銀河鉄道購買部
銀河鉄道。その単語で何を思い浮かべるだろうか。
古びた線路、どこか懐かしくも古めかしい蒸気機関車。満天の星空。
何処までもどこまでも、それに乗ればどこまでも行けるような気さえ思い起こせるよな。
「こんばんは、ジョバンニ君」
「こんばんはマスター」
そんな銀河鉄道の停車駅の一つ。牡牛座のアルデバラン。駅長室の隣にある調理場に入ると、元気のいい声が響いた。
ジョバンニ君は切りそろえたおかっぱの黒髪(所々に青いメッシュが入っている)が良く似合う少女で、片目を星をちりばめたようなレンズを嵌め込んだモノクルで隠している。
テキパキと調理器具を出している彼女を見て、はてと首をかしげる。彼女の相方がいない。
「カンパネルラ君は?」
「ああ、あいつなら小麦粉取りに行きましたよ」
「あー。マスターだ。こんばんは」
後ろからカンパネルラ君の声が響く。
カンパネルラ君は腰まで伸びた黒髪(こちらも青いメッシュが入っている、二人でお揃いにしたかったらしい)をお下げにした少女だ。
片方の目を造花で彩った眼帯で隠している。ジョバンニ君と顔立ちは似ているものの、彼女のほうが背が高い。服装も似ているが、違いといえばカンパネルラ君は長ズボンで、ジョバンニ君は短パンと言ったところか。
手をぶんぶんと降っていたカンパネルラ君は小麦粉の大きな袋を軽々と担いでいるその袋を調理室まで運ぶ。
「マスター、今日は何を作るんですか?」
「ドーナツを作ろうと思ってるんだ」
「ドーナツ?!ボク、あれ大好きなんだ」
「マスターって何でも作れるんですね」
カンパネルラ君もジョバンニ君もドーナツという言葉に目を輝かせている。作ったことがなかったらしい。
固いドーナツなら簡単だからだと、この際二人にも教えることにした。
小麦粉、砂糖、卵、牛乳、膨らし粉、バター。ボウルに混ぜて捏ねる。隣を見ると二人も楽しそうに生地をこねていた。
生地を寝かせ、その間に洗い物や油の準備をする。
「二人はこの駅から列車に乗り込むのかい?」
「うん、今はこの駅が始発になってるから」
そういえばもうそんな時期か。
銀河鉄道の線路は黄道線と冥王線の二つあるが、基本的にカンパネルラ君とジョバンニ君が乗車するのは黄道線だ。
始発は毎月駅が変わるが、終着駅は一つ。へびつかい座のアスクレピオス。
そこには切符を持った人しか行けない、特別な駅。
私も、一度しかその駅に入っていない。
「マスター、生地の準備出来ました」
「ああ、ありがとう。後はこれを揚げるだけ。少し膨らんできつね色になるからひっくり返してね」
「はーい」
二人が一つ一つ揚げていく。作ってなんだが意外と量ができたな。
これらのは彼女たちが列車の中の購買部で売るのだが、余れば車掌達のお茶請けにでもしてもらおう。
そういえば博士の姿が見えないのに気が付いたが彼のことだ、何処かの駅で会えるだろう。
私はドーナツを入れておく用の木箱に紙を敷いておき、ついで珈琲缶を棚から取り出した。
「珈琲いれようかか、試食もしたいし」
「やったー」
「カンパネルラ、手伝うわ」
「ありがとうジョバンニ」
ジョバンニ君の方は揚げ終わったらしくカンパネルラ君を手伝っている。
私はそれを見ながら薬缶で湯を沸かし、缶から珈琲の粉を取り出す。
コーヒーフィルターはこちらにはないので、いわゆる煮出し式になってしまうがそれも美味しい。
「マスター、全部揚げ終わったよ」
「わかった。油の処理は私がやっておくから、二人はお皿の準備をお願い」
処理を済ませ、珈琲を淹れて二人とドーナツを一つほうばる。うん、美味しい。
二人も美味しそうに食べているのでドーナツは中々の出来上がりの様だ。
「これなら購買部でも売れるね」
「けど、油の処理もあるし。駅に停車した時にしか作れないわね」
「クッキーとかガレットも駅で作ってるから大丈夫じゃない?」
「そっか」
試食が終わり、二人は前日に作っていたクッキーと一緒に列車の中にドーナツを入れた木箱を社内に運んでいく。
私は乗れないから、今日はここでお別れだ。
「二人とも、頑張ってね」
「うん。マスターありがとう」
「また明日」
銀河鉄道を見送り、私は帰路に就く。
あの喫茶店を受け付いてからの奇妙な二足の草鞋生活は、時々きついこともあるがとても面白い。
後ろから汽笛の音、どこか懐かしい気分になった。
『本当の幸いを探しなさい』
耳に残る恩人の言葉を胸に、私は帰ろう。あの喫茶店へ。