第一章 ④/黄公と緑公
「う……ん……?」
小鳥の楽しげな囀りを耳にし、レイシアはぱちりと目を開けた。
重たい身体を叱咤し、なんとか上半身だけでも起き上げる。
部屋の中は散々な有様だった。
床で大の字になり、口と股を開いたヴィオラが片手にワインの空瓶を持って、いびきをかいて寝ている。
ミリィはソファに猫のように丸まって寝息を立てていた。しかしさすがに化粧は落としている。いつもは化粧で隠れている肌が朝日に照らされて若干くすんでーーいや、止めておこう。
「ほら起きて! そろそろ時間よ!」
ヴィオラ、ミリィの順に揺さぶり起こす。
半分しか開いてない目で時計を確認するなり、二人は慌てて飛び起きた。
「ややっ! 私仕事に行かねばなりませんわっ! ではさらばっ!」
「まあ大変! 早く支度をしませんと。王女殿下、もうしばらくお待ちくださいませ」
蜘蛛の子を散らすように二人が部屋から出ていく。
今日もレイシアの忙しい一日が始まろうとしていた。
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「本日もよろしくお願いいたします」
優雅に腰をおり、洗練された挨拶を披露する。
午前中はダンスを教授してもらうため、特別講師としてアンハルト公爵婦人が王宮に招かれた。
事の発端は、虹華祭の舞踏会でたくさんの男性貴族にお誘いいただいたにも関わらず、すべてを断ってしまったため。
今まで引きこもって書類整理だけに明け暮れていたレイシアも、表舞台に出てきた。
必然、今まで怠っていた社交界での振る舞いをまた一から覚えなくてはならなくなったのだ。
「ここ二ヶ月で素晴らしいまでに上達いたしましたし、今日は実践形式で学んでいきたいと思いますの」
にこりと婦人が微笑むと、「どうぞ入っていらして」と声をかける。
(あら?)
まだイアンと離れて一日しか経っていないのに、もう懐かしく感じる騎士服。
ただし色は藍色のそれではなく、黄色と緑色。
二人とも髪は明るい茶色で、瞳の色は緑色。
爽やかさ溢れる雰囲気と容姿から、木漏れ日の射しこむ森を連想させた。
身体から放つマイナスイオンがすごい。
顔形はもちろん背格好まで一緒の男性二人が現れ、レイシアの前で膝を折り、礼を取った。
「お初にお目にかかります。黄公を名乗らせていただいております、チェイス•フローレスと申します」
「同じく緑公を名乗らせていただいております、ルイス•フローレスと申します。以後お見知り置きを」
(声まで一緒なのね)
こほん
中性的な顔立ちを持つ綺麗な二人に見惚れていれば、横から婦人の咳払いが聞こえた。
そうだ。ご挨拶をせねば。
「ごきげんよう。お会いできて嬉しいですわ。どうぞよろしくお願いいたします」
二ヶ月前には到底できなかった、相手の目を見てのご挨拶。
婦人の口から「ほお」と感嘆のため息が漏れたので、なんとかうまくいったのだろう。
「では。顔合わせも無事に終わりましたので。あとは若い者同士。私はこれで」
「……え?」
疑問の視線を送るもかわされ、婦人は足音もなく部屋から退場した。
部屋にはレイシアとチェイス、ルイス双子兄弟だけが残る。
しばしの沈黙は、ルイスの「姫さん」とレイシアを呼びかける声で破られた。
「なにか?」
「あのイアンと付き合ってるって本当ですか?」
ど直球にきた。
初対面なのに少し馴れ馴れしい気もするが、堅苦しいのも嫌なので、そこはあえて触れないけれど。
あ、の、イアンと?
なんだか気になる言い方だ。
「ルイス、姫さまがお困りだろう。変な質問はやめろ」
「だってよ、あのイアンだぜ? 泣かした女は数知れず、二股どころか十股かけてたあのやんちゃが? 俺は信じないぞ」
「騎士叙任前の話だろう、それは。今では立派につとめを果たしているじゃないか」
「前でも後でも関係ないだろ。それが原因で昔の女に現在進行形で言い寄られてるのは事実だ」
同じ顔が言い争いをしている。
いや、それよりも。
(イアンって、そんなに派手に遊んでたの?)
