第一章 ③/女子、会?
気がついた時には、レイシアは自室の寝台の上で横になっていた。
ひんやり冷たい濡れ布巾を額にのせて。
「あら、王女殿下。お気づきになられましたか?」
「……ミリィ? 私いったいどうしたのかしら?」
虹会議に特攻をして、それから。
思い出したいような思い出したくないような。
はてさて、何だったか。
「たのもうっ!」
毎度毎度勢いよく開け放たれる扉がいつか破損しやしないかと、常々気にかけてはいるが、もうその日も近いかもしれない。
人が頭を抱えている時に、やかましくやってくる女は思いつく限り一人だけ。
やはり来たか。
「イアンの過去の女の話を聞いてショックでぶっ倒れたレイシア様のお部屋はこちらでよろしかったかしら!」
右手に果物盛り合わせバスケット、左手に花束というお見舞いスタイルで登場したヴィオラの声で、ぼんやりしていた意識が覚醒する。
これ見よがしに言ってくるあたり、どうもヴィオラは話を知っていたのか、と推測した。
「詳しく!」
「もちろんですわ! そのためにこうして仕事も放り出してきた次第です!」
バスケットから取り出した紙包みをずい、と突き出され、受け取る。
中身はほんのり温かく、香ばしい匂い。
これはまさか。
「炙ったイカじゃない。気が利くわね」
「こんな日は飲まなきゃやってられないかと思いましてね! それとこれも!」
フルーツを押しのけ、今度は一本のワインボトルを取り出した。
完全に酒盛りをする気だ。
今のレイシアには願ってもない。
「まあまあ。ではこちらをどうぞ」
いつもなら真っ先にティーカップを用意するミリィが、グラスを三つテーブルに置く。
夜、女だけによる女のためだけの女の世界。
女子会ならぬ婦人会が幕を開けた。
「知っていたのに、どうして言わなかったのよ!」
「言ったではないですかっ! 今回ばかりは私の手には負えないかもしれないと!」
「あらあら。あれはそういう意味でしたの」
虹会議での衝撃の内容をそのままヴィオラが口頭で説明し、ミリィも事情は把握したらしい。
いつもにこにこ顔の彼女にしてはめずらしく、表情が曇った。
「ユナ姫さま、なかなかやりますわね。こちらとしてもうかうかしてられませんわ」
おや? という表情を浮かべたレイシアに、ミリィは「だって」と不満そうだ。
「私の王女殿下を蹴落そうとする姫君でしょう? 許せませんわ。イアンさまのことはどうでもよいですけれど」
「すでに先制攻撃を受けていますしねっ! 炙ったイカがなければ瀕死状態でしたわ!」
「なにその、炙ったイカで生き返ったみたいな」
「ひとまずイアンさまとは一時休戦ですわ。ユナ姫さまを片付けないことには。私の楽しみは半減してしまいますもの」
「ねえ、ミリィ。いったい何をする気だったの? 本当にやめて」
「炙ったイカおいしーい! 最高ですわねっ!」
「「お黙り!」」
ヴィオラの頭にネジを一本追加したところで。
「さて質問です。イアンは手紙の内容を知って、ユナ姫の元へと赴いた。そこに下心はあるか! ないか!」
「「ある!」」
かぶり気味で答えられ、レイシアはげんなりする。
そうか。やはりそうなのか。
「ですが、警備が手薄になってしまったことも事実! 先日の一件もあり、シュテン王国側が見知らぬ土地の旅程に不安に思ったのなら、イアンが赴くのは不可避。手紙どうこうの話ではなく!」
ヴィオラが外交官らしく最もなことを言う。
もちろん、そこを疑っているわけではないけれど。
「けれど、イアンさまがユナ姫の元へ行ってしまったこともまた事実。これを良い機だとユナ姫さまのいいように事を運ばれてしまいますと……ね? どうなさいますの?」
どうする? どうするの、レイシア。
酔った頭ではうまく頭が働かない。
嫌な考えしか浮かばない。
「とりあえず、この王宮に着くまでの一週間は、私に手も足も出す隙はないってことよね」
「「ご名答」」
ぱらぱらと二人から拍手が起こった。
「もうひと方はどうなさいます? 第二王子の求婚のお話」
「藍の知事が言う通り、これがユナ姫の差し金なら。私の方は問題ないでしょう」
「それがどうも一筋縄ではいかないかもしれませんわ!」
ブーー
舞台開幕のベルが鳴らされた。ヴィオラの口から。
「待てい!」
「嫌ですわっ! ここから先は口を挟んではいけない決まりでしょう⁉︎」
「一人芝居じゃ内容が頭に入ってこないから!
