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2戦






 愛の哀 ~思い出の檻~ は、ぷれいやーであり主人公である女の子が、意中の男の子と恋愛していくゲームだ。攻略対象と呼ばれる男の子達は複数人存在する。だがそこに立ちはだかる壁があった。


 それが私、アルテミシア・エルシャットである。薄桃色の長い髪も、アルテミシア・エルシャットの特徴そのものだ。




 壁やらいばるが存在すると燃えるのは、恋愛でもすぽーつなどの勝負事でも変わらない共通の流れといえよう。このゲームでもそれは同じだ。どの男の子を選択しようと、主人公の前にはアルテミシア・エルシャットが立ちはだかるのだ。


 男の子達の思い出として。





 実はこのアルテミシア・エルシャット、本編では一度も出てきていない。正確には、生きた状態で出演していないのだ。その姿が登場するのは、どれも決まって攻略対象である男の子達の記憶の中である。またの名を回想しーんという。


 とにかくこの壁、またの名をアルテミシア・エルシャットはよく死ぬ。何かにつけて死ぬ。息をするように死ぬ。息をしても死ぬ。それも、攻略対象の男の子達のとらうまになって。事故、事件、病死。理由は様々だけど、とりあえず死ぬ。隙あらば死ぬ。隙なくても死ぬ。死なないるーとが皆無である。

 男の子達は、遠い昔に失ってしまったアルテミシアの思い出に囚われたまま成長し、主人公に出会い、その明るさに救われて恋に落ちる。というのが大体の流れだ。どのるーとでもそれを下敷きにしたすとーりーが組まれている。


 自由度が高いとは一体何だったのか。確かに色んないべんとを選べるし、選んだいべんとによって台詞やいらすとにも差分が生まれて楽しめる。何度遊んでも全く同じにならないどころか、全く違ったすとーりーを楽しめると人気だった。

 だが、どこを選んでもアルテミシア・エルシャットが立ちはだかる。本人は死んでいるが立ちはだかる。とにかくどんなしーんでも、男の子達がアルテミシア・エルシャットを思い出すのだ。


 一歩進めばアルテミシア・エルシャット。振り向けばアルテミシア・エルシャット。立ち止まればアルテミシア・エルシャット。初めて攻略対象が笑えばアルテミシア・エルシャット。主人公が誰かを好きになった自覚を持てばアルテミシア・エルシャット。お茶を零せばアルテミシア・エルシャット。木登りすればアルテミシア・エルシャット。美味しいお菓子を食べればアルテミシア・エルシャット。晴れればアルテミシア・エルシャット。雨が降ればアルテミシア・エルシャット。土を見ればアルテミシア・エルシャット。蜂を見ればアルテミシア・エルシャット。棍棒見ればアルテミシア・エルシャット。鍬を見ればアルテミシア・エルシャット。赤点見ればアルテミシア・エルシャット。おいお前どんな令嬢だと思えばアルテミシア・エルシャット。

 もう、生きているだけでアルテミシア・エルシャット。だが本人は死んでいる。

 何をどう回避してどう選んでどう割り切ろうが、アルテミシア・エルシャット(※死亡済み)。



 ここまでくれば、ぷれいやー達は思う。自分達がぷれいしているこれは何ゲーなのか。恋愛ゲームじゃなかったのか。これはもうアルテミシア・エルシャット攻略ゲーと言っても過言ではない。寧ろそのものである。もう攻略させろよとすまほを投げつけたぷれいやーも少なくない。だがそこはアルテミシア・エルシャット(※死亡済み)。


 そしてアルテミシア・エルシャットは何をしているんだ。何で令嬢が木登りしてるんだ。そして何してくれてるんだ。

 蛇持って振り回してるいらすとが男の子達の回想として出るわ、韋駄天走りで走り去るいらすとが以下略、山盛りの肉を食べている以下略。本当に何してるんだアルテミシア・エルシャット。そこまで生命力に溢れてるんなら生きとけよアルテミシア・エルシャット(※死亡済み)。


 ねっとの検索窓には、『アルテミシア・エルシャット』の後に『消す方法 乗り越え方 回避方法 うざい 攻略法 生存ルート 救済法』などの項目がずらりと並んだものである。とれんどに『死者に勝つ方法』『死者には勝てない』が一緒に並んだ日もあったくらいだ。

 攻略さいとには『アルテミシア・エルシャット ~~など、全攻略者を手中に収め、ある意味逆ハーレムを形成したといえる彼女は、プレイヤー達の間では「ここまでくればもう彼女は日本からの転生者であり、恐らくはアイあいのプレイヤーである」との説がまことしやかに囁かれている』などと書かれる羽目になった。ちなみに、乗り越え方を選ぼうとしてくりっくみすして、消す方法を選んでしまい、現れた謎のイルカの画像を検索して終わった悲しい思いをした人もいるらしい。結局、乗り越え方も謎のイルカを消す方法は分からずじまいだったそうだ。




