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1戦






 私は、アルテミシア・エルシャット。ティブルー国の田舎リアンダーに住むエルシャット子爵家の長女であり。

 思い出の目隠れ令嬢である。





 その日私は、唐突にいろいろなことを知った。


 怒濤の記憶が頭の中に雪崩れ込んでくる。混乱せずに済んだのは、それが無理やり流し込まれた感覚ではなく、ずっと忘れていた物をふと思い出した感覚に近かったからだ。


 怒濤の記憶を思い出すと同時にほぼ反射に近い勢いで、私に覆い被さる男……否、男の子の胸倉を掴む。別に胸倉である必要は皆無だった。だが、目の前にある物がそれで、尚且つ私達は現在ろくに身動きできない体勢だから致し方なかったのである。



 私は、私に覆い被さっているとも私を押し倒しているともいえる、私と同じ六歳の男の子をじっと見上げた。

 私は彼に押し倒されて地面に直接倒れ込んでいるが、青々とした柔らかな草が茂っているから痛くはない。素肌にちくちくさわさわ地味な感触を与えてくる草は無視しつつ、目の前の男の子を見つめる。さらさらの黒髪と、透き通った紫の目、透けるような白い肌に、幼いながら傾国の美女も裸足で逃げ出す美しさを持った少年は、突如胸倉を掴んできた私に首を傾げた。




「ルル、大へんなことを思いだしたわ!」

「そう。それ、いまのじょう況より大変なこと?」

「それに、とってもへんなことなの!」

「そう。それ、いまの君より変なこと?」


 周囲をきょろきょろ見回しながら、どうでもよさそうな返事を返してくるシャルルに、私は眦を釣り上げた。


「まじめに聞きなさいよ!」

「まじめに聞いてるからこその返じだと思うんだけど」


 君、今の状況分かってる? と聞かれた私はきょとんと瞬きした。私を押し倒しているシャルルの背後には、さっきまで眺めていた青空は見えない。見えるのは、青々と茂る葉っぱである。


「木がおれたわね。それも、ね元から」

「ようやく事たいを把あくしてくれて僕はうれしい」

「それでね、ルル。大へんなの」

「木の下じきになったじょう況でさらに話を続けようとする君より大変なものはなくて、僕はかなしい」


 嬉しい、悲しいと告げながらもちっともそう見えない無表情は見慣れたものだ。しかし、彼の言うことも一理あった。

 そう、私達は現在、倒れてきた大きな木の下敷きになっているのである。






 昨日まで、酷い嵐がリアンダーを襲っていた。風も雨も強い嵐は、二日も大雨と大嵐を齎した後には青空を残した。嵐は去り、人々は既に元の生活へと戻っている。

 田舎だということもあり、毎日外で走り回っていたのに二日も屋敷に籠もりきりとなり、鬱憤が溜まっていた六つの子ども達がそろそろいいかなと活動を始めてもおかしくないほどに、空は晴れ渡っていた。



 訳あって我が家で暮らしているシャルルの手を引いて、私は外へと駆けだした。久しぶりの青空の下は気持ちがよく、嵐が一切の汚れを持っていった世界は美しく輝いている。

 今日からまたいつも通りの楽しい日々が続くのだと嬉しくなった私の願いは、あっという間に散ることになると、このときの私はまだ知らなかった。




 私達はいつもよく行っている野原へと出向いた。大きな木が一本生えている広々とした野原は、私達のお気に入りだ。ほどほどに大人から目が届くからと、ほどほどに子どもだけで自由に遊べたからである。

 この木の下でたまに木登りをしつつも、本を読み、お茶をし、昼寝をし、お菓子を食べ、歌を歌い、お菓子を食べ、語り合い、お菓子を食べ、時には喧嘩をし、お菓子を食べた思い出の場所だ。


