第二章 ①/前途多難な旅路へ
(なんなのよ、これは……!)
あの最低最悪の初対面から、早三日が経ち。
あれよあれよという間に、出発の運びとなった。
一応、お忍びということなので、いつも着ているような派手なドレスではなく、少しばかり動きやすいドレスワンピースに着替えている。
もちろんヘッドピースは今日も欠かさない。
トーリア城に行くことに関しては、もううだうだ言うのは止めた。
止めた、が。
真横にいた、自分と同じくトーリア城に同行するミリィに小声で話しかける。
「ねえ、ミリィ。これはいったいなに?」
「そりゃあもちろん、王女殿下と藍公閣下がお乗りになられる馬車ですわ」
「まさかとは思うけど。これに二人で乗るの?」
「野暮なことをお聞きになさらないでくださいまし。当たり前ではないですか」
通常、王族が使う馬車といえば、そのほとんどが黒か茶色なのだが。
今、目の前にある六頭立ての馬車を見て、レイシアは戦慄した。
(白い! 白すぎる! 目に眩しい!)
汚れ一つない真っ白な外壁に、精緻な金細工が惜しげもなくあしらわれている。
「これって、王族の婚姻のときのみに使われる白馬車じゃないの!」
「そのとおりですわっ! レイシア様!」
やっぱりあなたもついてくるのね、という本音は胸の奥にしまって。
すでに白馬車の前で仁王立ちしているヴィオラに、レイシアは湿っぽい視線を投げた。
「お忍びじゃなかったの? ヴィオラ」
お忍びどころか、このままじゃ花嫁行列になりかねないと危惧したレイシアの声は低い。
「お忍びですとも。私的には、本当は桃色にしたかったのですけれど。決まってしまったものは仕方がないですわ」
「決まっているって、なにが?」
「はっ! しまっ」
「さあさ、王女殿下。早くお乗りになってください」
話を逸らすように、ミリィが急かしたのが気になるが。
当の本人が両手で口を押さえたのを見るに、口を割る気配もなさそうなので諦めて、ミリィに支えてもらいながら、馬車に乗りこむ。
「ミリィたちはどうするの?」
「私とヴィオラさまは後続の馬車に乗りますから。お気になさらず。もう間もなく藍公閣下も来られますわ。仲良くお話をなさってくださいね」
それでは、と言い残し、ミリィが扉を閉めた。
その数分後、彼女の予告通りにイアンが馬車の扉を開けた。
レイシアに向かって軽く礼を取ったあと、そのまま慣れた仕草で馬車に乗りこむ。
彼が、レイシアの真向かいに腰をおろすのを見計らったように、「王女殿下、ご出立!」と鼓笛隊の号令がかかり、馬車は緩やかに動き出した。
対面はこれで二度目だというのに、やはりというべきか、いまだに目は合わせられていない。
腹を括って王宮から出てきたまではよかったが。
前途多難な旅路に、レイシアは早くも胸中でため息をついた。