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18戦







「あー……その、だな。少々割り込んでいいだろうか」

「駄目だ」

「そ、そんな……」


 シャルルとイシュー様との間に起こっていたある意味ほのぼの親子劇場が、イシュー様と王様の間に起こった。全くほのぼのではない。むしろ猛吹雪だ。

 目の前で王様の言葉をぶった切るという芸当をやってのけたイシュー様に驚くべきか、もうこういうものだと諦めるべきか。


 王様との間……というより、彼らとイシュー様達との間に何があったのか、私にはよく分からない。不穏な単語も、いくつか聞こえた。

 イシュー様に、悲しいことが、あったのだろう。痛いことが、腹立たしいことが、つらいことが、あったのだ。だけどそれは今聞くべきではないだろう。いつか話す機会があれば話してくれるだろうし、話したくなければ話さないだろう。

 きっとお父様とお母様は知っている。おそらくシャルルも。だったらそれでいい。知るべき人が知っていればいいことだ。イシュー様が知っていてほしい人が知っていたら、それでいい。だって私は、イシュー様を慰めたいわけじゃない。そんな大それた事出来るとは思っていない。私にとってイシュー様は、シャルルの優しい父様で、私にとっても父様で、お父様とお母様のお友達。イシュー様に何があってもそれは変わらないし、それだけ分かっていれば充分だ。



「あのさ、国王からが駄目なら、その質問俺が引き継がせてくれ。アルテミシア・エルシャットの石って何だ?」


 いきなり呼ばれた私の名前に微妙な気持ちになる。ここに来るまでに調べられているだろうなとは想像に難くないが、名乗ってもいないのに一方的に知られているのはあまり面白いものではない。貴族の中では当たり前のことだが、あいにくこちらはど田舎出身だ。相手の名を呼ぶのは名乗ってからが一番である。

 私とシャルルは、一応イシュー様を見た。答えていいのだろうか。


「身代わり石だ」

「は!?」


 王様が目を剥いた。王様以外の皆もである。確かに身代わり石は貴重だけれどそんなに驚かなくても……いや驚くな。さっきシャルルは二千個くらいと言った。私はもう大体の数すら予想することを放棄していたけれど、シャルルは一応ちゃんと大まかに数えていたらしい。

 二千個。とんでもない数だ。身代わり石はとても貴重で、制作に時間も手間もかかる物、と言われているし、きっとそれは正しい。それをバリバリ気軽に割っていくことに慣れた自分が恐ろしいくらいだ。


「お前! 負担が大きすぎてしばらく作れないと言っていなかったか!?」


 王様が立ち上がった。その首元からぶら下がっている首飾りは、高そうな宝石に混ざって見慣れた石が二個飾り付けられていた。ああして見ると本当に高そうに見える。気軽な装飾品にはとてもではないが見えない。もぞもぞと姿勢を正す。まだ加工前で大量に石が詰まった箱の中に手を突っ込んで、無造作に割ってきた身としては、大変居心地が悪いのである。


 シャルルの手が私の首元を探り、三本の首飾りを取り出した。一本で何十個も身代わり石がついている。じゃらんっと重たい音で取り出された石に、王様達の顎が落ちそうだ。なんだか申し訳ない。実質、彼らにいくかもしれなかった身代わり石は、私が独り占め状態である。


「お前達にくれてやる石は今後も作れる目処は一生立たない。息子の嫁であり僕の娘であるミーシアの命を繋ぐ石は、三十秒に一個作れる。それだけの話だ」


 量産してくださるのは大変ありがたいのだけれど、申し訳なさも募る。首を竦めた拍子に、首飾りの石が三つ立て続けに割れた。全員の視線がそこに集中する。大人しくなっていたと思ったのに、やっぱり割れるらしい。今の間に三回死んだ。自分の死に慣れるって、悲しい。


 私より、周りの人々のほうが衝撃を受けた顔をしていた。シャルルとイシュー様は咄嗟に自分の服に手を突っ込んだ。彼らの手が服から出てきたとき、そこには身代わり石の首飾りと腕飾りが握られていた。いつも懐に入れているのだろうか。

