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7戦






「ルル!」

「こっちに来るな!」


 ベッドから飛び降りて駆け寄ろうとしたら、シャルルが今まで見たこともないほど怖い顔で怒鳴った。

 シャルルが、私に怒鳴った。シャルルが、ミーシアおいでじゃなくて、ミーシアうるさいじゃなくて、ミーシアこっち来てじゃなくて。

 こっちに来るなって、言ったぁっ!


「あっちいけ! ……ミーシアなんて、っ、きらいだ。大きらい! だから、あっちいけ! どっかいけ! ミーシアなんて大きらい!」


 じわりと涙が滲む。胸はズキズキ痛むし、喉の奥は焼きたてのお芋が詰まったみたいに苦しく熱い。そんなもの食べてないもん。シャルルとじゃなきゃおやつ食べたくなくて、今日はおやつ食べてないもん。

 ぐっと堪えるのに、瞳には見る見る涙が溜まっていく。


「落ち着きなさい、シャルル。そんなことを言わなくても大丈夫なように僕を呼んだんだろう? アルテミシアだって驚いて」

「ルル、すき! 大すき!」

「…………流石グーリンの娘だね。全く予想のつかない行動を取る」


 シャルルの制止を振り切り、力いっぱい駆け寄る。一瞬逃げようとしたシャルルは、私を見て酷く傷ついた顔をした。いっぱいいっぱい泣き出しそうな顔をしていたからだと、分かっている。だけど、シャルルにあっちいけって言われて、泣かないでいるなんてどうしても無理だったのだ。


 そうして逃げそびれたシャルルに、思いっきり抱きつく。

 同じ大きさの私達は、お互いを支えられず廊下に倒れ込む。でも私は、シャルルの頭をしっかり抱えているし、シャルルは私の背中をしっかり抱えているから、怪我はしない。

 今まで、何度も一緒に転んできたから、お互いどうすれば怪我をしないか、どの位置に身体を置けば痛くないのか、ぴったり分かるのだ。


 全然痛くないまま起き上がった私は、シャルルの頭を抱えていた腕を外した。そして、ぺしゃりと両手でその頬を潰す。ぴしりと石が割れる。シャルルは泣き出しそうな顔でそれを見ようとしたけれど、私はシャルルが余所を向いてしまわないよう両手に力をこめた。


「ルルは私にけっこんしようって言って、私はうんって言ったわ。それなのに、いきなり大きらいはだめよ! そういうの、けっこんさぎって言うって、私しってるんだから!」

「さぎなんてしてないよ! 僕だって結こんしたいよ!」

「じゃあそれでいいじゃない! ルルはいつも考えすぎるのよ!」

「君がらく天てきすぎるんだ! ほら、また一個われたじゃないか!」

「だからなによ!」

「大もんだいだろ!」


 せっかく堪えていたのに、いつの間にか私はわんわん泣いていた。シャルルもわんわん泣いていて、ちっとも収拾がつかない。もみ合っての大喧嘩になりかけたところで、私達の身体はひょいっと抱え上げられた。

 私はお父様に、シャルルはイシュー様にだっこされる。お父様の首根っこにしがみつき、シャルルにいーっとした。シャルルはイシュー様の服を握りしめ、ふんっとそっぽを向く。


「じゃるるが、じゃるるが、ぼぐに、ふんっで、じだぁ!」

「お、お父さまにじゃありません!」


 お父様が泣き出しそうになって、シャルルは慌てた。


「……え? ちょっと待って。僕、シャルルにお父様なんて呼ばれたことないんだけど。グーリンがお父様なのはまあいいけど、それはともかくとして、僕は?」


 イシュー様も慌てた。


「………………………………あんたは知らない」


 シャルルはそっぽを向いた。


「私は二人がどう呼ばれていようがお母様だものねー」


 お母様はにこにこした。


「…………ルル、私は? ルルは私のこんやく者よ。じゃあ、私はルルのなに?」


 そぉっと聞いたら、シャルルはちらっと私を見てぐっと唇を噛んだ。


「………………僕の、こん約者」

「そうよ!」


 私は大満足した。そうしてまた一つ石が割れたけれど、首からじゃらじゃら石をぶら下げている私は無敵なのである。











 真夜中に開かれたエルシャット家家族会議は、なかなか捗らなかった。

 説明していたお父様が号泣し、説明を変わったお母様が途中から改めて石の値段の計算を始め、イシュー様は何事か考えて黙りこくっている。


 大人達がそれぞれの事情で忙しくしている間、私とシャルルだって大忙しだ。

 シャルルと手を繋ごうとしている私と、そんな私に捕まらないよう必死に手を弾いているシャルルの大乱闘である。

 ぱっと手を伸ばせば、ぺしっと交わされる。ぺっと飛び出せば、ぱっと避けられる。ぴぴぴっと手を繰り出せば、てててと下がられる。石も景気よく割れていた。でも、大人達から制止が入っていないので問題ない。



