14戦
最初はぽつぽつと、流れ始めれば止めどなく、私達は話をした。
お父様は今でもギャン泣きすること、イシュー様は今でも事あるごとにシャルルを抱き上げたがること、お母様はお金の計算が素早くなったこと、シャルルの新しい名字アーグレイ家は代々魔術師として名を上げてきて今では伯爵位があること、私はここ最近木登りをしていないこと、シャルルはどこでも眠れる特技は変わっていないこと、ペッパが大きくなったこと、ここはシャルルの部屋で一人部屋を与えられているのをいいことに結構好き勝手やっていること。
今のこと、昔のこと、今までのこと。何でもかんでも話をした。順序立ててなどいない。過去も現在もごっちゃまぜだ。話したかったことを、聞きたかったことを、何の制限もなく話し続けた。
話の行方などあっちこっちに飛んでいる。話し始めはお菓子の話題だったのに、締めはペッパだったり、着地点は大忙しだし、そもそもどこにも着地せず話題が浮いたまま話し続けたりもした。
私はシャルルが人参を食べられるようになったことに一番驚いたし、シャルルは私が木登りをしていないことに心底驚いていた。私はシャルルが牛乳を飲めるようになったことに驚いたし、シャルルは私が殴り合いの喧嘩をしていないことに驚いた。
そんな話をしている間に、石が割れていく速度は落ち着いてきた。一度手を突っ込んでいる箱を交換したけれど、どうやら次の箱は必要なさそうだ。
シャルルは、私の空いた手を握っているのとは反対側の手を、開いたり閉じたりしている。そのたびに、彼の手からころころと身代わり石が転がり出てくる。とんでもなく貴重で作れる人はほとんどいないとされ、幻の石とすら呼ばれている石が息をするように作り出されていく。どう見ても手慣れている。
聞いてみたら、練習も兼ねて常に作り続けてきたこともあり、今では無意識に作ってしまうのだそうだ。シャルルに変な癖をつけてしまったと責任を感じていたら、どうやらイシュー様も同じ状態らしく、私はアーグレイ親子に変な癖をつけてしまったことを知った。
最終的に、いつもの腕飾りだけにしてみても一個も割れなくなったのを確認し、シャルルはふっと身体中の力を抜いた。だが、片手ではまだ身代わり石を生成し続けている。
「よかった……この部屋にある分で足りなくなったら家に帰るつもりだったけど、そこまでじゃなかったね」
「……家にもいっぱいあるの?」
「うん。僕と父様で延々と作り続けてるから。そろそろ地下の部屋全部が埋まる」
「とんでもないことになっている気がするわ!」
アーグレイ家の大きさは分からないけれど、何だか嫌な予感がする。その石に誰よりお世話になっている私が言えることではないだろう。だけど、その……この親子、加減を知らない気がするのだ。だってイシュー様、シャルルに似ているし。
「ところで、どうして急に割れ始めたか、分かる? 僕を見たから?」
「いいえ……多分違うわ。だって私、あなたの姿を見かけて少し眺めていたけれど平気だったもの。それに……昔だってこんなに派手に割れたことは一度もなかったじゃない」
「じゃあ、それ以外で君の死が必要となったってことか……君が言っていた話では、どんな出来事があろうと、君はこの学園に入学することはなかった。そうだね」
「ええ」
それは間違いない。アルテミシア・エルシャットはどんな場合でも※死亡済みとなる。
だけど私は生きている。
「でも君は入学した。この時点で、君が言っていた話とは明確なずれが生じている。それでも君は死に続けている。これを、僕と父様は呪いだと思っている」
「呪い……」
言葉自体は単純な単語だ。誰でも知っている。意味も発音も難しい物ではない。それなのに一瞬理解が遅れた。あまりに聞き慣れないものだ。まして、それが我が身に向けられているなんて、想像したこともない。
困惑した私とは違い、シャルルは落ち着いたものだ。もうずっと前から結論が出ていると言わんばかりの様子である。というより、そうなのだろう。私に知らされなかっただけで、シャルルとイシュー様は、私のこれが呪いと呼ばれる類いの物だと、とうの昔に結論づけていたのだ。
「決まった未来を作るために必ず死ぬなんて呪い以外の何だって言うんだ。それに、呪いなら解ける。だから僕と父様は、君のこれを呪いと定義づける。たとえ違っても、僕らはそう定義づけた。ならば、それは僕らからの呪いでもある。たとえ神の意志であろうが世界の意思であろうが、呪いと定義づけた以上解けると判断する。だから僕らはこれを呪いとする」
「……私のこと、あなた達以外に知っている人はいるの?」
「いいや、いない。何故かアーグレイ家は国王から目の敵にされてるから、絶対に話せない。父様がエルシャット家と表だって交流しない理由もそれだから」
「陛下に? でも、どうして?」
