第三章 ②/前世の縁
冷ややかな瞳に見据えられ、背中がこわばる。
「無理だ。君と彼が共になる未来はない」
「! そのようなこと! リュカさまに言われたくありません!」
「別に意地悪で言っているつもりはない。彼の未来は知らないが、君の未来は決まっているよ」
「ですから! 私はリュカさまと結婚はできません!」
「違うよ」
しばらくの沈黙ののち、リュカは静かに息を吐いた。
「レイシア、君は瞳に力を宿しているのだろう? その理由を知りたくはないか?」
「えっ?」
人が変わったような口調と視線に戸惑う。
このあとに続く言葉は脅しか、冷やかしか。
まさかの展開にレイシアの思考がついていかない。
「理由、とは? なぜ私だけがこのような力を持っているのかをリュカさまはご存知なのですか?」
「ああ。とも言えるし、違うともいえる。信じるか信じないかは君の自由だが」
一拍置いて。リュカの口元は弧を描いた。
「その力を瞳に宿す限り、君は彼とはおろか、世界中の誰とも共になれる未来はない。私は例外だが」
「いったい何のお話ですの? 意味がわからないです」
「いずれ分かるよ。分からなければならない」
これは内緒の話だけど、と。
「私はね、前世の記憶を持って生まれた。君は忘れてしまっているみたいだけれど。どうか思い出して欲しい。君と私の前世での関係を」
「……前世? 冗談もたいがいにして下さい」
「冗談? まさか」
席の向かい側からどん、と両手が伸びてくる。
為す術なく追い込まれ、レイシアは身動きがとれなくなってしまった。
「何をなさいますの? 大声を出しますよ」
「ではその口を塞げばいいのかな?」
「!」
リュカの大きい手でいともあっけなくレイシアの口は塞がれてしまった。
じたばたと抵抗するも、彼は気にしなかった。
「君が悪いんだよ? 冗談だなんて言うから」
怒っているような、どこか悲しんでいるような。
あまり考えたくはないけれど。
(なぜこんな風に優しく扱うの……?)
瞳は冷たいし、言葉も冷たいのに。
口を覆う手はきつくないし、レイシアの両手を掴むリュカの手はどこまでもやんわりと優しい。
今までレイシアを害そうとしてきた人間とは明らかに違う。
(どうしてそんなに必死なの……?)
「冗談半分で、今の今まで阿呆なフリなどしない。すべては君に会うこの日のため」
「長らく時間はかかったがようやく会えた。私はとても嬉しいよ。たとえ君がすべてを忘れていようと」
つん、とふいに人差し指で軽く突かれる。
鎖骨の中央より下、胸の谷間の上部、その位置を。
「ここに痣があるよね? 薄い桃色の」
「!」
「ハートみたいな、花びらのような形」
「……!」
見られたわけなんてないのに。
呆気にとられたレイシアを、リュカが抱きしめる。
反応しようにも、反応できない。
鼓動だけがどくどくと音を立てている。
考えたくない。考えたくなんかないのに。
私にはイアンしかいないのに。
「どうして……?」
「君のことなら全部知っているから」
リュカに抱きしめられた瞬間、衝撃が走った。
自然と涙が出る。
悲しみじゃない、恐怖でもない。
懐かしさ、で。
「意味が、わからない」
泣いている意味がわからない。
懐かしいと感じてしまった自分が信じられない。
「そのうちわかるよ」
腕がほどかれ、リュカと目が合う。
冷たい瞳が一変。
瞳の色と同じ、温かさをたたえていた。
泣かすつもりはなかったんだけれど、と。
優しく目尻の涙を拭ってくれる。
「やっと逢えたね、リーシャ」
「リーシャ……?」
「君の、前世の名前だよ。不思議なものだね。今の名前とどこか響きが似ている。これからはリーシャと呼ぼうかな、マイハニーじゃなくて」
軽く笑って言う彼からは、‘変態王子’臭は微塵も感じられない。
本当にすべて演技だったということか。
「記憶はなくても心が覚えている。私と一緒にいればそのうち自ずと答えが出るだろう。……その時を楽しみにしている」
「愛しているよ、リーシャ」
愛しい恋人に言うみたいに、リュカはレイシアに向かってそう言った。