 シャルルは頬を張られたみたいな顔をしている。イシュー様の目は凍てついているし、王様達は泣き出しそうな顔になっている。自称神様は、難しい顔で私の胸を見つめている。


「……いま、君の魂が揺らいだ。向こうの世界の干渉は凄まじいな。それに、アーグレイ家の身代わり石生産力も凄まじい……もしかしたら、今までの世界でも俺達の知らない場所で同じようなことをしていたのかもしれないな。だから、そんな人間離れしたことをやってのけられるのかもしれない。アルテミシア・エルシャット、君の知識が持つ世界への情報もその一部だと俺は思う。君の魂は確かにこの世界のものだ。けれど君にはこの世界を俯瞰的に見るための情報が備わっている。それはきっと、今までの繰り返しで得られた恩恵の一部だ。それとさっきの話で聞いた、今までに無い数の石が割れたという現象は、ぷれいやーが近くにいた可能性がある。ぷれいやーの影響下に初めて入った衝撃ではないかと俺は推測した。ぷれいやーとは、自分の意思で世界を遊べる存在だ。世界を自由に動き回れる影響力をもろに受けたんだろう。今度会った時に同じ衝撃が来るとは限らないが……場所は渡り廊下と言ったな?」

「は、はい。ですが、その場にいた人達とは、顔を合わせた瞬間は何ともありませんでした」

「じゃあ、一階かその上、三階の渡り廊下にいた可能性が高いな。食堂前に目立つ形で対象者がいたんだ。それを見に来ていた可能性がある。そもそも、それを狙って学園に存在する唯一の対象者であるシャルル・アーグレイを引っ張り出してもらったんだからな。詰めかけていた集団も含めて、全員把握しているな?」


 自称神様の言葉に、王様達は頷いた。


「全員の素性を洗い直せ。特に渡り廊下にいた人間だ。性別関係なく徹底的に洗え」

「はい」


 宰相が素早く立ち上がり、一礼して部屋を出て行った。それを見送り、自称神様は空中で胡座をかいたまま、後ろにひっくり返りそうなほど頭を後ろに倒した。


「あー……これで出てきてくれりゃ楽だけど、あっちの介入力凄まじいからなぁ…………恐らく、無理だろうな」

「だが、候補が絞れるのはありがたい。全校生徒を対象にするより、多少はマシだ」

「まあなぁ……悪い、そろそろ俺限界。一旦引く。イシュー・アーグレイ、シャルル・アーグレイ、お前達への謝罪は申し訳ないが後日にさせてくれ。そろそろ、起きているのが難しくなってきた。それと……アルテミシア・エルシャット。お前にも、謝る。見つけるのが遅れ、今まで死なせてしまった。不甲斐ない神ですまない」


 少年は胡座を組んで浮いたまま、頭を深く下げた。


「だが、これだけは信じてほしい。俺は絶対にこの世界を諦めない。この世界が生まれ、俺が定着した以上、ここはもう独立した世界だ。たとえ生みの親であろうが、この世界の存在を揺るがすというのなら必ずご退場頂く。だから、お前達もどうか諦めないでくれ。俺はお前達の魂を虚無へと落としたくはない……いや、絶対に落としはしない。お前達には生きる権利がある。誰が何と言おうと、それはこの世界に命として生まれたお前達が持つ正当な権利だ。何があっても、それは絶対に忘れないでくれ」


 抗え。命の危機に抗え。それは正当な権利である。たとえ相手が私達の世界の元となった神であろうと、逆らっていいのだと、抗っていいのだと、私達の神は言うらしい。



「生きろ。ここは、お前達の世界だ」



 最後はふわりと溶けるように少年の声が消えた。

 瞬きの間に、少年の身体はかき消えていた。そこには何も残っていない。三冊の書物だけが残されている。

 驚いている私達の前で、王様と神官長は頭を下げた。同室の変態も慌てて頭を下げている。それまで黙っていた神官長が一番頭を下げている。



「我々からも重ねて謝罪致します。あの方は、決してこの現状を軽んじているわけではありません。だが、この世界はまだ若く、青いのです。生まれたばかりの世界と同じく、あの方もまた、お若い。その力を何百回も巻き戻しに使用しております。もう、限界なのです。神として生まれた力のほとんどを巻き戻しに使用し、姿を維持することも難しいほどに消耗している。恐らく、巻き戻しはもう何度も出来ないでしょう…………なりふりかまわず、間違えたことも多々あったはずです。我々も、間違えた。焦りすぎて、あなた方をあちら側だと決めつけ、酷い目に遭わせた……これをあなた方に頼むことは恥知らずと罵られる所業です。分かっていて、お願い申し上げます。協力してください。アルテミシア・エルシャットが生きている。これは、三百回以上やり直してきて初めて事なのですっ!」


