪い!!」
少し、不快だな。その微笑みの意味を知らず。
その微笑が滅びを止めている事も知らず。
…私が残した詩を、時が捻じ曲げる。
本来、救世の乙女たるべき存在を、破滅の存在へと。
然し、私は…いや、最早何もする事は出来無い。
早く帰って来い、少年よ。
時とは、人とは、残酷で非情なものなのだ。
君が求める笑顔が、永久に失われる、その前に。
序章 『凶彗星の娘』 完
NEXT 第一章 『黒刃金』