後日談 /レイシアの憂鬱
「まあ! そのようにこそこそなさらないで、堂々とすればよいのでは?」
「しっ! 静かにして、ミリィ。ばれたらどうするの⁉︎」
ある晴れた日ーー今日は年一回催される国家行事、虹華祭りの日。
国外からの観光客も押し寄せる、華やかで賑やかな祝祭の日だ。
去年はもちろん引きこもりに徹していたレイシアだったが、今回は必ず参加するようにとのお達しが出た。
というのも、先のトーリアでの一件がじわじわと口頭で伝わり、大勢の国民が王宮に一般謁見にくるなり「王女殿下にご拝謁を!」というもので。
さすがにこの人数を、引きこもり人間苦手な王女がさばくのは無理だと判断した重臣たちにより、この機にお披露目することで折り合いをつけた。
して、今エルメルト国で一番会いたいけど会えないアイドルと化した二十二歳独身彼氏持ちのレイシアがいる場所といえば。
「いつまで植えこみに隠れるおつもりですか?私、もう腰が痛いですよ」
「もうちょっとだけ。だって今日しか見れないじゃない!」
四十路らしく腰をさするミリィには悪いが、今を逃すともう自由時間はない。
このあとは着替え、祝典、食事会、着替え、お披露目、着替え、晩餐会で舞踏会だ。
分単位で予定がみっちり組まれている。
「祝典で見られるではないですか。しかも特等席ですよ?」
めずらしくミリィが呆れている。
それも無理ないかもしれない。
今レイシアが必死に身を隠して、見ている相手はもちろん。
「そんなかしこまった感じじゃなくて。とにかく! 今見ておかないと後悔するから!もうちょっとだけ!」
視線の先、祝典に向けて、すでに正装に着替えたイアンの姿がそこにあった。
今日も騎士服には違いないが、式典用の誂えなので、いつもより派手だ。
藍の外套、金のモール、胸には勲章。
いつにもまして輝き増量中の彼が、藍の騎士団を率い、式典の最終確認をしている。
「かっこいい……」
「引きこもりの次はストーカーですの? 落差が激しすぎてさすがの私もついていけませんわ」
「ストーカーじゃないわよ、覗きよ!覗き!」
「それもあまり褒められたものでないことはご存知です?」
「覗きといえば、この私! お待たせしました! ヴィオラ参上!」
レイシアとミリィが同時に後ろを振り返る。
言うまでもなく、そこにはヴィオラがいた。
彼女のスキル“たまに空気を読む”が今回は発動したらしく、登場時も声のトーンは落としていたので、まあ許すとしよう。
隠すためか、両手に木の枝を持っている姿はむしろ賞賛に値する。
「覗きもいいですけれど? そろそろお時間なので呼びに参りましたわ!」
「もう⁉︎ 早くない⁉︎」
「ささ、王女殿下。行きますよ」
くいくいと服を軽く引っ張り、ミリィが急かす。
ふと。トーリアから帰ってきてこのかた、ずっと思っていたことを訊いてみた。
「ミリィ、なんだか最近冷たいわね。どうかした?」
知らぬ間に、何か彼女に対し、失礼なことをしてしまっただろうかと首を傾げたレイシアに、ミリィははっとしたように目を見開く。
「それは勘違いですわ。ミリィはただ嫉妬しているのですよ。応援したはいいものの、レイシア様が最近イアンに夢中なものだから」
指摘され、「そうなの?」とミリィの顔を見れば、彼女は唇を尖らせる。
「そうですわ。王女殿下の側にいたのは私ですのに。ぽっと出の小僧が。……嫌いですわ、イアンさまなんか」
「ミリィ……」
しんみりした表情のミリィに、思わずレイシアは抱きついた。
そんなことを思わせてしまっていたなんて。
これからはもうちょっと自重しなければ、と考えたのもそこそこに、ミリィは花開くように笑う。
「でもいいんですの。このままいけば、きっとまた私のもとへ帰ってきてくれるに違いありませんし」
「へっ? どうして?」
「だって。ほら。ご覧になって下さいまし」
ミリィの指差した先、そこには全ての確認を終えて自由になったらしいイアンと、その周りを取り囲むきらびやかに着飾った貴族の令嬢たち。
「? なにごと⁉︎」
「まああ! 若くて可愛らしいピッチピチの女の子がいっぱい! イアンさまったら、浮気者ですわね」
「ミリィ、あなたもたいがい性格変わりすぎて怖いわ!」
「なにあれ⁉︎ なにあれ⁉︎ なにあれ⁉︎ 浮気なの⁉︎ えっ⁉︎ えっ⁉︎」
「レイシア様は少し落ち着きなさいな。……なんだか私のキャラじゃありませんわ! この立ち位置!」
「あらあら。あんなに惜しげもなく若い肌を晒して。たわわな胸を押しつけて。あらあらまあまあ!」
「ちょっとミリィ! そこでどうして私の胸を見るのよ!」
「だって……ね? 嘆かわしいことですわ」
「ミリィ、鼻で笑うのはおよしなさい。レイシア様もないものを寄せても無駄ですわ!……ですから! 私の立ち位置を奪わないで!」
やんややんや各々の言い分を披露し、疲れてきたところで、ひとまず「状況を確認するわよ?」と話を収束させた。
「イアンってモテるの?」
「「モテモテですわね」」
「このままだと、私、きつい?」
否定してほしくて訊いたのに、まんまと二人とも頷きやがった。解せぬ。
「ストーカー、嫁ぎ遅れすぎて結婚願望強い、五歳も年上なのに貧乳。ここまで揃いますとねえ。“重たい女”として認定せざるをえませんわ、レイシア様」
「ひえっ⁉︎」
「お気をつけてくださいまし」
「ええっ⁉︎」
言葉を失ったレイシアの耳に、「女の嫉妬って怖いわね」とのヴィオラの感想は終ぞ届いてこなかった。




