ある日の講義
2096ー3/20
*或る城郭の研究施設に於ける講義*
......、この理論の根拠として、形はどうあれ諸君らもよく聞き知っているだろう当時の記録があり、その一節では......
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────世界の人口は第三次産業革命以降爆発的に増え続け......そしてわずかな一時期に、激減した。
────およそ以前の八割を超える程の人口が、たった九年という短い期間で消えてしまったのだ。
────発端となったのは、人口爆発に伴う有限資源の加速度的な消費や、人類活動による環境への廃しきれない悪影響。それらが招いた数多の環境問題によって、人類文明は自ずから限界を迎えようとしていた。
────それでも始めの内、我々人類は手を取り合い、一つに団結し懸命に抗っていた。
────高効率生産施設の改良研究、自然環境の保護保全、廃棄資源の再生利用等、それまでの循環社会化の延長に始まり、果ては生命の禁忌の扉を無理矢理に抉じ開けるような行為にまで手を染め、あらゆる手を尽くした。
────......しかしその抵抗も永くは続かなかった。
────環境問題筆頭にして最も深刻であった、気温の上昇に伴う止まらない海面上昇......およそ対処不能な文明存続の危機が、直ぐそこまで差し迫っていた。
────絶望に駆られた一部の人類は、生存者の選別、残された資源や土地の奪い合い、諦観の集団心中......尋常でない終末の狂気に侵され始めていた。
────そんな中でも希望を手放すこと無く抱き続け、諦め切れずに最後まで足掻いた人類もまた、存在していた。
────人類の可能性、生命の神秘の最終研究、根源たる惑星の深淵へ臨んだ彼らの、必死の足掻きは......最後の希望は、
────未知なる粒子の観測、歴史の再進を以て、此処に成った。
────それは皮肉にも、とうに渫い尽くしたと思われていた地の底より湧き出た希望であった。
────穿け尽くした孔に絶望し、天に足掻き、半ば自棄になり......形振りを構わなくなったからこその発見であったのかもしれない。
────それを初めに見た者は自身の正気すら疑いながらこう言ったと云う。
────「我、希望を見たり。」─────
────そこから付いた名は【理想素】、まさしく我々人類の望んだ、人類に望まれた希望であった。
────それは正に「夢のような」粒子で、いとも容易く今までの世界を変える......地上に揺蕩うその粒子は、備えた救世の性質から「半物質」とも呼ばれた。
────【理想素】はあらゆる媒体、形態の「情報」に紐付き、象り、形作り、具象へと発現......即ち「具現」し、その姿で世界に定着してしまうという性質を備えていたのだ。
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......で、あるからして、今となっては身近で、至る所に溢れ、其処此処に満ち満ちたものではあるが、【イデア】とは文字通りの人類の希望であり、今日の我々の世界を支える極めて重要なファクターであることは、諸君らもようよく理解しているだろう。
一説に拠れば、「理想素」の綴りは、資源の枯渇への対抗の意味を込めて「リソース」と掛けられているとも言われている。
然して、その【イデア】だが......どのようにして世界を、我らを救ったのか、深く考えてみたことはあるかね?......そこの君は?
はい、オレはやはり、優れたリソースとしての有用性の根拠となる、「イデアの具現作用」が鍵になるかと思います。
彼の時代、人々は極めて高度な情報化技術を用いて、如何に効率よく生活するか......ひいては文明を維持するかということを、起死回生の新たな一手と同等以上にひたむきに模索していました。
生きることに必死だった当時の人類は、それこそ手当り次第の虱潰しに莫大なデータを集め、開発を繰り返し......それでも行き詰まったところに奇跡的に現れた【イデア】による情報の具現とシナジーし、人類は救われたのだと思います。
うむ、概ねその通りが今の通説だな。
それでは次に、イデアの更なる研究とそれに伴う発展に関する記述だが......
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────人類は救われた。
────藁にも縋る思いで、しかしそれを必死に抑え慎重に、我々は【理想素】を研究し、示されたその無害......どころか益々際立った有用性に我らは歓喜した。
────何より一度は滅びの危機に瀕したことで、そのきっかけとなった資源枯渇の危険性には皆が異常なほど敏感になり、【理想素】にはその心配がないことに一層狂喜した。
────そして、我々は【理想素】によって、もはや星の面積の1%にも満たない「最後の島」から開放された。
────今までは、かき集めた資源で文明を繋ぎ留め、研究を絶やさぬ事ばかりに必死で、他のことは二の次になってしまっていた。
────しかし【理想素】の必要最低限の解析が終わり、それによってその場凌ぎでない、本格的な再生が始まった。
────先ず真っ先に我々は、窮屈になった最後の土地を中心に置く、新たな生活圏としての人工の浮島を【理想素】により創造する計画を建てた。
────それに際して、我々は以前より何倍も環境に気を配り、自然の具現たる【理想素】との調和を第一とした。
────そして先日......予期せぬ形ではあったものの、新たなる大地【アルマ】は創られた。
────......その際に確認された、仮想Bランク危険認定種、仮称〈飛竜〉......其れも【理想素】の齎したものであるが故に。
────この世界は、今までと何も変わっていないようでいて、その実全く違うものと成っていたのだ。
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......今私たちの生活するこの【機構大地:アルマ】、そのベースとなる【プロトアルマ】。
......その創造を皮切りに、人類はそれ以前とは一線を画す文明都市を、【イデア】観測から【アルマ】完成までの五年の内に築き上げてきた。
......もちろん、諸君も知るように【海棲危険認定種】の襲来など、いくつもの大きな困難があり、決して全てが全て順調だったわけではない。
......それでも、今日まで我々は生きてきたのだ。
......今回紹介したこの記録は【プロトアルマ】創造後間もなくの頃のものだが、【イデア】観測からその研究が進むほどに、観測以前の最高峰にさらに何度も革新を重ねた水準の技術が多く生まれていた。
......【プロトアルマ】創造の折、あの事故以降、認識を改めた研究者らは慎重にその扱いに熟練してゆき、【イデア】発見から五年が経った。今となっては資源は枯れるを知らず、人々の暮らしは豊かで安らかなることこの上ない。この国では生きるに必要な最低限のものは何でも望めば手に入る、正に楽園だ。
......だが、ここに至るまでの激動の数年を支えてくれた一番の功労者......ある意味では一番の犠牲者となった彼らのことは忘れてはいけない。
......世界は変わった。漸く落ち着きが見られてきた今だからこそはっきりと分かるのだ────世界の変化に投げ出された彼らの苦難が。