 だから今日もいつも通りそうしていた。まさか、数日前の嵐がこの木に落雷を落としていたなんて夢にも思わずに。




 変な音がして影が落ちた。

 不思議に思い、影が落ちるならば頭上に何かあるのだろうと視線を上げた私の視界いっぱいに倒れてきた木が映っていた。シャルルは、何が起こったのか分からず呆然とそれを見つめていた私に、全力で体当たりして助けてくれた。

 子どもの私達はお互いの身体を良くも悪くも支えきれず、盛大に転がった。その結果、運良く枝の隙間に収まって事なきを得たのである。


 雷が落ちて倒れてしまったとは思えないほどしっかりとした枝とは対照的に、その葉は近くで見れば茶色が見え隠れしていた。シャルルの胸倉を掴んでいた手を解き、その葉に触れると、かろうじて枝と繋がっていた葉はあっけなく枝から離れて地に落ちた。

 シャルルはあまり身じろぎしないよう周囲を見回し、ほっと息をついた。


「これ以上くずれることはなさそうだし、すぐに人が来るだろうし、大丈夫だろうだけど……ミーシア、おねがいだから、いつもみたいにむだな行動力をはっきしないでね。馬車の屋根にのぼったり木にのぼったり屋しきの屋根にのぼったり、池にもぐったり川にもぐったり土にもぐったりしないでね。おねがいだから」

「ルルが私のことどう思っているのかよーく分かったけど、その話しあいは今どにしましょうね」

「今度があるの……」

「人がかんだいな心を持って今どにしようとしているのに、いいわ、そのけんかいま買ったわ!」

「ボクハイマスグキミノハナシヲ、ココロカラハイチョウシタイナ」


 再度胸倉を掴み直せば、シャルルは無表情で言った。その態度は、喧嘩を回避したいだけで私への失礼な言葉を反省したわけでも申し訳なく思ったわけでもないと、大変あからさまである。

 その喧嘩、このまま言い値で買ってやってもよかったが、今はそれどころではない。さっきから沢山の大人が叫び声を上げている声が聞こえているのだ。異常に気づいた彼らはすぐにここへとやってくるだろう。そうなれば、医者に見せられたりと大事になり、落ち着いて話せるのはいつになるか分からない。

 だから、今のうちに話しておかなければならないことがある私は、しぶしぶ喧嘩バーゲンセールを諦めた。



 自分を落ち着かせるために、すぅっと息を吸っている間、シャルルは大人しく待っている。そのシャルル向けて、私は自分でも信じられない気持ちのまま驚愕の顔を向けた。どうしよう、シャルル。


「私、これからティブルーにおこる未来を知ってるわ!」

「――は?」


 自分でも飲みこみきれない驚愕の真実を告げた瞬間の、なーに言ってやがるんだこいつと思ったことを隠さなかったシャルルの顔を、私は一生忘れない。







 愛の哀 ~思い出の檻~。略してアイあい。


 ……お猿さんかな?



 その正体は、恋愛あぷりゲームだ。びーじーえむのよさといらすとの美しさ、選択肢とすとーりー分岐の多さで自由度も高く、またあぷりゲームなだけあって更新が入る度に新しいいらすとが追加される。つまり、やればやるだけ新しいいらすとが手に入る。その上人気声優が多数起用されていたアイあいは、すまほで手軽に出来ることもあり、一大ぶーむになった。

 ぐっずもたくさん出たし、漫画にもなったし、小説にもなったし、あにめにもなったし、今度えいが化になるらしい。


 というところまでは、分かった。ぐるぐる溢れ出す情報を整理すると、そういうことだ。



 正直、この情報の在処がなんなのかは今一分からない。思い出す感覚に近かったけれど、思い出したのかいま知ったのかの判断はつかなかった。

 私は日本という国やその文化や生活様式を、異世界のこととは認識せず、ごく当たり前の懐かしい知識として頭に浮かべる。引っかかりと言えば精々、ここ以外に世界があるだなんて考えたこともなかったのに奇妙な世界観をすんなり飲み込めた自分に首を傾げるくらいだ。