「もー! ルルのいじわるー!」

「僕のまえで死んでいく君よりいじわるな存ざいはないよ!」

「ルルが手をつないでくれないなら、私、ペッパと手をつないでしまうんだから!」


 ペッパは事あるごとにシャルルをからかう男の子だ。好きな子ほどいじめてしまう典型的な男の子だと思っている。だからといって許されることではないので、毎度毎度戦闘し、いつも私が勝利を収めているのだ。今度は大きなフライパンを持っていこうと思っている。


「だめ!」


 シャルルはズボンを両手でぎゅっと握り、叫んだ。


「じゃあ、ルルがつないで!」


 んっと両手を突き出せば、シャルルは後ずさりしていく。じわっと涙が滲む。


「……じゃあ、ラーブクとつなぐもん」

「ラーブクもだめ! どうして男の子ばかりとつなぐの!」

「女の子は、けんかでペッパに勝つ私がこわいって、なかよくしてくれないんだもの! ルルだってしってるじゃない! ほかの男の子とつなぐのがだめなら、ルルがつないでよ!」

「……………………やだ」

「ひぐ……うぇえええん」


 スカートを両手でぎゅっと握りしめていたけれど、堪えきれなかった。

 座り込むことはどうしてだかしたくなくて、二本足をしっかり踏ん張ってぐしゃぐしゃに泣く。わんわん泣いていたら、それぞれ大忙しだった大人達がこっちを見た。



 お父様とお母様はやれやれという顔をしていたけれど、イシュー様は眉間に皺を寄せて立ち上がった。


「シャルル、いじめたら駄目だよ」


 そして、ちょうど大人一人分空いていた私達の間に膝をつく。


「…………いじめて、ない。ミーシアが僕をいじめてるんだ」

「ルルがあっちいけって、あっちいけってする、あっちいけって、ルルが、ルルがぁ!」

「僕だってしたくないのに、君が死にながらこっちくるから! ミーシアが僕にあっちいけってさせる!」

「ルルがー!」

「ミーシアがっ!」


 右からはシャルルが、左からは私がイシュー様を掴み、力一杯揺さぶる。私達はいま、六歳のお姉さんとお兄さんではない。いっぱいいっぱいで、もっとちっちゃな、四歳くらいの子どもに戻ってしまっている。

 イシュー様は最初「え、ちょっと、待って、え、ええー……」と困っていたけれど、何だかだんだん楽しくなってきたようで、心なしかにこにこしている。



「凄い。グーリン、見て。僕いま、子育てしてる」

「よかったねぇ。君の夢だったものね。でも、気をつけないと両方から鼻かまれるよ」

「いいよ。子育ての醍醐味って感じだ。いいなぁ……僕もこうやってこの子達と関わりたかったなぁ」


 どこか淋しそうな声でそう言ったイシュー様は、ぐちゃぐちゃに泣いている私とシャルルを、それぞれの腕で同時に抱き上げてしまった。


「よいしょ」


 小柄なお父様よりは背が高いけれど、肉屋のおじさんの半分もない腕なのに、私もシャルルも両方同時にだっこしている。凄い。

 シャルルも驚いたようで、イシュー様の服をぎゅっと握りしめ、大きな目でぱちりと瞬きした。その目から涙がぼろりと零れたので、咄嗟に私の袖で拭う。ぴしりと石が割れて、シャルルが私の手をばしっと弾いた。


「さわるな!」

「う、えぇーん」

「シャルル、やめなさい」


 頭を傾けてシャルルの額に自らの額を合わせたイシュー様は、そのまま軽くぐりぐり額を動かした。


「割れた分は僕が補充するから。大丈夫だから。お前も泣いてるじゃないか。ほら、もう泣かないの」


 優しい声でそう言って、今度は頭を傾けて私に額をつけた。


「アルテミシアもそんなに泣かないで。大丈夫だから。その為に僕が来たんだから、ね?」


 私達を抱えたまま椅子に戻ったイシュー様は、何だかにこにこしている。一度会ったことがあるそうだけど、赤ん坊の頃らしいので私は覚えていない。

 そんな、ほぼ初対面に近い人にだっこされて安心して甘えられるほど私はもう子どもじゃない。だってもう六歳のお姉さんなのだ。でも。


 ちらりと目線を上げると、ちょうどこっちを見ていたイシュー様がにこりと笑った。その顔は、ご機嫌なシャルルによく似ていて、初対面とかそんなのどうでもよくなった。




 ぐずっと洟を鳴らし、手触りのいい生地を握りしめる。皺になってしまうと思ったけれど、イシュー様は怒らなかった。イシュー様の腕越しに反対側を見れば、私より遠慮なくイシュー様の服をぐしゃぐしゃに握りしめたシャルルがすんっと洟を鳴らしている。


「さて、話を戻すけど、アルテミシアの言っている記憶をどう定義づけるかはちょっと難しいね。前世の記憶か、どこか遠い世界の記憶か、過去か未来か。判断はつけられないと思う」

「前世の記憶って……そんな物を持ち越すことは可能なのかな」

「例が全くないわけじゃないんだよ、グーリン。幼い子どもが、初めて訪れた町の道を知っていたり、読ませたわけもない物語の結末を知っていたり、ああ、中には前世の自分を殺した犯人を言い当てた、なんて話もあった。けれどそれらを証明する手立てがないんだ。だから無いとされているに過ぎない」


