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15戦






 私達が二人入っても全く問題ない大きさのローブに包まれて、廊下を進む。途中、酷く焦った顔で走っている第二王子を中心とした集団とすれ違った。シャルルいわく、自分の行方を捜しているのだそうだ。私は全く気づかなかったけれど、実は何回も部屋に来ていたらしい。けれどシャルルの部屋は普段から、身代わり石を作る際に漏れ出る魔力を感知されないよう結界を張っていて、彼らが戸を叩く音も私達が喋っている声も遮断されていたそうだ。


「……シャルル、友達、いる?」

「いらない」

「……そういう質問じゃなかったのだけど」


 きょとんとしていない様子を見るに、どうやら分かって言っているらしい。じとっと見つめれば、すいっと視線を逸らされた。

 ローブからはみ出ないようぴったりくっついているので若干歩きにくい。だけどそれは、小さな頃の経験がものを言う。シーツをかぶってうろうろしていた時の感覚を思い出しながら、転ばず絡まず、久しぶりにしては中々上手に移動できていると思うのだ。


 私は校内の地図がさっぱり分からないので、道順はシャルルに任せている。人が通るときは口を噤み、音を立てないようこそこそ進む。姿は消せても、流石に声は消せないそうだ。



 シャルルの部屋は、伯爵以上の貴族が住む寮にある。対して私の部屋は平民以上から子爵以下が住む寮にあり、建物すら違う。一応道順を覚える努力はしたけれど、いくら貴族であってもこうも明確に分けられては、ひょいひょいシャルルの住む寮へ行くことは出来ないと思われる。

 女子寮にシャルルを連れていっていいのかと一瞬悩んだ。しかし、シャルル・アーグレイと逃げた女生徒という号外を聞きつけ、人の行き来が増えた廊下を、スカートをたくし上げて走り去る女生徒を幾人見かけても全く視線で追わないシャルルを見て、全く問題ないと判断した。

 流石に貴族の子女はスカートをたくし上げてはいない。制服だってそれを配慮して、足首まであるスカートなのだ。平民の女の子は普段から膝下ほどのスカートをよく穿いているので、結構ひょいひょいスカートをたくし上げてしまう。

 だが、シャルルはちらりとも見ない。びっくりするほどだ。同性の私でもぎょっとしてしまうほどスカートを捲った女の子が疾走していったのに、全く動じていない。動じなさすぎて、もしや女の子に興味が、ない!? と心配になってしまったくらいだ。

 婚約者として、恋人として、ついでに家族として心配になり、そぉっと自分のスカートを捲ってみた。頭ひっぱたかれたし、思いっきり視線を逸らされた。安心した。





「この部屋よ。ちょっと待ってちょうだい」


 辿り着いた部屋の扉をノックする。出てきたとき同室者はいなかったけれど帰ってきているかもしれないから、一応だ。少し待つも返事はない。大丈夫そうだ。鍵を差し込む。


「どうする? 部屋で話していく? それともルルの部屋に戻る?」

「どっちでも。でも中に入れてくれたほうが助かる。廊下はそろそろ姿隠しの魔道具を使っている人間がいないかの検査魔術が通る時間だから」

「そんなものがあるの? 学園って不思議ね。いいわ、入って。けれど右半分は同室者の場所だから、あまり見ては駄目よ」


 シャルルはそんなことしないだろうが、一応釘は刺しておく。シャルルは大人しく頷いた。欠伸をしている。もうこの瞬間から全く興味がなさそうだ。



 部屋に入れば、出てきたときと変わらない自分の部屋がある。隅に寄せておいたトランクを引っ張り出す。横に座り、開いたトランクの底からノートを取り出した。些細なことばかりだけれど、こちらでは使わない単語や道具の名前や使用方法、規則や社会常識などを書いたものだ。

 残念ながら、いべんとやすとーりーなるものについてはほとんど知ることは出来なかった。でも、無いよりはマシだろう。



「ですからぁ! 私も必死に探したのです! 現段階で新入学生全員と接触したのですから間違いありません!」


 ノートをシャルルに手渡そうとしたら、二人だけの空間に突如第三者の声が混ざり込んだ。弾かれたように視線を上げる。

 部屋の右側は同室者のものだ。脱ぎっぱなしの服や読みかけの本、食べかけのパンなどが転がっている部屋の奥には、こちら側と同様に水回りの小部屋がある。そこから、上半身裸の人物が出てきた。首にかけたタオルで顔を拭きながら、後ろ足で扉を閉め、空中に浮かぶ鳥に必死に話しかける、少年。


「間違いなく、アイあいのきゃらはいませっ………………」


 紫髪の少年は、私の姿を捉え、目を見開いた。言葉もぴたりと止む。こぼれ落ちんばかりに見開かれた瞳に凝視される。私も同じほど驚愕している自覚はあった。だって、何故。


 男がここにいるのだ!? 


 ここは女子寮だ! ………………変質者か!? 結論が出た私の頭の中に警報が鳴り響く。者ども! 出会え出会えー! 変態だー! 変態が出たぞー!