 だけど、それは別にどうでもいいのだ。今の自分はアルテミシア・エルシャット。それさえ分かっていれば、後のことはいま気にする必要はないだろう。



 そう、私の名前はアルテミシア・エルシャット。皆、可愛い可愛いと言ってくれるし、いい子だねと言ってくれるし、いまの自分に大満足である。

 まあ、シャルルに向けても「男の子!?」「これは……将来が楽しみだ」「幼子でありながらこれとは……末恐ろしい……」とのことだから、子どもへ向ける共通のお世辞なのだろう。だけど、大好きな両親、大好きな友達、開放感がありながらそれなりに裕福な生活。今の自分にも環境にも何の不満もない。


 問題はそこではないのだ。


 アルテミシア・エルシャットも、目の前にいる私の友達シャルル・マルスタートも、アイあいのゲームに出てくる登場人物なのである。

 さらさらの黒髪を揺らし、宝石のような紫色の瞳を訝しげに揺らしたシャルルは、あーと曖昧な声を上げた。


「つまり」

「シャルル様、お嬢様ぁ!」


 曖昧な声は、鬼気迫る声にぶった切られた。木が倒れたことに気づいた使用人達が大わらわで駆け寄ってきたのだろう。

 六歳の子どもがいつも転がっている場所に、大きな木が倒れ、更にその子どもの姿が見えないとなれば全員泡を食って駆け寄ってくるのも当然だ。葉っぱと枝に隠れて外の状況はよく見えないけれど、影がわたわたと動いて木漏れ日を遮っているのが分かる。

 それに対し、口を開けて答えようとしていたシャルルの口を両手で塞ぐ。うぐっと呻いたシャルルを無視して、声を張り上げる。


「ルルも私もぶじよ! けれど、ちょっとでもうごくと、太いえだにつぶされてしまいそうなの! おねがい、どうかていねいに木をどけてちょうだい!」

「ああ、お嬢様! シャルル様も、よかった! 畏まりました! すぐに庭師達を呼んで参りますので、どうかそれまでご辛抱ください!」


 今にも泣き出しそうな声……もしかしたら泣いているのかもしれないと思える歓声がわっと上がった。ひとまずはほっとしたのだろう。だが、油断は出来ない。すぐに張り詰めた声音で、皆は慌ただしく動き始めた。私達が無事であったお祝いモードと職務を真っ当せんとする緊張感を感じながら、私は目の前に視線を戻す。

 半眼になったシャルルの口を解放すると、大口を開けられたから慌てて塞ぎ直した。


「しっ! このあとどうせすぐには二人ではなせなくなるでしょ!? だから、もう少しじかんをかせがせて」

「……分かったよ」


 はぁっと疲れた息を吐いたシャルルは、諦めたのかしぶしぶ話を戻してくれた。さすが、今まで私と一緒にやんちゃしてきただけのことはある。

 貴族としては突拍子もないことをやらかす私に付き合ってそれなりに遊んできたシャルルは、私の突拍子もない提案に慣れていたことが功を奏したのだろう。まあ、付き合ってくれたというよりは、屋敷に籠もって本を読みたがる彼を私が無理やり引っ張り出していたのだが。




「で、いまの僕たちのことを思い出して? 知って? まあどっちでもいいや。それが僕たちの未来のことだっていうのも、にわかには信じがたいけど、言いたいことは分かった。で?」


 今まで散々阿呆なことをやらかしてきたのに、何だかんだとそれに付き合ってくれたシャルルなだけあって、どんな内容の話であってもとりあえず聞いてくれる。今回も、にわかには信じがたいし全く信じていないけど聞かないと君うるさいしなという顔で話を聞いてくれる。そのほっぺたをみょーんと引っ張ってやりたい。

 だが、今の私にはその感謝より先に伝えねばならぬ切羽詰まった事情があるのである。私は真面目な顔で頷いた。滅多にしない私の表情に、シャルルも少し表情を改めた。


「このまますすむと私、死ぬ」

「――――――――――は?」


 ぽかんと口を開けたシャルルに、私はゲームの内容をかいつまんで説明することにした。








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