 だんだん話が難しくなってきた。私はきゅうっと眉を寄せる。


「アルテミシアは、その記憶はどんな物だと思ってる?」

「えっと、昔よんだ本を、おもい出したかんじ……でも、本のひょうしとか、作しゃ名とか、どこでよんだのかとか、そういうのはおもい出せない。そんなかんじなのです」

「成程。つまり、自分が主体の人物像から世界を見ていたのではなく、物語だけを思い出したと……過去視や未来視に近いな。何かの記憶だとしても、君の生の記憶とは断定できない。寧ろ……世界の記憶に近いね。何か関連の物と関われば、他にも見える可能性がある。他には何か思い出せる? えーと、すとーりー? という物語の流れについてだと嬉しいんだけど」


 私はうーんと考えた。思い出そうとしても、どこをどう思い出せばいいのか分からないのだ。本当に、ぽんっと思い出された『記憶』だった。そういえば昔読んだ本に書かれてたな、なんて、その程度の重さしかない記憶を、何をとっかかりに掘り出せばいいのだろう。


 うんうん唸っていたら、お父様とお母様とシャルルが、悩みすぎて寝込んでしまう脳みそだからもうその辺でとそっと心配してくれた。

 大事にしてくれるのは嬉しい。だからこそ役に立ちたい。うーんと唸ってシャルルを見ると、紫色の瞳で心配そうに私を見ている。それを見て、一つぽんっと思い出した。



「イシュー様、ティブルーはせんそうになるのですか?」

「…………どうしてそう思うの? ちなみに、相手国はどこかな?」

「えっと、アイあいの主人こうは、レカリフ国の王女さまで、ティブルーとのせんそうをかいひするために、こっそりこの国にきて、学えんににゅう学するというせっ定でした」

「…………………………王女の容姿は分かるかな?」

「いいえ。ぷれいやーは、自ぶんのすきなように、かみがたやめの形をかえられて、色もえらべるのです。名まえも、です。ティブルーはまじゅつしがつよく、のろいやあんさつにもつよいので、王女はみ分をしられてあんさつされないように、み分をないしょにして、もぐり込むのです。せんそうを回ひ出きるか出きないかでも、るーとはかわります。すとーりーは分きします」


 確かそんな設定だった。

 最初に名前も容姿も好きな物を選んで設定し、ゲームすたーとなのだ。そう伝えたら、イシュー様は顔からすべての表情を消してしまった。まるで初めて会ったときのシャルルが帰ってきたようだ。



「……未来視というより、黙示録だな。ミーシア、いい子だからそれ、ここにいる以外の誰にも話してはいけないよ」


 ぽつりと呟かれた内容は知らない単語だったから、意味を聞きたい。けれど、お父様とお母様、それにシャルルまで強張った顔をしたので何だか怖くなって聞けなくなってしまった。

 代わりに、今の話をしている間に思い出したもう一つの大事な情報を伝えよう。



「主人こうは、どんなすがたでもすごくかわいいのです。もれなく全ぶ、どんなせんたくをしても」

「僕の娘が一番可愛いよ!」


 お父様が身を乗り出してきっぱり宣言した。


「父親って盲目よねぇ……大丈夫よ、ミーシア。お母様と一緒に現実を知りつつ、可愛く化けて生きましょうね」


 お母様がはんなり微笑んだ。


「アルテミシア、僕もミーシアって呼んでもいいかな? それに、シャルルが二人のことをお父様とお母様って呼んでるなら、僕のこともお父様って呼ぶべきだと思うんだけどどうかな」


 イシュー様が全然関係ないことを言い出した。




 それぞれに、貴族の令嬢らしく曖昧な笑顔を返す。私いま、お姉さんみたいだ。これぞ立派な淑女だと自画自賛する。ふんすと胸を張った私の手に、よく知っているのに少し懐かしい体温が触れた。ぴしりと石が割れる。


 そぉっと視線を向ければ、割れた石を悲しそうに見ていたシャルルの視線が私を向いた。何かを言おうとした唇が一度閉じられ、もう一度そっと開く。


「僕は、ミーシアがしょう来、可愛くても可愛くなくても、だれより好きだよ」

「私も、ルルがしょう来び人さんになって、たのしみだ? になって、そのときは少しくらいゆうずうきかせてくれよ、ちょっとくらいいいだろになっても、だれより大すきだよ!」

「待って。それ誰が言ったの? ちょっとグーリン。僕の息子に不埒な発言をした奴はどこ。教えて。どこ、誰、どいつ。どうして教えてくれなかったの。まさか庇い立てするような間柄じゃ」

「ぼぐのがわいいむずごどむずめに、どんでもないごどばぎがぜだやづばだれだぁああああ!」

「……知らなかったって事はよく分かったよ」


 どばっと涙を溢れさせながら大爆発して怒っているお父様に、イシュー様は水差しから注いだばかりの水を差しだした。お父様はそれを一気飲みして、盛大に咽せた。どうやら叫んだ喉に一気飲みは堪えられなかったようだ。お母様は淡々とお父様の背中を摩っている。








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