第一章 ③/勅命のとんでもない内容
空気が重くなったのをすぐさま感じ取ったミリィがお茶のおかわりを用意して。
再び一息ついたところで、ヴィオラが切りだした。
「本題に入りますわ、レイシア王女殿下。まずはこちらを」
今までの前置き(主に独り芝居)は何だったんだと、脳内でつっこみをいれつつ。そっと差し出された紙にレイシアは視線を走らせた。
指触りのいい上質な紙の一番上には、二頭の一角獣と中央に七色の虹を掲げる――エルメルトの国紋が描かれている。
文章がたった一行だけ記され、一番下には、レイシアの父親直筆の署名。国王の捺印までばっちりの公式文書。
つまり。
「なにこれ⁉ 国王直々の勅令文じゃない!」
「ええ。この国に籍を置く以上、絶対に破ることは許されない、勅命です。いくらレイシア様といえども、逆らう術は持ちませんわ」
「あらあらまあまあ、たいへん。なにが書かれているんですの?」
「『エルメルト共和国、第一王女レイシア・エルメルト、療養のため、トーリア城へ行くことを命ずる』って、どうして⁉」
レイシアはいたって健康そのものだ。
思考を回転させ、ありとあらゆる記憶を探るが、療養をしなければいけない覚えはない。
動きが完全に固まってしまったレイシアに、ヴィオラが説明を付け足す。
「療養、とは都合のいい方便です。実際のところは、お見合い合宿、です」
「お見合い合宿ですって⁉」
「まああ! 素敵。老若の殿方を一斉に集めてハーレムですの? 選び放題ですの? 選り取り見取り、詰め放題ですの? いやだわ、なにそれ、くわしく」
「ミリィ落ち着いて。鼻の穴膨らみすぎよ」
「そう! 男たちの中にレイシア様をぽいっと放りこんで、お見合い合宿! 題して! 飢えた女豹に肉を与えて、あとはどうにでもなれ! ガルルルル作戦ですわ!」
「まああ! いよいよ人間をご卒業されましたのねっ! 王女殿下!」
「狙った獲物は、逃がしませんわよっ!」
「待って。何かがおかしい」
話題があらぬ方向いきそうだったため、わいわいと盛り上がる二人に「今は真剣な話でしょう!」と一喝をいれた。
そこでようやく脳内錯乱状態から戻ってきたヴィオラが、咳払いをして場をつなぐ。
「――と、言うのは冗談ですのよ。まあ、虹会議にて候補にはあがったらしいのですけれど」
いったい何の話をしているんだ、あの人たちは。
思っていた通り、やはりろくでもないことを話し合っていたらしい。
よりにもよって、自分の結婚相手の話をしていたとは。
「国王陛下、並びに連邦州の知事七人の推薦により決定した男性と、トーリア城にて、一定期間共同生活をしていただきます」
「ぐ」
喉の奥が詰まった。追い打ちをかけるように、眩暈までしてきた。
そっと、片手で目を覆う。
「泣こうが、喚こうが、逃げられませんわ。勅、命、ですから」
勅命に従わなければ、あとに待っているのは処罰である。
「わかったわよ、行けばいいんでしょ。行けば!」
「物分かりが早くて助かりますわ、レイシア様。ちなみにお相手ですけれど、私の弟です」
「絶対にいや」
食い気味に、全力で否定した。
ついでに、全力で首を横に振ってやる。
「なぜに、全力で否定なさるのです? 私の、弟、ですよ? 何がご不満なんです?」
「何、本気で『私わけがわかりません』って顔しているのよ! 当たり前でしょう!」
確かにヴィオラは昔からの友達で、彼女の前では何でも言えるし、頼りにもしている。
彼女のことは好きだし、大事だと思う。
でも。どうしても。
「ちなみに、弟の年齢ですが、十七歳です」
「若すぎるっ! 六十歳以上しか興味ないって言っているでしょう⁉ 十七歳ってなにっ⁉ 五つも年下じゃない! ありえない!」
彼女の弟なんだから、年下なのは当たり前だが。それにしても若すぎる。
レイシアは頭を抱えた。
そんな様子もつゆ知らず、ミリィは目をきらきらと輝かせている。
「うふふ。お盛んなお年頃ですわね」
「そう! 世の中の十七歳といえば、年度末の突貫工事かよっていうレベルでそこかしこに穴を開けまくる年齢ですけれど? 女と見れば見境なく、やんちゃしまくり、手のつけられないお年頃ですけどっ!」
「あらあ。ギリギリ、ですわね」
「ギリギリじゃないわ! 完全にアウトだわ! そんなんだから、王宮中で『生きる放送事故』って呼ばれているんでしょう、ヴィオラ!」
「王宮中で? 私も偉くなったもんだわ」
「違うそうじゃない」
叫び過ぎで疲れ、レイシアはぐったりとソファの背もたれに身を沈めた。
これだからヴィオラの弟はちょっと、いやたぶん無理なのだ。
(この破天荒極まりないヴィオラと同じ遺伝子を持つ、弟。年下ってだけですでにもう無理なのに! 絶対に無理っ!)
現実逃避もそこそこに、遠い目をしながらそっと視線を逸らした。