表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゴミ集積場のぬいぐるみ

作者: 橋沢高広

 私が利用している近所のゴミ集積場に「それ」は、〈た〉。全長十センチ程の小さな熊の「ぬいぐるみ」。

 私の直感として、〈捨てられた物〉ではないと判断する。頭の先に付けられたチェーンが途中で切れていたからだ。しかも、熊のぬいぐるみ自体は綺麗な状態。バック等に付けられた「それ」のチェーンが切れ、落ちてしまったのだろう。

 このゴミ集積場は赤レンガを積み上げた花壇の前にある。「それ」は、この赤レンガの上に居た。おそらく、道に落ちていた熊のぬいぐるみを誰かが拾い、この場所に置いたのは間違いない。座った恰好をした「それ」は、赤レンガの上でたたずんでいる。

 熊のぬいぐるみを最初に見掛けたのは、日曜日の午後だった。翌日の月曜日は燃えるゴミの収集日。この時、出されたゴミは回収されたが、「それ」は、この場に居続けた。

 その夜、雨が降る。

 次の日、熊のぬいぐるみは花壇の中に落ちていた。綺麗だった、その姿は土塗つちまみれとなっている。水分を含んだ土が容赦なく「それ」に襲い掛かったのだ。

 朝、熊のぬいぐるみを見掛けた私は何の躊躇もなく拾い上げ、再び、赤レンガの上に置く。ほぼ無意識の行動。何故、そうしたのか、私自身も理解していない。

 そのまま、職場へと向かう。

 この日……、火曜日はゴミの収集日ではなかった。帰宅途中、ゴミ集積場の前を通る。「それ」は、まだ、ここに居た。

 水曜日は段ボールを含む紙類、木曜日はビン・缶・ペットボトルの収集日。いわゆる、資源ゴミが集積場に集まる。その一方、熊のぬいぐるみは回収対象にならず、ここに居続けていた。水を含んだ土にまみれた「それ」は、ゴミとして認識されても不思議ではない存在と化していたが……。

 金曜日は燃えるゴミの収集日。その日の会社帰り。ゴミ集積場の前を通り掛かった時、熊のぬいぐるみは姿を消していた。

 土曜日はプラスチック包装容器等の収集日。朝、私はゴミ集積場へと向かう。ここにゴミを置いた時、花壇の中に落ちている熊のぬいぐるみを見付けた。その眼……、プラスチックと思われる眼が私を見詰める。光沢がある「それ」の眼から私は自分の眼をらす事が出来ない。そのまま時が流れた。決して長い時間ではない。でも、私には、その時間が途轍とてつもなく長く感じた。

 私は熊のぬいぐるみを手に取り、三度みたび、赤レンガの上に座った状態で置く。何故、そうしたのか、自分でも解っていない。

 月曜日の朝。熊のぬいぐるみは、まだ、ここに居た。そして、その夜も……。ゴミとして回収される事なく……。

 翌日の火曜日。私は休日出勤した時の代休を貰っていた。その日の昼。近くのコンビニへと向かう。一人暮らしの私にとって、そこは便利な存在だ。ここへ行く際、ゴミ集積場の前は通らない。

 買い物を済ませ、自宅となっている小奇麗なアパートに戻る時、わざとゴミ集積場へ行ける道を使う。汚れた熊のぬいぐるみが物凄く気になったのだ。ここには、まだ「それ」が居た。座った形ではなく、〈転がって〉いたが……。

 その状態が私の心を揺さぶる。斜め上に顔を向けた「それ」の眼と私の眼が再び合ってしまったのだ。

 次の瞬間、私は行動を起こす。レジ袋を持っていない左手で熊のぬいぐるみを掴み、そのままゴミ集積場を離れた。

 アパートに戻ると、玄関にレジ袋と「それ」を置き、ドライヤーを取りに行く為、洗面台へと向かう。その後、玄関へと戻り、ドライヤーで熊のぬいぐるみの全体に温風を浴びせた。

 繊維に染み込んだ土の汚れは簡単に落ちない。これを取るには、そのまま水洗いするのではなく、まず、汚れた繊維を徹底的に乾かし、物理的に土を落としやすくする必要がある。その後、ブラシ等を使い、丁寧に土を取り除くのだ。

 この作業に私は取り掛かる。気が付いた時には夕方を迎えていた。


 今、「それ」は、テレビの横に置かれた収納棚の中で佇んでいる。そこはワンルームの室内を一望出来る場所でもあった。

 拾った小さな熊のぬいぐるみ。その澄んだ眼が私を見詰めている。「それ」の顔に浮かんだ表情を私は笑顔だと感じていた。

ゴミ集積場のぬいぐるみ(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ぬいぐるみが最後は不幸では無くなるところが良かったです。 [一言] ありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