第五章 ⑥/思いは繫がる
************************************************************
「ちょっと爆発しすぎじゃないの⁉」
モニカの部屋から脱出すべく、使った爆薬の威力に呆気に取られている間もないまま。
レイシア、ヴィオラ、ミリィ、モニカの四人は玄関に向かい、屋敷中を走り回っていた。
「音と黒煙増し増しの爆薬ですから。実質そこまで殺傷能力はありません」
「あれでっ⁉」
思い出したくもないが、扉の外にいた見張りの男たちは二人揃って倒れ、目を回していた。
あれだけでも十分な威力だと思うが、まだその上があるらしい。
「前を見なさいませ! 敵がやってまいりましたわよ!」
ヴィオラがなぜか嬉しそうに叫ぶのを、半眼になりながら受け流して。
「倒して。早く表へ!」
「「承知」」
一気に加速したヴィオラとミリィが、前方で立ち塞がる男たちを、次々と蹴散らしていく。
そのおかげもあって、一度もスピードを落とすことなく、玄関近くまで辿りついたのだが。
その先が地獄だった。
玄関へとつづく踊り場を埋め尽くす、人、人、人。
ヴィオラの「これは骨が折れそうですわね!」との、比喩とも本気とも取れない感想が露わすごとく。
がっつり武装したフォルキア兵が、四人を捕らえようと手を伸ばしてくる。
「撤退!」
ヴィオラが叫ぶなり、小さく何かが爆発する音と白煙が目の前に広がる。
それと同時にヴィオラによって鼻と口を塞がれ、腰を掴まれて。
担ぎあげられた状態で、レイシアは近場にある部屋に避難した。
すぐさまミリィが扉を閉め、鍵をかける。
「痺れ薬と催涙薬。周りにいたものはたぶんほぼ動けない状態でしょうが。全員は倒れてはいないと思いますわ」
「この部屋の窓からは? 下に降りられない?」
レイシアがモニカに訊ねれば、モニカは「無理です」と肩で息をしながら否定する。
「侵入者避けに、窓の下にはたくさんの杭が刺さっています。高さもありますし、危険です」
そうこうしているうちに、兵たちが部屋の扉を開閉する音が聞こえてくる。
得体の知れない爆薬や白煙を前に警戒しているようだが、着実に距離は縮まっているようだ。もうすぐそばまできている。
「ここで隠れていては表へは出られませんわ。私とヴィオラが先に出て、いい感じの爆薬を玄関近くで一発しかけてきます。そのあと黒煙に紛れて王女殿下は外へ」
ミリィが腰に巻いていた長い布をさらりと取り外す。
黒にも見えるが、明かりに反射すると虹色にも見える、不思議な布だった。
「防火布ですわ。これを頭からすっぽり被れば、熱風や炎から身を守ってくれます」
ぱさりと頭からかけられ、ミリィは立ち上がる。
「モニカさまはここの部屋の隅で隠れていてください。ここまで爆薬の被害が及ばないよう、距離を調節いたしますので」
では、とミリィとヴィオラは部屋の扉へ手をかける。
「待って。ヴィオラ、ミリィ」
レイシアの呼びかけに、二人は揃って後ろを振り返る。
その顔は、レイシアの知っているいつもの二人の表情だった。
〝ごめんね〟〝危険だわ〟いろいろな言葉を思い浮ぶ。でも今、この二人を前にかける言葉ではないような気がして。
「絶対に、私の側に帰ってきて」
そう言うのが精一杯だった。
レイシアの言葉に二人は綺麗すぎる笑顔で頷き、部屋をあとにした。
廊下からは凄まじい怒号が聞こえ、剣を打ち交わす音も聞こえてくる。
ヴィオラとミリィが善戦しているのか、やがて廊下から声は聞こえなくなった。
「じゃあモニカ、私も行くわね」
それを見計らって、レイシアはきっちりと防火布で身体を覆い、扉の外に出る。
案の定、廊下は倒れたフォルキアの兵たちが埋め尽くしていた。
急いで二人に追いつくべく、足を踏み出そうとした瞬間、後ろから「王女殿下!」との声がかかる。
咄嗟に振り向いたレイシアの目に、数人の男たちの姿が飛びこんできた。
「王女殿下、ご無事でしたか」
