第三章 ③/口説き文句?
陽が傾いてすっかり暗くなり、これ以上夜道を進むのは危険、とチェイスとルイスが判断し。
あらかじめ予約されていた高級宿に一行は宿泊することになった。
王女であるレイシアは当たり前のように宿で一番上等な部屋に案内される。
世話を焼こうとする使用人たちを「疲れているから」との理由で下がらせて。
着の身着のままで、寝台の上に大の字で寝転がった。
(弱った……)
静かな夜だ。
考え事をするにはうってつけ、なのに。
頭がまったく働かない。
「前世って何?」
私が生まれる前の私。
いやいや。そんなことはわかっている。
そんな物理的な話ではなくて。
「そんなの、覚えてるわけないじゃない」
リュカが言っているのは全部狂言で嘘。
そう思えたら楽なのに。
抱きしめられた瞬間のあの衝撃は?
どうして泣いてしまったの?
「だめだわ。頭がおかしくなりそう」
よっこいせ、と勢いよく起き上がり、左右見渡して入り口付近にある壁を注視する。
どこもかしこも装飾品に埋め尽くされた壁ばかりだが、そこだけは何もない。ただの壁だ。
「せーのっ」
ゴォン
「痛あ!」
「……姫さま、何をなさっておいでですか? ご乱心ですか?」
レイシアが壁に激しく頭を打ちつけてから、一拍遅れたタイミングでチェイスが部屋に入ってきた。
怪訝そうに眉をひそめている。
「い、え? ちょっと頭をすっきりさせようと?」
「いくらなんでも加減があるでしょう。思わずノックもせずに入ってしまいましたよ」
「す、み、ません」
「……氷持ってきましょうか? それとも俺が頭をなでなでした方がいいですか?」
「氷で」
「遠慮せずとも」
「氷で」
くるりと向きを変えて「はいはい。わかりましたよ」と部屋を出たチェイスが数分経たずに戻ってきた。
「どうぞ。少し冷たいかもしれませんが」
「ありがとう」
ソファに座り、手渡された氷入りの布袋を患部にあてる。
冷たさのおかげで頭がすっきりしてきた。
最初からこうすれば良かったのか。
「それで? 馬車で何かありましたか? ……変態王子にいかがわしいことでもされました?」
「ぐ、っえぇ⁉︎」
「……されたんですか?」
「されてない! されてない!」
無意識に胸のあたりをきゅう、と掴んでしまう。
あの痣がある場所を。
「そうですか? どうも姫さまから変態王子の匂いがぷんぷんするので何かあったのかと」
「えぇぇっ⁉︎」
手やら腕やらのドレスをくんくんとを嗅ぐも、自分ではわからない。
「他の男の匂いをはべらせていることに平気で気がつかないとは。本当に女性はそういうところが鈍い」
「えっと……」
「何をされたんです? 事次第では今すぐあの変態王子の首を取ってきますけれど」
「そんな物騒なこと言わないで! お願いだから……」
ちょっと抱きしめられただけ、と小声で付け足す。
けれどチェイスは不満げに鼻を鳴らした。
「ちょっとにしてはずいぶんと動揺されていますね。……しっかりして下さいよ。話なら聞きますから」
失礼します、とレイシアの隣にチェイスが腰をおろした。
(話すべき? でもさすがに全部は無理よね)
そもそも話したところで信じてもらえるかどうか。
考えて。言葉を選び。やっぱりやめて。
うんうんとレイシアがうなり始めたところで、チェイスがレイシアの瞳を覗きこんできた。
長年の条件反射でびくりと身体が揺れる。
「な、何?」
「失礼。ダンスしている時も思っていましたが、本当に綺麗な瞳だな、と思いまして」
「ありがとう……?」
「なぜに疑問系ですかね」
「なんとなく」
「なんとなく、ですか」
くすくすと彼は笑う。
返事と同じく、空気もなんとなく和んだので、思い切って聞いてみた。
「ねえ。チェイスは前世のこと覚えてる?」
「ーーーーは?」
「ごめんなんでもない忘れて今すぐ忘れて」
「は?」
ぽかんと口を開けて、数秒。「もしかして」とチェイスは膝をうった。
「変態王子に言われたんですか? 前世で愛し合う恋人同士だったとかなんとか」
「どうしてわかったの⁉︎」
「なるほど。それで抱きしめられて身動き取れずになされるがまま、あんなことやこんなことを」
「待てい! 話を盛らないで!」
「あのですね、姫さま。それ口説き文句ですよ。よく使う手です。私も使いますから」
「ーーーーは?」
今度はレイシアがぽかんと口を開ける。
「ようははったり。嘘ですよ。そうやって甘い言葉を囁いて女性を口説き落としていくんです。あの変態王子がそんな小技を使うとは思いもしませんでしたが。どこかで覚えてきたのでしょう」
「嘘、なの?」
「嘘ですね」
「全部勘違い?」
「? よくわかりませんが、勘違いでは?」
「そっか。そっかあ……?」
「だからなぜに疑問系?」
「勘違い。勘違い。そうか勘違い。あれはただの口説き文句。すべてただの勘違い。うん。そうよね。きっとそう」
ぶつぶつ繰り返す。チェイスが「自己暗示?」と呆れてため息をつくもレイシアは気がつかない。
(うん。なんだかそんな気がしてきたかも!)
再度、胸のあたりをきゅう、と掴む。
そうだ。これもたまたま当たっただけかもしれないし。
「まぐれよ! まぐれ! よし! 寝るわ!」
「唐突ですね。では私はこれで失礼いたします」
一礼し、チェイスが部屋から辞したのを見届けた後、ぱぱっと寝支度を整える。
寝台に深く沈み込むと、すぐに睡魔がやってきて。
レイシアは深い深い眠りに落ちた。