 お父様より年上の男性が、必死に頭を下げる光景は、末恐ろしい物を感じた。慣れてしまった自分の死より、よほど。それだけのことが起こっているのだと、まざまざと見せつけられたように思う。

 何をどこまで信用すればいいのか、何に恐怖を感じればいいのか。頭の中は真っ白だ。ただ、何か、とんでもないことを聞いたのだと、それだけは分かる。冷たくなった指の先とか、感覚がなくなってしまった唇とか、混乱した脳が処理しきれなくなった周囲の景色を少し遠く感じさせているふわふわしているのに凍えそうなほど冷え切った感覚とか。そういったものが、恐ろしさを教えてくる。心も脳も全然実感できていないのに、身体だけがさっさと恐怖を覚えていた。抜け駆けである。


 王様もさっきより頭を下げた。もう膝より下になってしまいそうだ。固く握りしめられた拳より、頭はずっと下にある。


「我々の記憶引き継ぎは決定ではないが、神は覚えておられる。だから、我々を殺したければ、そうするよう神に言おう。だが、頼む。図々しい頼みだと分かってはいるが、このことが解決してからにしてほしい。俺は、この世界に生まれた命に明日をやりたいんだ。存在の決定権を自分達に持たせてやりたいんだ。ある日突然、記憶や存在をねじ曲げられず生きていける世界を、維持したいと思っている」

「…………僕達をねじ曲げ続けたお前がそれを言うのか」

「…………すまん。だが、言う。それが俺の願いである以上、俺は言う。お前に申し訳が立たないと分かった上で、俺は言う。お前の気が済もうが済むまいが、俺のことは好きにしてくれ。だが、頼む。せめてこの問題事が解決してからにしてほしい。頼む」


 長い沈黙があった。誰も言葉を発さない。シャルルも、今度は何も言わなかった。この件に関して、一番の決定権はイシュー様にある。

 何があったかは分からないけれど、一番の被害者はイシュー様だ。それは、恐らく加害者である彼らの態度が示している。



 イシュー様は、私達を抱えたまま俯いた。ぎりっと噛みしめられた歯が軋んだ音がする。私とシャルルは目を合わせ、左右からそぉっとイシュー様の首に腕を回した。シャルルはイシュー様の顔の前に自分の顔を、私はイシュー様の頭の後ろに自分の顔を持ってくる。打ち合わせをしたわけじゃないけど、自然とそうなった。私とシャルルは、時間が経っても流れるようにお互いに合わせられるままだと気づけて、嬉しかった。


 私達に言えることは何もない。元気出して? 馬鹿馬鹿しい。怒りで出せる元気は復讐心だ。父様、好き? 好きなのは間違いないけど、それはいま言うことかな。好きだから、何もしないで? そんなのずるいじゃない。つらいのも悔しいのも悲しいのも、好きで全部吹き飛ばせるなら、この世から憎悪なんて消えて無くなる。


 私もシャルルも、イシュー様を抱きしめているわけじゃない。ただ抱きついているだけだ。もしかしたらしがみついているだけかもしれない。黙ってずっと抱きついていたら、ふっと強張っていたイシュー様の身体から力が抜けた。

 ゆるりと上がってきた腕が、私とシャルルの頭に乗せられる。


「二人とも、息がくすぐったいよ」


 そろりと腕を解いて顔を覗き込むと、イシュー様は笑っていた。シャルルは分かりづらくだけれどほっとしている。それを見て、イシュー様は目を細めた。私とシャルルの頬を一度撫でて、王様達と向き合う。