「き、きゃあああああああああああああああああ!?」

「う、うわぁああああああああああああああああ!?」


 トランクの中に入れていた物を鷲掴みにして投げつける。武器、武器がない! 慌てて視線を走らせ、机の上に置いた生徒手帳(※武器)を発見する。武器を得ようと立ち上がった瞬間、少年が私に向けて走り出す。上半身裸で。少年が首に掛けていたタオルがはらりと落ちた。


「きゃあああああああああああ!?」

「ちょ、待って! 叫ばないで! 違う!」

「いやぁああああああああああ!?」


 手を伸ばして突進してきた少年に、全力で悲鳴を上げた。上げなければならないのは武器を持った手なのに、先に悲鳴が出てしまって他へ意識が回らない。意識も気力も全て悲鳴に費やされてしまっている。そう気づいたときには、少年は私を掴めるところまで距離を詰めていた。

 見開いた私の視界を、薄紅色の自分の髪が覆う。髪は、後ろから前へと揺れている。私の身体が下がったのだ。少年に脅えて後ずさったわけではない。腕を、引かれたのだ。


「触るな」

「何……シャルル・アーグレイ!?」


 少年は悲鳴のような声を上げた。



 座ってトランクを開けていた私とは違い、立ったままのシャルルはマントをかぶったままだったから、認識されていなかったらしい。だけど、私に伸ばされた少年の腕を掴み、私を引いた拍子にフードがずれてしまったシャルルは顔が見えてしまっている。

 これは、まずいのではないだろうか。私は自分の顔からさあっと血の気が失せていく音を聞いた。だって、女子寮侵入者を捕まえたほうも女子寮侵入者だ。どっちもどっち案件である。身内贔屓させてもらえるならば、シャルルは同意の上で引っ張り込んだ私という存在がいるので、変態ではない。罪は私にあるので無罪にしてほしい。



「ど、うしてシャルル・アーグレイが……待ってください、その女生徒は初めて見ますね………………まさか」


 シャルルに腕を取られたままの少年は、私を見て更に目を見開いた。


「思い出の目隠れ令嬢!」


 その呼び方に、びくりと肩が震える。そういえば、この少年、さっき何と言っていた? 『アイあいのきゃら』と、言っていなかったか?


「どう、して、その呼び方」


 少年はシャルルの腕を振りほどいて、私に手を伸ばした。その腕を再びシャルルが掴んだ。


「触るな」


 私と少年の間に無理やり割り込んだシャルルと私を交互に見た少年は、呻くようでいて歓喜が混ざったような不思議な声を上げた。


「あー! そういうっ……そうか! 私達勘違いをっ! 成程! ちょ、ちょっとお待ちくださいね! 私すぐに連絡をっ! いなくならないでくださいね!? 我々は貴方方の敵ではなく、おそらくは同志です! 私達は、おそらく協力し合えます! おそらく!」


 一人で忙しないな、この人。

 女子寮に上半身裸の変質者は、わたわたと私達に手を振る。その動きで再びシャルルの手から腕が解放されていた。どうやらシャルルは筋力があまりないらしい。

 視線をちらりと動かし、シャルルの左手を見る。少年の腕を掴んでいたのは右手だ。背中に隠されている左手には、いつの間にか大きな杖が握られている。一度ぎゅっと握り、開かれた後に現れた杖はシャルルの身長ほどの大きさがあった。魔術師は一人前になれば杖を得られると聞く。まだ学園に在籍中なのに、シャルルは既に一人前の魔術師になったらしい。

 綺麗な杖だ。素材は何で出来ているのだろう。木でも鉱物でもないように見える。魔術師にとって杖は命と同じほど大切と聞く。……頼んだら、触らせてくれるだろうか。

 私だって、こんな状態になるまでは魔術師への憧れくらい人並みに持っていた。

 この世界の誰だって一度は憧れるはずだ。三個弱程度しか石を光らせられなかった私では、到底杖を会得できるほどの魔術師にはなれないだろう。でも、どんな授業をするのだろうと少しわくわくもしていた。こんな身の上でなければ、学園入学の権利は、飛び上がって喜んでいたはずだ。

 触ってみたいなぁと思って見つめていると、「後でね」とぽそっと呟かれた。何をと首を傾げかけて、慌てて両手で口を押さえる。私いま、考えていたことを口から出していただろうか。そんな癖なかったのに、このまま悪癖となったら非常に困る。

 今までだったら、身代わり石が地味に割れても隠しようがあったのに、『私いま死んでる!』なんて口に出した日は、おかしな人待ったなしである。

 青ざめた私の額を、シャルルは杖の先で軽くついた。


「喋ってないけど、顔に出てる。君は本当に変わらないね」

「……あなたもね」


 くすぐったい思いと、なんとなく面白くない思いを抱え、仏頂面で答える。しかし、それすらもお見通しだと言わんばかりに笑われると、むくれるしかない。


「…………シャルル・アーグレイ、戦闘態勢に入っているではないですか……神官長、神官長ー! 無理ですー! 私如き一神官にこの荷は重すぎますぅー! 神官長ー!」


 鳥の首を両手で掴み、上下にぶんぶん振っている少年から飛び散る滴は、涙なのか水なのか分からなかった。







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