今日はお休みして!」
「そうですわね。ぜひまたの機会に」
「そんな! 私の出番がっ!」
「「いいから」」
観客が舞台を望んでないとわかると、さすがのヴィオラも椅子に腰を落ちつける。
目に見えてしょんぼりした彼女には悪いとは思ったけれど。
「また今度ね! 次は多少長くなってもかまわないから」
「……本当ですの? それは」
「もちろん! だから今は普通にお願い、ね?」
「約束ですわよ! ロングバージョンでお送りしますからね!」
はいはい、と頷けば、なんとか気分を持ち直したらしい。
ヴィオラの瞳に眼光が戻った。
「シュテン王国の王家に連なる王子と姫の話ですわ。現国王と王妃の間には実に五人もの王子がおります」
「そうなの」
一人っ子のレイシアには姉妹がいないので、関係性はよくわからないが。
それだけ兄弟がいれば、さぞ賑やかなことだろう。
「そして末娘にして第一王女がユナ姫。つまり五人の兄に妹が一人、となるのですが。これがまあ大変でして!」
「? どうしてよ?」
「他のご兄弟が全員男、しかも末娘とくれば。たいそう可愛がられてお育ちになったのでしょうね、ユナ姫さまは」
「その通りですわ!」
バスケットをまたもがさごそと漁って、ヴィオラは一枚の紙を取り出した。
見れば、シュテン王国の家系図が記されている。
「ユナ姫を可愛がりすぎるあまり、国王夫妻はこれまでに望むもの全てを彼女に与えてきた話は有名ですわ! ありとあらゆるものを! しかし、たったひとつだけ与えられなかったものがございます」
つつつ、とヴィオラの指がユナ姫の場所で止まる。名前、誕生日が記されており、その横には配偶者の名ーーイアン。
「はあああ⁉︎」
「あらあらまあまあ。強引だこと」
紙を引き寄せ、凝視するも間違いない。
イアン•フィーリッツ。
まぎれもなく彼の名前がそこにあった。
「しかもこれがまさかの! 王家公式家系図!」
「嘘でしょう⁉︎」
「間違いありませんわ! わざわざシュテン王国から取り寄せたものですもの!」
「では、すでに向こうではユナ姫さまとイアンさまは婚姻関係にあるということですの?」
「ご安心を! 私ヴィオラ! そこもばっちり調べてまいりましたから!」
話を要約すると。
ユナ姫がイアンと結婚したいと長年駄々をこねていたが、『小国の貴族なんかに大事な娘はやれん!』と国王夫妻が反対。
それを機に、ユナ姫は反抗期へ。
口を聞いてくれないことに悲しみで耐えきれなくなった王は首を縦に振る。『好きにせよ』と。
「ただしひとつ条件がありまして!」
「条件?」
つつつ、と今度は指が第二王子の場所に止まる。
彼の名、よりも先に目がついてしまった。
「はいいいぃ⁉︎」
「あらまあ。王女殿下のお名前が」
第二王子の隣に堂々と記された配偶者の名、レイシア•エルメルトーーまぎれもなく自分の名。
「戦争よ! 開戦準備!」
「物騒なことをおっしゃらないで下さいまし」
「あいあいさーー! 皆の者、槍を持てーー!」
「ヴィオラさまも悪ノリはいけませんわ」
「でも! これはどう見てもだめでしょう!」
小国かもしれないが、レイシアとて一国の姫、しかも次期女王だ。
こんな簡単に、しかもこちらの許可なく公式家系図に名を連ねるなど、非常識にもほどがある。
「どうなってるの⁉︎ 無礼も何もあったものじゃないわ!」
憤り冷めやらぬレイシアに、ヴィオラがぽんぽんと肩を叩いてきた。
「これを指示したのはユナ姫ではございません。稀代の変人と呼ばれる、第二王子リュカ様自らです!」
「稀代の変人⁉︎」
なんだその有り難くない通り名は。
胸に不安がむくむくと生まれてくる。
「なるほどですわ。シュテン王国としてはリュカ王子殿下を厄介払いしたいのでしょう。でも国内では通り名もあり、婿の貰い手がない。つまり」
「ユナ姫とイアンの結婚を承認するかわりに、稀代の変人リュカさまを我が国で引き受けろと⁉︎ 上から目線もたいがいにしなさいよ!」
「ちょっと前まで似たような状況でしたからね! レイシア様も! さて! 目論見がすべてわかったところで! 炙ったイカ追加いたしませんこと⁉︎」
「ふざけるな〜〜!」
ぎゃあぎゃあと叫びまくるレイシアに、ヴィオラがイカを頬張りつつぼそっと言った大事なことは残念ながら聞こえていなかった。