「子どもの前だからこの話はやめる。今の僕の要求は、この子達の無事だ。学園からは出したほうがいいのか」

「シャルル・アーグレイは現状維持で問題は無いかと。ただし、派手に女性の存在を示してしまいましたので、分かる人間にはそれがアルテミシア・エルシャットだと知られたでしょう。その場合、アルテミシア・エルシャットの正体を隠せばいいのですが……名前を変えたところで、その特徴的な姿は隠し様がありません」


 目のことですね、分かります。何せ私は目隠れ令嬢だ。今は髪の毛で隠しているけれど、隠していなくても隠れているのでどっちにしても目立つ。いろいろさらけ出しているより、極端に地味なほうが目立つのは世の法則だ。


「それならばいっそ学園から出るほうが安全ではあるのでしょうが…………しかし、このままあちら側を止められなければ結局無事では済みません。また巻き戻るか、もう巻き戻れないかは分かりませんが、どちらにせよ、あちらの目的はゲームのすとーりーなるものに添った行事を現実で進めることです。それは、何もしなくても進んでいってしまう。結局こちら側から攻勢に出なければ、徐々にこちらの勢力は削られていきます。防戦一方ですから。そして阻止する勢力が減っていけば、結果的に彼女は死亡すると我々は考えております」


 うーん、八方塞がり、というほどではないが、結構詰んでいる。向こうは元の世界の守護があるから、何もしなくてもこっちに攻撃している状態になるのか。対するこちら側は、何もしなければ削られる一方。となると、攻撃して相手を削るしかない。


「私は、そのまま学園に残った場合、何をすればいいのでしょうか」

「貴女が生きている時点で、既にすとーりーから乖離していることは明白です。何もしていない状況でこれだけ乖離すれば、如何に影響力のあるぷれいやー側といえど、すとーりーに添わせようと行動するはずです。そこで尻尾を出してくれればいいのですが……中々難しいのです。あちらの守護はかなり強力です。巻き戻す手前ほどになり、あちら側の力が充満している状況では、イシュー・アーグレイでも、シャルル・アーグレイと真っ正面からすれ違っても息子であると気づかない、ということも充分にあり得るほどの影響力なのです」


 そんなことはありえないと言いたい。けれど、神官長は記憶があると神様は言っていた。流石に三百回以上全ての記憶があるわけではないだろう。でも、説得力はある。そして、怖い。

 自分の気持ちが、大切な物が、余所からの介入で勝手にねじ曲げられることは、とても恐ろしいことだ。そして悲しく、悔しい。大切な物が大切じゃなくなるなら、それは自分で選ばせてほしい。自分で納得して、手放したい。思い出にするか傷にするかも、全部自分で決めたい。傷も全部持っていかれ、無かったことにされるのは許せないほど腹立たしいことだ。



「……それなら私は、学園に残りたいと思います」

「ミーシア」


 シャルルが咎めるような声を出す。


「駄目」

「だって、どちらにしても私は死に続けるのだもの。だったら、戦って死にたいじゃない。それにはシャルルと父様に身代わり石を作ってもらわなければならないんだけど……」

「そんな物はいくらでも作るよ。どうせ山ほどあるんだし」

「そんなにあるのか!?」


 王様が話に割り込んできた。中腰になり、机に手をついている。シャルルとイシュー様の周辺が一気に寒くなった。美人二人から冷たい視線を向けられ、王様はうぅむと唸りながらそぉっと座り直す。


「……五年前に一つ割れた後、現段階では作れんからと補充を渡さなかったな、お前」

「九年前から、身代わり石は全てミーシアの物になった。お前にくれてやる石は一つも無い。死ぬなら死ねと常に思っている。三つくれてやっただけありがたいと思え」


 大変、気まずい。私はそわそわとしてしまう。シャルルはしれっとしている。じゃらじゃら割りまくっている私は、本当に気まずい。


「……その身代わり石ですが、もしイシュー様さえ宜しければ一つ……出来るならば二つお譲り頂けませんか?」


 そっと口を挟んできたのは神官長だった。


「こいつに渡すつもりはない」

「はい、それは宜しいのですが」


 誰か王様に身代わり石を補充してあげてほしいと思ったけれど、王様とイシュー様を選ぶなら当たり前だけどイシュー様の味方なので黙っておく。


「古い文献になりますが、身代わり石同士を連結させる魔術を読んだことがあります。あれが使用できれば、たとえ実際に持っている身代わり石が一つだけでも、屋敷などに置いてある身代わり石と連結させ、一つで所持分全ての身代わり石を持っていることと同義になります…………いや、私が研究するより、あなたが実際に見たほうが早いかもしれません。禁書ですが、書庫を開きましょう。陛下、許可を」

