第二章 ③/初めての喧嘩
(どうしよう……)
自室に戻ってくるなり、レイシアは己のやってしまったことをひどく悔いた。
リュカにしっかりと渡されてしまったブルーサファイアのネックレスを眺めながら。
「やってしまいましたわね、王女殿下」
「やってしまわれましたよ、姫さま」
「やっちまったよな、姫さん!」
「やってしまったわ……そういう意味じゃなかったのに」
『君に逢えて嬉しい』と言ってくれたことに対し、レイシアは礼を言ったつもりだった。
しかし。
「あれはどう考えても、ネックレスを貰ったことも含めて、礼を言ったと解釈されますよ。側にいた私すらそう思いましたから」
「俺も! あれにはびっくりしたぜ!」
追い打ちをかけてくる双子に、レイシアはただただ顔を青ざめるしかできない。
ミリィは呆れた目をして、ネックレスを一瞥した。
「自分を好いている相手からの贈り物に礼を言って、なおかつ受け取ってしまう。それ即ち、“婚約をお受けします”と言っているようなものですよ?」
物が物ですしねえ、とミリィは続けた。
「礼を言うのは礼儀だと思いますけれど、すっきりきっぱりネックレスは返すべきでしたわ。王子殿下がどう解釈したにしろ、これを受け取ってしまったからには、言い逃れができませんもの」
「うっ」
「重ねて、藍州に向かうための口実として“一緒に出かけたい”などと。婚約を破談にするどころか、すべてが裏目に出ていますわ」
ミリィの説教を聞き終え、うな垂れる。
でも言ってしまったことは取り返せない。
「どうしよう……」
力なくこぼした独り言に、「お気持ちはわからなくもないですけれど」と一転、ミリィの声が優しくなる。
「人から真っ直ぐに寄せられる好意を嫌だと思う人間はこの世にはいません。……王女殿下にとっては尚更でしょう?」
彼女の問いかけに、レイシアは首を縦に振った。
小さい頃より、ずっと周囲から忌み嫌われてきた。あの視線をここ数ヶ月で忘れられるほど、レイシアは器用ではない。
だからこそ、思う。
「悪意なく好意を寄せられたら。私はたぶん、今もこれから先も……」
「拒めない? とおっしゃいますの?」
静かにミリィが言った言葉を、胸の内で噛みしめる。
レイシアの沈黙が何よりの答えだった。
「では、イアンさまとの婚約は諦めて、リュカ王子殿下との婚約の話を進めますのね?」
「えっ⁉︎ どうしてそうなるの? 突っぱねることはできないけれど、これからちゃんとリュカさまに説明して、納得してもらうもの! だから、それはないわ!」
「あら。ではひとつお聞きしますけれど。……何が違うんですの? 一途に真っ直ぐに想いを寄せてくれたイアンさまとリュカ王子殿下。二人の違いは?」
「え?」
「厳しいことを言うようですけれど。もし出逢った順番が逆ならば。イアンさまではなく、リュカ王子殿下のことを好きになられていたのではないですか?」
「そんなことは!」
「ない、と言い切れますか? 本当に?」
ミリィは真っ直ぐにレイシアの瞳を見つめた。
ヴィオラと彼女だけは、ずっとずっとこの瞳を怖がらずに見つめ続けてくれた。
それなのに。
今は、なぜか逸らしたくなってしまう。
どうして?
「人の好意、優しさに慣れていないこと飢えていること、世慣れ男慣れしていないこと。もちろんすべて承知で言わせていただきますが」
一拍置いて。ミリィは深く息を吸った。
「曖昧に返事をし、きっぱり断ることもできない。それどころか期待を持たせるような言動。それはイアンさまのお気持ち全てを踏みにじる行為だということをお忘れなさいませんよう」
「ミリィ殿、少し言い過ぎでは……」
「そうだぜ! あいつも悪いんだから!」
「お黙りなさい。ガキどもが」
「「はい」」
チェイスとルイスがささっと壁際に寄った。
レイシアはその場で軽くうつむいたまま、動くことができない。
「王女殿下はこの国の未来であり将来です。次期女王が八方美人では困りますの」
「そんなつもりはないわ!」
「現にそうなりつつあると言っているのです。もちろんここ最近のイアンさまの行動にも問題があることは否定しません」
「だったら!」
「ですが、それはまた別の話。王女殿下の気持ちとは関係ありませんし、もし本当にそれに嫌気がさして気持ちが揺らいでいるのならば、」
「そんなことない! ありえない!」
好き勝手に言わせておけば。
さすがのレイシアも声を荒げた。
ミリィの言うことは正しい。
レイシアの行動があまりにも軽はずみだったことも十二分に理解している。
でも、それだけは違う。絶対に。
「私は他の誰でもない、イアンと婚約したいの!」
きっぱりと言い切った。
それなのに、ミリィは「そうですか」と素っ気ない態度しか返さない。
「そこまで言うのならば。イアンさまとリュカ王子殿下の二人を天秤にかけて、ご自身の足でしっかりと立ち、考え、お決めください。良い機会です。おままごとの恋のまま、婚約、結婚などありえないのですから」
「おままごとって! ミリィは私とイアンのこと、そんな風に思ってたの⁉︎」
「……少なからずは」
冷たく冷ややかな声音で言ったミリィに、レイシアは絶句した。
信じられない。
ずっとずっと味方でいてくれると思っていたのに。
「共に過ごしても、王女殿下とイアンさまのお気持ちが変わらないようでしたら。このような不躾なことを言った私を、どうぞお好きに処罰なさって下さいませ」
けれど、と言った声はどこまでも冷たい。
「過去に触れ、少し突かれただけで揺れてばかりの定まりもしない気持ちのまま。ましてや他の異性に気を持たせて。これ以上お二人を応援することなど私にはできません。決して」
静かに一礼し、ミリィはそのまま部屋を出ていった。
ぽつんと部屋の中心に残されたレイシアはそっと目を閉じる。
足が、震えていた。
壁にはりついたチェイス•ルイス心の声
「「女の喧嘩、こわい」」