 そんなアルテミシア・エルシャットは、とにかく回想で出てくるきゃらだからか、まともに顔面が描かれたいらすとがない。どれもこれも、目元が隠れているのだ。

 思い出のわんしーんできらきらと輝く一枚絵。そこに不自然に入り込む光。たなびく髪。落ちてきた葉っぱ。影。風、火、水、土。ここだけ聞けば何の属性の話かと思うがそれだけではない。犬。猫。鳥。書類。手。ありとあらゆる要因で、頑なに目元が隠されている。


 そうしてついたあだ名が、思い出の目隠れ令嬢。


 他には、とにかくよく振り返って笑う一枚絵が起用されることから振り返り令嬢、見返り令嬢、目隠れ鬼などのあだ名で呼ばれていたが、共通の名として周知されていたのはやっぱり目隠れ令嬢である。というか、最後の目隠れ鬼はもはや悪口ではないだろうか。








 そこまで話した時、シャルルははっとした顔をした。


「君の顔が、記おくでも肖ぞう画でも、なぜかぼやけてしまうのはそのせいだったの……?」

「そ、そうなのよ! 私もいままで、なんで!? どうして!? って思っていたけど、やっとふにおちたわ!」


 そうなのである。何故か私の顔は人の記憶にも、絵などの記録にも残らないのだ。特に、目が。


 肖像画描いてもらって屋敷にも飾っているが、何故かどこにどう飾っても、顔の、それも目の部分に光が当たるわ影が落ちるわでよく見えないのだ。こうして向かい合っているシャルルでさえ、いざ私と別れれば、そういえばあいつの目の色って何色だっけ? となるのだそうだ。

 前髪を上げて額を丸出しにしていようが、何故か顔の上半分に謎の光か影が落ちてよく見えないこの不思議現象の理由が、ようやく解明されたのである。


 これは両親も知っていることで、一時期は相当悩んだそうだ。自分達の娘は何か呪われているのでは……と悩み、子への愛が足らないのかと思い詰め、どん底まで沈み込み――吹っ切れた。呪われてようが目が印象に残らなかろうが、健康で楽しそうに生きてるからいいんじゃないかとの結論に至ったのだそうだ。ある意味悟りを開いたのである。

 私の両親は大物だ。大物な両親が守る我が子爵家も安泰である。めでたいことだ。




 だが、私は自分の顔が青ざめていくことに気がついた。気がつけば、手が震えている。


「……それに、ルルとの話だと、私、いま、ここで死んでる」

「……何だって?」


 自分で口にして、やっとぞっとした。

 それまで、とんでもないことを思い出した興奮と、忘れる前に誰かに伝えなければとやけに切羽詰まった焦燥感があって感情が追いつかなかったが、アルテミシア・エルシャットは、シャルルるーとだとこの事件で死んでしまうのだ。……ルが多いな。ルの三乗事件と名付けよう。


「えっと……目かくれ令じょうはとう場場めんと回そう場めんがおおすぎてあんまりこまかいところおぼえてないんだけど、たしか、木のそばに咲いていたもも色の花がきれいでそれに気をとられていてにげおくれたはずだわ。ルルとのきょりもちょっと空いていてルルもまに合わず目のまえで、だったと思うんだけど……そんな花あった?」


 さっきまで自分が遊んでいた景色を思い出すも、そんな花を見かけた覚えはない。久しぶりに外で遊べて浮かれていた自覚はある。だが、だからこそ余計にいつもと違う物、それも楽しそうな物があれば目についたはずだ。

 そんな私の前で、シャルルはすっと真顔になった。心なしか、顔が青ざめて見える。


「ルル、どうした、の……」


 首を傾げた私の前に、シャルルは懐から取り出した何かを差し出した。それを見て絶句する。私の目の前では、桃色の花が儚げに揺れていた。


「……これ、どうしたの?」

「………………さっき、そこに咲いてたから、なんとなく、つんだ」


 二人の間に沈黙が落ちる。その間で、可愛らしい桃色の花が揺れていた。それは、花を持つシャルルの手が震えているからだ。急に、現実味を帯びたのだろう。

 私も、今まで当たり前に現実として生きてきたこの場所がゲームの中で、尚且つすとーりーをなぞろうとしているかのような出来事に呆然としてしまった。



 我に返ったのは、私達の傍の枝が大きな音を立てたからだ。沢山の葉っぱを落としながら動いた枝が除かれれば、さっきまで見ていた青空と、必死の形相で中を覗き込む使用人達が見えた。


「シャルル様!」

「アルテミシア様!」


 泣き出しそうな顔で伸ばされてきた手に掴まれ、シャルルはなすがままだ。呆然とした顔で私を見つめながら、大人しく引きずり出されていく。その後に続いて私も引っ張り出された。

 大きな大人の手が、身体中を撫で回す。失礼な、と思ったりはしないけれど、思う暇もないくらいとにかく忙しなく撫で回され、怪我の有無を確認される。しつこいくらい呼びかけられて意識も確認された。

 私は大丈夫だったけれど、シャルルは呆然としていたため、これは駄目だとみんな青ざめ、一足先に屋敷へと連れ戻されていく。抱きかかえられ、一目散に屋敷へと戻されていくシャルルは、最後まで驚愕の瞳で私を見ていた。その手に握られたままになっている桃色の花が頼りなく揺れ、一枚だけひらりと落ちていった様がなぜだか酷く印象的だった。








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