「許可する。好きに見ろ……ただ、古い文献と言っても、この世界には実際それほどの歴史がない。この世界を作成した者達が設定した物だろうな」


 王様は皮肉げに口元を歪めた。歴史が歴史じゃない。歴史物が歴史物じゃない。おかしな気分になる。

 棍棒振り回し止められることならどんなに簡単だろう。棍棒が駄目なら石、石が駄目なら椅子、椅子が駄目なら最終兵器お母様。お父様? お父様は棍棒の前だ。前座にもならない。何せ、戦いが始まる前から泣いている。途中でも泣いている。終わっても泣いている。ついでに次の日も泣いている。そんなお父様を馬鹿にしたペッパのお父さんの元へ、エルシャット家最終兵器お母様が出動した。帰還したお母様の手には、最高級の肉の塊が抱えられていた。勝利の焼き肉はとても美味しかった。



「ねえ、ルル……駄目かしら。私もともと、迎え撃つのってあまり得意じゃないの。ほら、ペッパ昔から力は結構強かったでしょう? だから受けるのは年々難しくなっていったから、こっちから仕掛けるのが一番楽だったわ」

「……………………君は戦っちゃ駄目だからね?」

「も、物の例えよ。私だってもう殴り合いの喧嘩をしたりしないわ」

「蹴るのも駄目だよ」

「どうして分かったの!?」

「どうして分からないと思ったの。蹴りのほうが威力があるって分かってから、回し蹴りに跳び蹴りに踵落とし。いろいろ多彩になっていったじゃないか。スカートではやめてって僕何度もお願いしたのに、君ちっとも聞いてくれなかったもの」


 よく覚えている。私だってシャルルのことなら一杯覚えているけれど、忘れていてほしいことはある。私に都合のいいところだけ覚えていてくれないだろうか。


「分かったわ……」

「やけに物わかりが……当たり前だけど、罠も駄目だからね?」

「どうして!?」

「当たり前だ! 駄目だ、父様! ミーシアを学園に入れたら野生化する!」

「しないわよ! 失礼ね!」

「木登りはするだろ!」

「そ、それくらいはいいでしょう!?」


 ずっと我慢していたのだから、木に登るくらいはいいはずだ。最近登っていなかったから、きっと腕が鈍っている。子どもの頃は身体が小さいからするする登れたけれど、今では勝手が随分違っているはずだ。練習して感覚を取り戻さなければ。そうでなければ、誰が帽子を飛ばしてしまって困っているシャルルを助けてあげるのだ。

 同時にイシュー様を見る。イシュー様は面食らった後、苦笑した。


「子育てって難しいねぇ」

「父様! いつも言うけれど、叱るときは叱れ!」

「父様! 父様の叱り方はお父様とお母様どっち寄り!?」

「うーん……グーリンはあまり叱らないからグーリン寄りともいえるけど、怒っていたらアディリーン寄りになるんじゃないかなぁ。でも、グーリンは本気で怒れば誰より怖いよ。僕は世界で一番彼を怒らせたくないからね」


 のんびり笑うイシュー様の叱り方が想像できない。そして、お父様の怒りも全然想像できなかった。世界で一番怖いギャン泣き……分からん。



「どっちにしろ、もしも学園に戻るなら必須条件はいくつかあるけどね」

「え?」

「ミーシアの安全が確保されていること。同室者の男は撤去。これは前提だ」


 そういえば、ずっと黙っていたから存在感が薄かったけれど、私の同室者変態だった。

 悲しい気持ちで視線を向ければ、私の同室者も同じくらい悲しい瞳でこっちを見ていた。捨てられた子犬だってこんな悲しい目はしないだろう。


「違うんです違うんです違うんです……追加で募集された生徒の中に関係者がいないか探していて、私は女生徒担当だっただけで……だから一人部屋でっ、本当に違うんですぅ…………」


