プロローグ
「お久しぶりですね!佐藤武彦さん!いや、ジュラード=アイデスハルトさん、ですかね?」
「…どっちでもいいけど、なんでまた俺はここにいるんだ?たしか、ここに来ることはもうないと言われた覚えがあるんだが」
「そうなのです!実はその事で少しご相談がありまして…」
壁も天井も床も全てが真っ白な神秘的な部屋に、ポツンとコタツがある。俺と向かい合って座る女性は申し訳なさそうに顔を少し伏せながら上目遣いでこっちを見る。あざといがちょっと可愛い。
「実は…前回の説明ではどうやら伝え損ねた部分があるようでして…。その、佐藤武彦さんは転生したあと、すごく努力されていて、自分なりに魂の強化に励んでいたと、さきほど記録を確認して把握しました。本当によく頑張りました。」
俺は、そうだろう、とちょっと満足げに頷き返した。
ここは死後の世界だ。亡くなった者の魂はここに来て、地獄やら天国やらに振り分けられて、のちに輪廻の輪に戻される。まあ、案内所みたいなとこだ。
そのなかでもこの部屋は訳ありの魂だけが呼び出されるお説教部屋みたいな場所だ。
訳あり、というのは魂が弱っていて、そのままでは輪廻の輪に戻すことができず、かといって魂を鍛えるために地獄に送るほど悪行を重ねていない状態のことらしい。
詳しい基準までは知らないがそんな感じだ。
前回は、自殺をしようとして自殺名所の絶壁の崖まで来たものの直前でビビって帰ろうとしたところ足を滑らせて転落し死亡した俺の心が、いや魂が弱すぎてここに連れてこられたのだ。
たしか、そのときは「あなたには一度、異世界に転生してもらって魂を鍛えるチャンスを与えます。出来なければ地獄行きになりますが、まああの世界ならさっさと死なない限りは勝手に強くなるでしょう。安心していってらっしゃい。」と送り出されたな。
どうも、地獄が溢れそうなので新たに生まれた制度らしく、忙しくぶっきらぼうな言い方だったが、神の威厳とでも言うのか、有無を言わさない雰囲気にビビって大人しく従った。
ちなみに転生前に一度、地獄の説明を受けた。
鬼みたいなおっさんから溜め息まじりに、最近は地獄に来るやつが多過ぎて参ったとか、あまりにも多いんで俺みたいに異世界に転生するようにしてもらったとか、愚痴にも付き合った。
ついでに俺は地獄の体験コースも受けたらしいのだが…具体的な記憶は残らないようで、思い出せない。不思議と恐怖だけは残っているので嫌でも実感だけは湧くのだが、それが余計に怖い。
とりあえず、絶対に二度と地獄には行かない、と固く決意した。
そんなわけで転生した世界で俺は56年生き抜いた。自制して己を鍛え、不殺を貫き、途中からほとんど人と関わることなく山に籠り、仙人のような生活をしていた。なるべく心を鍛えられるように努力をしたのだ。それが認められるのは嬉しいものだ。うんうん。
俺がうんうんと唸っていると、目の前の女性は恐る恐る言葉を続けた。
「それで…あの世界ではモンスターがいたじゃないですか?」
「ああ、結構いたね。最初は凄く驚いたよ」
伝え忘れたというのはモンスターのことだろうか?たしかにそういう世界だってことは前もって言ってほしかったが、何とか生き抜いたし、不殺も貫けたから特に問題ないと思うが…。
「あの、まさかモンスターを一度も殺さずにあの世界を生き残るとは思いませんでして、その、非常に言いづらいのですが、あの世界ってモンスターを殺すと魂の一部を獲得できて、それで魂の強化ができるようになってまして、それを狙ってあなたも異世界に転生させたのです」
「え?それって…?」
俺は真っ青になった。
まさか、まさかまさかまさかっ!?
そういうことなのか!あれだけ頑張ったのに!?
「失敗…ですか。まさか地獄行きになるとは…」
「い、いえ!地獄行きにはなりませんよ!今回はこちらの説明不足もありましたし、あれだけ頑張った人を地獄行きにするのはさすがにもうしわけないですから!」
「なら、どうなるんですか…?」
「あなたにはもう一度、異世界に転生してもらおうと思います」
もう一度…か。
俺はちょっとホッとした。
モンスターは殺したことはないが、何度も戦ったことがある。さすがに少し怖いが、地獄行きにされるよりは遥かにマシだ。
今までの努力が全くの無駄にならなくて良かったと喜ぶべきだろう。モンスターぐらいドンとこいだ。
「ただ、あなたの魂は二度の転生でかなり弱まることになりますので、そこらのモンスターだけでは魂の強化は難しいと思います…。ですので、魔王を倒してください。それが最も確実だと思われます」
「は?魔王??」
…え?まじ?
どうしよう?それはさすがに無茶ってもんじゃ…
「地獄行きの方がいいですか?」
「いえ!行ってきます!」
咄嗟に言葉が出た俺はすぐに転生させられた。
青白い光に包まれ、異世界に向けて飛ばされる。
どうしたらいいのか相談したかったが、どうやら本当に特例措置らしく、これ以上の介入はできないようだ。前回もそうだが、今回も突然過ぎて困る。
しかし所詮は俺はただの人間。神々に振り回されるぐらいでちょうどいいのだろう…。
考えてもしょうがないことは考えない。
ともかく、目が覚めたらすぐに行動しよう。
前回を踏まえると、今回も記憶を取り戻すのに時間がかかるはずだ。
それから魔王を目指すのだ。
少しでも早く思い出せるように強く、強く心に誓おう。
魔王を倒す、と。
…がばっ。
少年は布団から跳ねるように起き上がり、窓から射し込む月明かりに気付き、外に目をやる。
「魔王を…倒す…」
マルクーダス=イゴーリアス、10歳。愛称はマルク。
代々騎士団長を輩出するイゴーリアス家の三男。
この日、彼は自分が三度目の人生であること、そして、無理難題を強いられたことを思い出す。
やってやる!やってやるさ!
彼は決意を胸に秘め、新しい記憶と今までの記憶を踏まえて計画を立て始めた。