第一章 ⑤/はた迷惑なお客人
(いたたたたた……)
肩、腕はもちろん腰、足全てが痛い。
少し歩いただけでも痛む全身に、レイシアは下唇を噛んだ。
(昨日のチェイスのスパルタ教育がたたってるのね。もう今日は一日中寝ていたいかも)
なんて、到底許されるはずもなく。
全身筋肉痛の満身創痍にもかまわず、ドレスに袖を通した。
(でも次の日に筋肉痛になるとか! 私もまだまだ若いってことよね!)
都合よく短絡的思考に結びつければ、痛い筋肉痛もなんとなく心地よく感じるから不思議だ。
「今日は図書館へお出かけですの?」
「そうよ。少し調べたいことがあって」
ミリィに軽く髪を整えてもらい、いそいそと立ち上がる。
「私もご一緒いたしましょうか? あそこは広いですから。迷子になってしまうやもしれませんわ」
「さすがに方向音痴の私でも王宮内で迷子にはならないわ。一人でゆっくり本を読みたいし、ミリィはお留守番してて」
かしこまりました、とのお見送りの声を背に、レイシアは図書館へと足を向けた。
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重厚な木の扉を開け、中へと入る。
広大な広さを誇る王宮内に設えられた図書館は一般公開こそしていないが、国内随一の蔵書数を誇る。
(どこにあるかしら? もっと奥の方かな?)
探したいものは決まっているのだが、いかんせんそれがどこにあるかがわからない。
(かといって司書に頼むわけにもいかないし)
本の背表紙を一冊一冊確認しながら、お目当の本ーーレイシアの瞳の力の根源を調べるためのものを探していく。
もはやレイシアの瞳を疎ましく言う人間はいなくなった。
でも。未熟なばかりに自分でも制御できず、人を傷つけてしまったことがある過去を決して忘れてはいけない。
(少しでも何かわかればいいと思ってきてみたけれど)
膨大な数の本を目の前にすると眩暈がしてきた。
(あ。これいいかも。“世界の奇人変人大集合”……なんだか自分で言って悲しくなってきたわ)
ぺらぺらと古びたページをめくってみるものの、口から火を吐く人間や、錬金術を極めた魔女などの挿絵を見、ぱたんと閉じる。
どうも探していたものではないようだ。
(その手の歴史方面に詳しい研究者とか学者に聞いてみる?)
「でもそんな知り合い一人もいないし……」
ガチャリ
いきなり扉の開く音が聞こえ、びくりと肩を揺らす。
ミリィが来たのかと書棚から顔を出せば、違った。
「マイハニィィィーー! 出ておいでーー!」
「え?」
右を見る。左を見る。
いやいやいや。ここに来たときも入ってからも一人だったじゃないか。
けれど、男の声にも容姿にも見覚えがない。
いったい誰だ。
あと。まさかとは思うが、レイシアのことを“マイハニー”と呼んでいるのか?
「マイハニィィィーー! 隠れてないで、出、」
「お待ちくださいと申しましたでしょう! お部屋をご用意いたしますから、お戻りください!」
(チェイス?)
昨日見た余裕しゃくしゃくの彼らしくもなく、声を荒げている。
足音の多さから、謎の男とチェイスだけではなさそうだ。
おそらくルイスもいるだろうと予測する。
雰囲気から、なんとなく出て行ってはいけないような空気を感じ取り、思わず書棚の奥に隠れた。
「マイハニィィィーー! 恥ずかしがらずに、僕に君のかわいいお顔を見せてくれないかーー?」
話し方がおかしい。
そもそも、人としてなんだかおかしい。
不可抗力で鳥肌のたった肌をさする。
レイシアのいる方向とは逆方向に声が遠のいたのを気に、抜き足差し足で扉へと向かう。
(音を立てないように、そっと、ね)
「むむむっ! あちらの方からマイハニーの気配がする!」
(なぜっ⁉︎ マイハニーって私のこと⁉︎)
こうなったら走って逃げ切ろうと、レイシアはドレスの端を掴んだ。
書棚の間をぬけ、最短距離で扉への道を探す。
が。最後の最後で、目の前に謎の男が現れた。
容姿をよく見る間もなく、男の背後で息を切らしているチェイスとルイスが目に入る。
「姫さま!」「姫さん!」
「「お逃げください!」」
「どうやってよ⁉︎」
「マイハニー! ようやく逢えたね! 僕は逢いたくて逢いたくてたまらなかったよ!」
右に本棚。左に本棚。逃げ場がない。しかも狭い。
それなのに、競歩かよ、とつっこみたくなるスピードでレイシアとの距離を詰めてきた。
あっという間に、壁が背中にあたる。
「あの、」
「なんと! 声までそのようにかわいらしいのか! 素晴らしい!」
「あの、」
「ぜひ、僕からの愛の口づけを受け取ってくれたまえ!」
「い、い、いやあああああ!」
ゴツン ガツン
目を閉じて顔を避ける。
眉間に青筋を走らせたチェイスとルイスが握り拳を固め殴ったおかげで、なんとかレイシアは事なきを得た。
よほど強く殴られたのか、男はぴくりともせず、床にのびてしまっている。
聞かなくてもなんとなくわかってしまったのは、事前にヴィオラから聞いていた通り名のおかげか。
それでも、一応。
「この方はいったい……?」
「……シュテン王国第二王子、リュカ殿下です」
「先ほど、供も連れずにたった一人で王宮に乗りこんできた、稀代の変人野郎です」
「やっぱり?」
レイシアの不安はどうも的中してしまったらしい。




