第二章 ②/憎めない人
「レイシア様お気を確かに! まだ傷は浅いですわ!」
「そうですわ。このようなことでめそめそしていてはいけません。落ちこむ前に爆弾を打ちこみませんこと?」
「姫さま。イアンも一人の男ですから。そこはご理解していただきたく」
「姫さん! もうあんな浮気野郎は諦めて、次いけよ! 次!」
「ねえ? あなたたち慰める気ある? 口元笑ってるけど」
「「「「まさか」」」」
一斉に口元を押さえた四人を睨みつけてから、レイシアは机にぺたんと伏した。
冷たさが頬から伝わって、頭を冷静にさせる。
そうだ。ここで怯んでどうする。
王宮でじっとしていたって、ただイアンの帰りを待つばかり。ならば。
「行くわよ! 藍州!」
「おっ! 姫さん元気出た!」
「本気ですの?」
「そうと決まれば早速準備を! ってぇ! 私明後日に大事な仕事がありますのよ! ええ⁉︎」
「殿下はどうなさるおつもりですか?」
「そうね……」
怪しまれずに、もう一度王宮からリュカを連れ出す方法は。ーーひとつあった。
「私に任せて! 絶対にうまくやるわ」
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会議室から場所を変えて。
何の変哲もない普通の空き部屋の寝台上に寝転んでいるリュカを見て、レイシアは「ひぃ!」と顔を引きつらせた。
小声で右にいるチェイスと左にいるルイスに話しかける。
「これはいくらなんでもやりすぎでしょう⁉︎」
「でもな! こうしないと俺たちの方がこうなってたかもしれないんだぜ⁉︎」
「これでも手加減しましたよ」
「これで⁉︎」
ズボンがよれよれのよろよろなのはもちろん、靴下は片方脱げ、そしてなぜか。
「上半身に服を着ていないって、どういうことよ⁉︎」
「掴み合いをしてる間に脱げてしまってですね」
「そのままぐるぐる簀巻きにしたから、その時のままだな」
直立不動で縛られた状態のまま、仰向けに寝かされているリュカに憐れみの目を向けた。
少し褐色がかった肌に、黄金色の髪。今は閉じられている瞳の色は確か、赤だった気がする。
シュテン王国はエルメルト共和国よりも南東に位置しているから、気候もここより暑いと聞く。
(太陽神に祝福された一族、ね)
確かに見た目だけなら、雄々しい獅子を連想させて、そう思わないこともないけれど。
稀代の変人と異名があるだけに、リュカと親しくしている自分の想像がつかない。
(でも! なんとかするしかない!)
このままではユナ姫のやりたい放題。
レイシアだってイアンを想う気持ちは負けないのに。
「……リュカさまを起こしてくれる?」
「「承知」」
まずはルイスが部下と二人がかりで縄を解いた。
ついで、チェイスが気付け薬を染みこませた布で鼻と口を覆う。
待つこと、しばらく。
リュカの裸足の指先がぴくりと揺れた。
「む? ここは?」
「お目覚めですか? リュカさま」
レイシアが寝台脇から声をかけるなり、リュカが跳ねるように飛び起きた。
「おはようございます。遠路はるばるお疲れ様でした。どうにも疲れが溜まっていたようですわ。図書館で私に会うなり倒れてしまって、ここにお運びいたしましたの」
「そうだったのか! それはマイハニーに迷惑をかけたな!」
ニカっと彼は愛想よく笑う。
変人には違いないのだろうけれど、悪い人でもなさそうだ。
笑顔に裏表がない、真っ直ぐな印象を与える。
「お気になさらないでください。それよりも! せっかく王宮まで来ていただいたのですけれど、私どうしてもリュカさまと行きたい場所がありまして」
「僕と行きたい場所だって⁉︎ それってつまり、デートということか⁉︎」
「いいえ? いや、その、えっと」
「マイハニーとデートができるなど! たとえ火の中、水の中、草の中、森の中だって! どこへでも行くぞ! 今すぐ行こうではないか! 今すぐ!」
リュカに引かれた手を「待ってください」とそっと引き返す。
強引に引っ張ったくせに、レイシアがほんの少し力をいれただけで、彼はすぐに止まってくれた。
「どこでもいいのですか?」
「もちろんだとも! マイハニーが行きたい場所は僕だって行きたい場所だ!」
心から嬉しそうに答えるリュカに、少しだけ胸が痛んだのを気にしないふりをして。
レイシアも笑顔を取り繕ってみせた。
「では、ご用意を。衣服などはこちらで準備いたしますので」
「うむ。助かる! ありがとう!」
それと、とリュカは何やらズボンのポケットをがさごそと探り始めた。
チェイスとルイスが不審がって、一歩前に出るが、レイシアが目で制して下がらせる。
お目当てのものを見つけたのか、彼はにこやかに目を細めた。
「これを、愛しのマイハニーに」
握ったまま差し出されたものを、両手のひらを差し出して受け取る。
ーーレイシアの瞳によく似た、ブルーサファイアのネックレスだった。
「このような高価な物はいただけません!」
「かまわん。僕が贈りたいだけだから気にするな!」
「ですが!」
急ぎ返そうとしたレイシアの手を、リュカの大きな手で包みこまれる。
「先ほども言った気がするような、しないような! わからないからもう一度言わせてくれ! 僕は、君に逢えてとても嬉しい」
レイシアより七つも年上なのに、そんなあどけない少年のような笑顔を見せられてしまえば。
「ありがとう、ござい、ます……」
「「えっ」」
双子が目を白黒させたにも関わらず。
突っぱねるどころか、リュカにお礼を言うしかレイシアにはできなかった。




