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恋よ、はじめまして。  作者: 夏平涼
第一部
39/54

後日談 /イアンの憂鬱


(つかれた……)


 すでに陽は深く沈みこみ、空には満点の星空が輝いている。


 煩わしい祝典を終え、諸々も終えて。

 大陸一番と呼び声高い楽団が奏でる円舞曲を軽く耳に聞き流し、舞踏会会場の端の端のそのまた端の壁に、イアンは背を預けていた。


 というのも。


「藍公閣下、どうか私と一曲踊っていただけませんでしょうか?」

「今日はまた一段と凛々しくて素敵ですわ。藍公閣下」

「あの、この後ご予定などございますか?」


 次々とやってくる舞踏会の華、もとい肉食獣ハイエナたちから逃げ回っているためだ。

 しかし、さすがはハイエナ。

 よく鼻が効くのか、すぐに嗅ぎつけてきて、再びイアンは令嬢達に囲まれた。


「申し訳ございません。仕事がありますので、私はこれで」


 鉄壁の微笑を顔に刻み、優雅に一礼してその場をあとにする。

 背中から引き止める声も多数聞こえたが、無視だ。

 そもそも今はそれどころじゃない。


(ったく、どいつもこいつも)


 視線の先、王族が横一列に並ぶ桟敷席を見るなり、イアンは内心で毒づいた。


 虹華祭りの主役といっても過言ではない、彼女ーーレイシアの、前にずらりと列ができている。若い、独身貴族男たちの列が。


 もちろん何を話しているかなんて、イアンのいる場所からは聞こえやしない。でも、だいたいの内容はわかる。


「坊ちゃん、人相悪いぞ。愛想どころか人相まで悪くなったら、もう救いようがないな」

「ジジイは呼んでない」

「いやいや。華やかな舞踏会の場で殺気をみなぎらせてるやつがいたら放っておくわけにもいかないだろ。今のお前、十人ぐらい殺ってきた顔してるから。とりあえず落ち着けよ」


 ほら、とロイにグラスを渡される。

 お前にはそれしかないのかよ、とも思ったものの、素直にグラスを受け取った。

 一気に煽って、中身を空ける。

 喉が焼けつくような感覚に襲われた。


「今夜はまた、よりいっそうお美しいな」


 虹華祭り。

 国中を虹色に飾りあげて祝われる祝祭。


 しかし王族だけは例外で。

 神、または聖女の、聖なる血脈を受け継いだ一族として、この日は白の召し物を着るのが通例だ。


 そのため、レイシアのドレスも白。

 シャンデリアの光を受けて、宝石を散りばめられたドレスが輝きを増す。彼女の美貌も加味すると、それはそれは、もう。


(天使だ。天使がいる)


 なんて思うより他に感想が浮かばない。

 かわいい。かわいい。俺のレイシア。


「見るなよ、ジジイ。俺のだ」

「へえへえ。ごちそうさまです。……てか、酔ってんの? ちょっと強いやつだったけど、意外と下戸?」

「素」

「酔ってるんだな、わかった」


 なんだか頭がぼうっとしてきた。


 今日のレイシアはヘッドピースを外している。

 さすがにお披露目にあれをつけるのは却下されたのだろう。無能な重臣たちめ。


(ほら見ろ。言わんこっちゃない)


 今まで人と視線を合わすことを避けてきた彼女が、一朝一夕に社交的になれるわけがない。


 若い独身貴族が話しかければ、一応目は見るものの、すぐに俯いてしまう。

 それがまた、なんというか。


 “恥ずかしくて目を逸らしちゃうけど、それでも一生懸命にこっちを見て話をしてくれようと努力する健気で恥ずかしがり屋で美しい王女殿下”という最強スキルを偶発してしまった。


 イアンは頭を抱える。


 ないとは思う。ないとは思うが。

 もし。もし。横から誰かが……


「顔やばいから、とりあえずもう一杯飲んどくか?」


 再度手渡されたグラスをこれまた一気に煽る。

 飲まなきゃやってられない、この状況。


 鼻の下伸ばしまくった男たち。

 それをニヤニヤ眺める国王、王妃。ならびに虹会議に集う面々。もちろん自分の父親も。


 おいこら待てよ。

 お前らが俺を推薦したんじゃねえのかよ。

 あのハゲジジイどもが。


「イアンさーん? もしもーし? 救護室連れていってやろうか? お姫様抱っこで」

「ああ⁉︎」

「すいませんでした、何もありません」


 ロイが黙ったのをいい機に、二、三度かぶりを振る。

 落ち着け。紳士面が剥がれてきている。


「あの、藍公閣下」

「……なにか」


 懲りずにまたきたのか、この女。

 レイシア意外の女の顔なんて全員同じに見えるけれど。

 目の前でもじもじしている女はやたら胸の発育が良かったから、わずかに記憶に残っている。


 今も今とて、惜しげもなくたわわに実ったそれを晒している。

 ロイに加え、周りにいる男たちに羨望の眼差しを受けながらも、イアンは気づかれないよう、そっと息を吐き出した。


(俺、胸より尻派だから)


 素でつっこんで、驚愕した。


 待て。待て。落ち着け。

 紳士面が完全崩壊してる。酔いすぎた。


「あの、よろしければ」

「申し訳ございません。私には心に決めた女性がいますので」


 みなまで言わせず、隣を通り過ぎる。


 歩きがてら、ちらりと桟敷席を見れば、レイシアがこちらを見ていた。

 遠目からだが、少し不安げな表情が気にかかる。


 また場所を変えようか、と思っていたが。やめた。


 イアンはそのまま真っ直ぐに、レイシアのいる席へと足を向けた。


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