 さめざめと泣かれてしまった。罪悪感が凄い。学園生活一日目で同室者の男が上半身裸で出てきた。それでどうして私が罪悪感を感じなければならないのだ。人生って世知辛い。

 五人中三人は哀れみを覚える様子で泣いている彼に、残り二人のアーグレイ親子が冷たい目を向けている。この二人がいたことにより、哀れみを覚える人の割合がぐっと下がった。


「学園には神官を複数潜り込ませています。線が細い者は女生徒に紛れ込めるので、彼以外にも何人かおります。ぷれいやーは女性ですので、どうしても女子寮に人を入れておく必要が。ですので、彼も邪な思いで女子寮に潜り込んでいたわけではないのです。どうぞ、どうぞご理解のほどを。勿論、同室にはならぬよう取り計らいます故!」


 神官と神官長が頭を下げる。王様も、一拍おいて頭を下げた。もったいぶっていたわけではなく、単に流れがずれただけだろう。


 私は学園に残りたい。逃げても、結局死に続ける以上いつかは追いつかれるだろう。シャルルは私に学園から離れてもらいたい。危ないからだろう。


 残るのはイシュー様の意見だ。じっと考え込んでいるイシュー様を祈る気持ちで見つめる。……そういえば、神様があの透けた少年だった場合、私は誰に祈るべきなのだろう。祈りの対象者が現実に現れると、ちょっと複雑な気持ちになる。しかも、あちこち透けてへろへろになっていた。あの存在に縋るのは遠慮したい。どちらのためにも。だって願ったら力を使い果たして消えてしまいそうだ。


「ミーシア」

「はい」

「僕は大切な友達から君を預かっている。分かるね?」

「はい」


 姿勢を正してイシュー様の話を聞く。シャルルも同じように姿勢を正していた。


「だから、制限はつくよ。必ずつける。それを守れると約束出来る? 危険だと思ったら、何をかなぐり捨てても自分の身を守る。出来る?」

「…………ルルが危なかったら、出来ません」

「うん。素直でいいね。ではシャルル、お前はミーシアが命を張らなくてもいいよう、自分とミーシアを守れるかい?」

「……はい」


 妙な間があった。それは一秒ほどのものだったけれど、シャルルは迷いないときはすぱっと答えるから、その間はとても奇妙に思える。私はきゅっと眉を寄せた。


「シャルル。ミーシアと、自分を、守るんだ。それが出来ないなら、お前とミーシアの婚約自体を考え直すよ」

「父様! それは今関係ないだろ!」

「あるに決まってるだろう。僕は可愛い娘を未亡人にする気は無いからね。簡単に死んじゃうような奴と結婚させるわけにはいかないよ」


 ぐっとシャルルが詰まる。そうだそうだ。結婚する前から未亡人確定なんて絶対嫌だ。そもそもシャルルが死んだら嫌どころか許さない。地の果てまで追いかけてやる。連れ戻す力があるかは分からないけれど、とにかく何が何でも追いかけていくつもりだ。私だってよく死ぬけれど、簡単に死ぬつもりはないし、そもそも死ぬつもりは全くないのだ。

 むぅっと睨んでいると、シャルルの視線が彷徨った。父様を見て、私を見て、天井を見て、床を見る。シャルルの中で王様達は見る対象に入っていないみたいで、大体この四つの間で視線を彷徨わせている。


「…………僕はミーシアが学園にいるの反対なのに、どうしてその為の条件を僕が備えなきゃいけないんだ」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、最終的にシャルルは頷いてくれた。嬉しくなって抱きつく。予想していたのだろう。シャルルはぶすっとしながらも両手を広げて待っていてくれた。


「ルル、大好きー!」

「僕も大好きだよ!」


 私を抱き留めたシャルルが怒鳴る。やけのやんぱちだ。


「婚約を質に取るのはずるいだろ!」

「そうかしらー。私を未亡人にするシャルルよりはずるくないと思うわ」

「…………それはずるって言わないよ」

「そうね。酷いって言うのよ」


 ぐっとシャルルが呻く。ずると酷い。どっちが駄目なのかしら。どっちも駄目と言われたらそれまでだけど、シャルルは言わなかった。

 最後に父様が私達の頭を両手でくしゃりと撫で、私は学園に残ることが決まった。








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