レイシアの知っている一途で優しくて真面目な彼と全然違う。だからこんな話を聞いてもどこか現実味を帯びない。
(でもユナ姫のこともあるし……あながち嘘でもないのかな?)
嫉妬したあとは、急に不安が押し寄せてきた。
イアンを信じていないわけではない。
でも離れているせいか、どこか心許なくて、全部を真に受けて気にしてしまう自分がいる。
「姫さま、こいつの言うことはお気になさらないで下さい。失礼いたしました」
「チェイス! 失礼なのはお前だろ! 俺はただ親切で姫さんに教えてるだけだ! 邪魔するなよ!」
「あの……」
「昔好きだった女性をイアンに横取りされたからといって、敵対視するのは止しなさい。みっともない」
「それは言わない約束だろ!」
「しかもその腹いせに姫さまをイアンから横取りしようと画策するなど、言語道断。器の小ささが露呈します」
「だから! それは言わない約束だって!」
「しかしいざ目の前にしてみると、姫さまのあまりのお美しさにうるさく吠えるしかできないとは。二十歳にもなって、未だに女性と付き合ったことのない男はこれだから困ります」
「おい! それは絶対に言わない約束だろ!」
「あのーー」
人が感傷に浸ってるというのに。
兄弟喧嘩がひどく耳にうるさい。
それなのに気になる内容ばかりでついつい耳が自動受信してしまった。
「どうされましたか?」
「イアンとお二人はその、親しい間柄なの?」
「うげ。それはない」
「ルイスとイアンは犬猿の仲ですが。私と彼は学生時代よく一緒にいましたね」
女たらし仲間な、と呟いたルイスの脇腹をチェイスが肘打ちしたのをレイシアは見逃さなかった。
かなり痛かったようで、脇腹を押さえてうずくまっている。
「歳こそ三つ違いますが、イアンは優秀だったので、よく私たちと同じ授業を受けていました。彼が歳の割にどこか大人びているのはそのせいですよ」
まあそれは置いておいて、とチェイスがレイシアの手を取り、腰に手を回した。
「ダンスの授業を始めましょうか」
「姫さん気をつけろよ。今こいつ口説きモードに入ったぞ」
「へっ?」
「イアンも馬鹿な男ですね。王宮に舞い降りた悩める迷い蝶を放っていくなど。よければ、私の腕の中で羽根を休めていきませんか?」
「あの、チェイス。近いから」
「よっ! エルメルト一の女たらしにして憎っくきイアンの口説きの師匠! 今日も調子いいな!」
「居心地がよければ、ずっと私の腕の中でいてくれてもかまいませんよ? 姫さまがお顔を上げてくださるまで、いつまでも抱きしめます」
「も、う! 離してってば!」
「ひゅーひゅー! イアンに言ってやろー! ざまあみろだぜ!」
「……きます? 私の部屋?」
「行くわけないでしょう!」
どん、と思いきり胸を押し返す。
最後の一言が耳にこだまする。
チェイスの声でではない、イアンの声で。
あの夜を思い出して、顔が赤くなってしまう。
勘違いされたくなくて二人から顔を背けたけれど。くすくすと笑うチェイスの声で、レイシアは視線だけを彼に向けた。
「すみません。冗談です。いや、まさか。もうイアンに言われていたとは。ははは」
「冗談⁉︎」
「失礼。イアンが夢中になる姫さまはどのような方かと興味がありまして。少し悪戯心が湧きました。ご容赦を」
思い出した。
ーー「少々悪戯好きですけど、悪戯されないように」
イアンに注意されたことが今になって蘇ってきた。
しまった。
「さて。真面目に練習しましょうか」
上機嫌なチェイスに、まだ笑っているルイス。
レイシアが嫌そうな顔をして半眼になってしまったのも無理はない、はず。
チェイス(20)▶︎黄公。双子の兄。エルメルト一の女たらし(弟談)。イアンの師匠(女性関係全般)。流れるように口から口説き文句が出る。溢れ出る色気。悪戯好き。
ルイス(20)▶︎緑公。双子の弟。生まれてこのかた女性とお付き合い経験なしの真っさらな純情ボーイ。イアンとは犬猿の仲。溢れ出る純朴。悪戯好き。