口々にそう言い、駆け寄ってきた男たちの正体は、さきほどレイシアを王宮まで送り届けようとしていた護衛の騎士たちだった。
「どうしたの?」
レイシアの脅しによって怯えていたはずの彼らは、いまやそんな様子は微塵もない。
ただただ真っ直ぐに、レイシアの瞳を見つめてくる。
「本当に申し訳ございませんでした、王女殿下。私も王女殿下と同じく、この国を心から守りたいと願う者の端くれとして、どうかお側でお守りしたく。参上した次第でございます」
真摯に訴えかけてくる瞳に、レイシアは瞳が潤みそうになる。
けれど、ここで泣いている場合ではないと涙を押し止めた。
「ありがとう。お願いするわ」
「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」
八人の騎士と共に再び玄関前まで移動すると、そこではヴィオラとミリィが激しく戦闘をしている最中だった。
レイシアの周りにいた騎士たちがすかさず援護に入る。
そのかいもあって、一か所にまとまっていた敵勢がばらけはじめた。
(このままここで待っていても仕方がない。何か、何か……)
この状況を打開する方法を考えついたレイシアは、「ミリィ!」と彼女に向かって叫んだ。
交戦中だった相手をなぎ倒し、彼女はひらりとレイシアの元までやってきてくれた。
「どうかなさいましたの?」
「きりがないわ。爆薬はどこにあるの?」
「こちらに」
ミリィが取りだしたのは、先ほどよりも一回り大きな黒い物体。
ピンのようなものが刺さっているそれは、いかにも威力の凄そうな代物だった。
「どうやって使うの?」
「このピンを外して、投げつければ爆発する仕組み、にって! 王女殿下!」
ミリィの説明もそこそこに、レイシアは彼女の手から爆薬を奪う。
「私がこの敵勢を突っ切って、玄関近くでこれを爆発させるわ。頃合いを見て、味方が逃げられるように指示を」
「危険です! いけません!」
ミリィの制止も無視して、レイシアは勢いよく走りだす。
ときに、敵兵がレイシアに向かって斬りかかってきたが、間一髪で交わしたり、味方の騎士に庇われたりして、難を凌いだ。
すぐ目の前に見えているはずの扉が、こんなにも遠く感じる。
手は震え、何度も転びそうになりながらも、ようやく辿りついたその場所で。レイシアは後ろを振り返った。
敵兵は気がついていないが、ヴィオラ、ミリィを始め、騎士たちの視線を一身に受け取ったことを肌身で感じ。
(大丈夫。みんなきっと逃げられる)
勢いそのままに、レイシアは爆薬のピンを外し、踊り場中央あたりの地面に向かい、宙へと投げつけた。
爆薬に気がついた敵兵が、叫び、逃げようと廊へと押し寄せようとする中。
レイシアは一人。投げてからすぐに防火布に包まり、壁際に寄って体勢を低くする。
刹那。
モニカの部屋で使用したときとは比べ物にならない爆発音が耳に響いた。
身体はびりびりと震え、あまりの風圧に、横にあった壁に頭を強く打ちつけてしまう。
どろり、とした生温かい血が、自身の肌を伝っているのが分かった。
打ちつけた衝撃で、脳が揺れて気持ちが悪い。
それでも。絶対に気を失うわけにはいかなかった。
(みんなの想いを。私が無駄になんかしちゃいけない!)
どれほどの危険をも顧みず、戦ってくれた仲間がいる。自分に命を預けてくれた騎士たちがいる。
今も、無事かどうかの確認すらできないけれど。
(前に、進まなきゃいけないのよ!)
後ろは、振り返らない。そう、決めたからには。
しっかりと自分の足で立ち上がる。
防火布の隙間から、もう大丈夫であることを確認し、レイシアは布を取り払った。
爆発のお陰で、屋敷の玄関扉はすっかり形を失くし、ぽっかりと穴が開いているだけ。
一歩ずつ、外へと慎重に歩を進める。
視界が明瞭になり、そこにいたヴェルテとたくさんの兵が、イアンとロイを取り囲むような状況を見て。
言わずには、いられなかった。
「控えなさい、ヴェルテ。ここを、どこだと思っているの」