目を丸くした間にも、シャルルの手からころりころりと身代わり石が生み出されていく。生み出されては、先に出来ていた石と当たり、かちかちと小さな衝突音を立てた。割れるための石を延々と生み出すことを、シャルルはどう思っているのだろうか。
片手では相変わらず身代わり石を生み出しつつ、もう片方の手は私の指で遊んでいる。爪をかちりと合わせた後、人差し指が私の指の間を滑り、掌をひっかいていく。くすぐったくて、その指を人差し指と中指で挟んでやった。往生際悪く、中指が私の親指と人差し指の間を突っついてきたので、それも握って封じ込めてしまう。
「さあ。昔からなんだって。だから父様は僕を外に出してたんだ。何に使われるか分からないからって。それはともかく、そういうわけだから、この件は僕らだけで何とかしていくつもり。君もそのつもりでいてね」
「それはいいのだけど……あ、そういえば私、色々と思い出したことを忘れないようノートに纏めたの。わざわざ連絡を取ってもらうほどのことではなかったけれど、忘れてしまうよりはいいと思って。いるかしら」
「うん。欲しい。ノートは部屋?」
「ええ。トランクの中。さっきは同室の人いなかったし、今なら取りに行けるかしら。……そういえばルルはさっきのあれ、大丈夫なの?」
今は何時だろうと視線を回す。部屋の中はごちゃごちゃになっている。エルシャット家でも本を床に積む癖があったけれど、大人の目が外れたからか、この部屋はまるで物置だ。
でも、過去の経験から大体この辺りだろうと予想をつけ、ベッドの枕元を探れば、その付近の本の中に埋もれた時計を発見した。当たりだ。絶対手の届く範囲にあると思ったのだ。
時計の針は、そろそろ外で遊んでいた子どもが家に帰る時間を指そうとしている。思ったより長居していたとみるべきか、まだこの程度しか居座ってなかったとみるべきか。
「あれ?」
ようやく手を離し、本の山をひっくり返して何かを探し始めたシャルルは、首だけで振り向いた。
「食堂でのこと……私、あなたに迷惑をかけてしまったわ。ここでも、私と知り合いだなんて、知られないほうがいいんでしょう?」
「ああ、何だ、何かと思った。僕と君の関係が知られないほうがいいのは君のためだよ。勿論、君についている呪いのこともあるけど。さっきも言ったけどアーグレイ家は何故か国王から目の敵にされてる。だから色々面倒なんだ。僕の周りに第二王子がうろうろしてるのもお目付役の一環だし。それに、父様は要らないって言ったのに、首輪代わりの伯爵位までついてきた。僕と関わることで君にかかる負担が多すぎる」
舌打ちしながら、またごそごそと何かを掘り出す作業に戻ってしまう。
「君は上着をかぶっていたから髪の色もばれていないし。ああだけどその服はもう着ないほうがいいかも。人目につきすぎたから……そういえば、あれ誰の上着だったの? 男物だよね」
「あ! そうだ、いけない。返さなきゃ」
「誰に」
「分からないの。咄嗟にそこにあったのを借りちゃったから……あなたと表立って会っちゃ駄目だと思ってつい…………盗んでしまったってことよね、どうしよう……」
大きな上着だったから私は助かったけれど、持ち主は今頃困っているだろう。どうやって返せばいいだろう。お詫びをしたくても、これを借りたと言えばあの場にいたのが私だと知られてしまう。落とし物として学園側に届けるのが無難だろうか。
さっきから放りっぱなしにしてしまった上着を手に取り、畳んでいく。最後に一折りした上着を、ひょいっと取り上げられた。
「僕が学生課に出しておく。とりあえず、君は早く着替えた方がいい。今頃、僕とその服を着た君を、暇人共が血眼になって探しているし」
「え」
思わず頬が引き攣る。穏やかじゃない台詞が聞こえた。
シャルルは本の山から引っ張り出したらしい、少し皺になったフード付のローブをばたばたと広げながら私を見た。
「そりゃ、僕は友達いないし、人との付き合いも面倒で最低限しかしてないもん。走ったのも久しぶりで、何より誰かに触られるの好きじゃないから自分から触ったのなんてここじゃ君くらいだよ。その上で、さっきの食堂でのこと考えたら、そりゃ探すだろ。学校始まる前の最後の空き時間だし、どいつもこいつも暇人だし」
「そ、そう……ところで、そのローブは何? ぐしゃぐしゃね」
白いローブは、よく見たら生地自体は黒のようだ。白い刺繍がみっちり施されているので白に見えただけだった。手は込んでいるし素敵な品だとは思うけれど、近くで見ると目がチカチカする。
「これ、父様がくれた。姿消せるローブ」
「…………そんな物、扱っていいの?」
「駄目だからこっそりくれた。あの人、かなり心配性なんだ。でもこれ便利だし、重宝してる」
「…………そうなのね」
シャルルが大事にされているなら何よりだ。色々問題ありそうだけど、シャルルが問題ないなら問題ない。私は、堂々と校則違反品を渡すイシュー様の行いから、そっと目を逸らした。