第三章 ①/いざ! 藍州へ!
「姫さーん! 呼びにきたぜ! 準備できたか?」
「天気は快晴。出発日和ですよ」
早朝、チェイスとルイスが部屋に訪ねてきた。
いよいよ今日は藍州へと出立する日。
待ちに待ったような、どこか気が重いような。
準備万端整ったレイシアの表情は暗い。
「姫さん元気出しなって! そんな辛気臭い顔してたら不幸が寄ってくるぞ」
「もうだいぶ寄ってきてしまっている気もしますけどね」
「チェイス! お前も男ならそこは黙っとけよ!」
「ルイス。お前も男ならもう少しマシな慰め方を覚えたほうがいいと思いますよ」
慰めなのか、兄弟喧嘩か、どっちでもいいけれど。今のレイシアにつっこむ元気はない。
二人がくる前、レイシアは部屋に一人でいた。
いつも側にいてくれたミリィはあの日以来、ろくに姿を見せない。
(仲直りできなかったな……)
心にぽっかり穴があいたよう。
投げやりになってはいけないけれど、もう全てがどうでもよくなってしまうみたいな。
「はあ……」
「俺たちがついてるからさ! 話ならいくらでも聞くぜ?」
「侍女殿も共に藍州へと行きますから。仲直りの機会はいくらでもありますよ」
「うん……」
「じゃあ行くぜ! 外で馬車が待ってる」
「ついでに変態王子も待ってます」
沈黙数秒。
そうか。そうだった。
「ちゃんとお断りしないとね」
このままじゃ事態は悪くなる一方。
不誠実と罵られても仕方がない。
ミリィ、リュカ王子、そして。
(イアン)
「会いたいな……」
不意打ちにこぼれたレイシアの本音に、チェイスが目元を細めた。
「すぐに会えますよ。手をどうぞ、王女殿下」
エスコートで差し出された手に、そっと自分の手を重ねた。
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藍州は王都から東に位置する州だ。
緑豊かで穀物をはじめとした農業はもちろん、海に面しているため港があり、諸外国から輸入物、人
が集まる賑やかで温暖な場所。
ここに住まう人も陽気で明るい人が多く、街中が活気にあふれているーー
以上、元引きこもりレイシアが好きな人の生まれ故郷を必死に調べてわかったことである。
「マイハニーとのデート、楽しみだ! どこへ行くのかはもう決まっているのか?」
揺れる馬車で向かい合って座るリュカの顔にはわかりやすく『ウキウキしてます! 早く着かないかな!』と書かれてある。
つらい。
視線を軽く宙に彷徨わせることしばし。「いえ……特には……」と口ごもることしかできなかった。
(なんなんだろう、この、圧倒的断りにくさ。もう! 本当に! なんてことをしたのよ、私は!)
過去の自分に呪いをかけるが、時間は戻らない。
ならば、言うしかないのだ。
(そう! 私はイアンが好きで、リュカさまとは結婚できません! って言うのよ!)
「あの!」
「むむ? どうかしたか?」
「実はですね、わ、私は!」
「そういえば。我が妹も今は藍州にいるそうだな!」
「うぐ」
会話を遮られた。
とりあえず今は偶然だと思うしかない。
話の流れにそのままのっかる。
「そうらしいですね」
「まったく。あんな不埒な男のどこが良いのか、私にはさっぱり理解できん! 何度もやめておけと言うのに聞かないのだ! マイハニーからも我が妹に言ってやってくれないか?」
「えっ?」
ここにきて初めてリュカのピカピカ笑顔が曇る。
なんだかよくわからないが、これは良い傾向なのではないか。
(“不埒”はちょっと気に食わないけど。リュカさまはご両親たちと同じく結婚には反対してるってことよね?)
ならば、味方につければイアンとユナ姫がくっつく未来を阻止できるのではないか。
(てっきり何も考えてなさそう……というより自分のことしか頭になさそうだと思ってたけど)
これは心強い。
俄然やる気が出てきた。
「頭と剣の腕は悪くないようだが、酒に溺れて毎晩毎晩違う女を部屋に入れて、ふしだらな! 我が妹が泣く未来しか見えないと言うのに!」
「ひぃえっ⁉︎」
「! ああ。すまなかったな! レディを前にする話ではなかった! 無礼を許してくれ」
レイシアの引き攣った表情を見、リュカは軽く頭を垂れた。
どくんどくんと心臓が波打つ鼓動を感じながら。そっと目をつむる。
こんなことで揺らがない、揺らがないと脳内で暗示をかけて。
(ミリィに言われたばっかりじゃない。心を強く持たなきゃ!)
ぱちりと目を開け、瞬き数回。
静かに息を吸い込んだ。
「リュカさま。私、」
「おや。あんなところに珍しい鳥が」
視線を逸らし、馬車窓の外に彼は目を向けた。
これで二度目。
偶然ではないことは明らかだ。
「そのままで構いません。聞いてほしいことがあります。私は、イアンが好きです。彼とこの国で未来を共にしたいと願っています。彼も同じ気持ちでいてくれています。ですから、リュカさまとは結婚できません」
言った。言えた。
ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間。
こちらを振り向いたリュカの瞳を見、レイシアの背筋が凍った。
「許さないよ、それは」
静かに、けれど確かにそう言った彼の瞳は。
燃えるような赤色も凍ってしまいそうなほど、冷たい目をしていた。




