異変
大地の創造と同時に飛び散った極彩色の【イデア】の残滓は、宙を漂い......やがてひとところへ集まり出した。
そちらへさらに意識を集中させようとして、気付いた。
というより、大地の完成と同時、俺は自分の体に違和感を覚えた。少なくとも、さっきまでとは何かが違う気がしてならない。
これはあの日、【理想素】が世界に満ちた時から微かに感じ続けていたものでもある。
その違和感の大きな一つは、視界だ。何故か他人とは違って見える【イデア】だ。加えて、さっきまではそのオーロラのような見え方の所為だと思っていたが、妙に目がよく効いたりもした。しかし今では、はっきりと分かる。
目を凝らして遠くを見ようと「思う」と、明らかに視界がクリアになって見やすくなる。例えば、目の前にあったくすんだ窓ガラス。それが突然綺麗な物にすり替えられた......みたいな。
......それだけじゃない。
今日とあの日で二度、【イデア】が広く励起する度に......恐らくそれをトリガーとして身体が強くなっているのを実感した。正確に言えば視力以外はまだ試していないから、強くなった気がするだけだが......。少なからず、何らかの影響を受けたはずだ......。
敢えて例えるなら、まるでゲームのレベルアップのような......
その自己感覚と同時にもう一つ、外的な変化も感じる。
それは体を動かすと感じる抵抗感のようなものだ。
何故か身体がとても軽くなったのと同時に動かしにくくもなったような気がする。今まで身体感覚の変化を軽い違和感程度にしか感じていなかったのは、この抵抗感に打ち消されていた所為かもしれない。
試しに少しだけ体を動かしてみた。
ちょっとした体操から、少しかじった武術の型など。
......すると、何かを意識して体を動かすと、妙に体はよく動き、抵抗もない。それどころか何かに補助されてるみたいに、気味が悪いほどイメージ通りに動くことが出来る。
そうしたことに、ふと疑問を持った。
......これらの状況が示すことは?
そうして、より深い思考に沈もうとした、その時だった。
「おにーちゃーん?どしたの怖い顔して。いつもの微コワモテはどこやったー?」
「おわっ?!お前、いつから居たんだよ?」
「ついさっきだよ〜。んでどしたん?こんなとこ......で......」
声に振り返りながら答えると、俺に近付いたことで目に入った出来立てほやほやの新天地に驚いたのだろう妹────海天が、いつもは身内贔屓を差し引いても美少女と言える、艶やかな濡れ羽のポニーテールと大きな瞳が印象的な母親譲りの整った顔立ちを、驚きの色を全面に押し出したなんとも滑稽な顔にしている。
「あ......え、嘘......」
「おい、どうしたんだ? 流石に驚きすぎだろ」
丁度造られていく所を見ていなかったとしたら、俺よりも驚くのは分かるが......最近は【イデア】のデタラメな創造力にも少しは慣てきているだろうに、大袈裟過ぎないか?
「アレ......何?」
「だから、どうしたんだって。そういえば、海上居住区を造るとかなんとかって話はお前が............、?」
その時、やっと気付いたんだ。
余りにも様子のおかしい海天の目線は、それを追った俺の目線は......よく晴れた夜空に在って月よりも尚一層輝くモノに向いていた。
「なんだ......?あれは......」
彼方の天に燦然と輝く幻想の影、消えたと思っていた【イデア】の残滓を纏う、月と並ぶソレに思わず零れた届くはずのない誰何。
然しソレは、応えるように────
『GuwwwoooooowRUuUUAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
────絶叫を上げた。
その輝きのシルエットは、かつての栄華を誇った人類文明においては、殆どの人類が見慣れ、それでいて絶対に見た事の無いモノ。
飛竜がそこに居た。
飛竜、有名です......よね?