第五章 ⑤/男たちの戦い
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「おい、イアンよ。あれはいったいどうなってやがる?」
「俺に聞かれましてもね。こっちが訊きたいぐらいですので」
ヴィオラとミリィが屋敷に侵入し、しばらく経ったころ。
イアンはロイと二人で屋敷の正面玄関がよく見渡せる路地裏で、ひっそりと身を潜めていた。
「報告では百、とあがっていたはずですが? どう考えても百はゆうに超えていますよ?」
イアンの視線の先には、屈強な身体つきをした男たちが、ぞろぞろと屋敷前に集合している。
武器こそ持ってはいないが、あの物々しい雰囲気は、もはや商人を取り繕うにはきついだろう。
「あれが商人っていうんだからな。笑わせる。誰がどう見たって、愛想振りまいてニンジン売ってるようには見えないぞ。俺の方がまだ商人っぽい」
あなたも負けず劣らず似たような雰囲気を醸し出していますがね、との感想は腹に留めておく。
「………ですね。もういっそのこと攻めてしまいます? 証拠は後付けでも構わないでしょう」
「あのな。剣も持ってないやつがよくもそんなことを言うな。涼しい顔して血の気が多い。もうちょっと待ってろ」
ロイに制止され、仕方なくイアンはその場にしゃがみこんだ。
それでも、視線は男たちから外さない。
屋敷の中に入ったり外に出たりと、ずいぶん忙しなく働いている。
殺気立った様子といい、あまりいい予感はしない。
それはロイも同じように考えていたらしく「こりゃ呑気にかくれんぼしてる場合じゃないかもな」と舌打ちした。
「見ろ。あの男。なんで鎧なんか着こんでやがる?」
ロイが顎でしゃくった先。
今しがた屋敷内から出てきた男にイアンは注視した。
身体を覆うは銀の鎧、腰には重剣。おまけに外套にはフォルキア正規軍の紋。
「夜闇に紛れて戦争しようってのか。やつら」
「そう見えますね。あの恰好は」
どこから侵入してきたのか、そこはもはや問題ではない。
今の時点で、フォルキア正規軍がトーリア領内に入った。
ゼーベック伯は傀儡され、娘は涙を流して、王女に、エルメルトに訴えを起こした。
つまり。
「もう十分でしょう。こちら側が攻防する権利は。やりますか? ちょうど彼もお出ましのようですよ」
屋敷から、黒衣に身を包んだヴェルテが出てきた。
まるで死神のような出で立ちに、悪態をつきたくもなる。
「悪趣味」
「同感だ」
意見が一致したところで、イアンは腰をあげた。
「めんどくさい。あっちの国王を一発殴ればすぐ終わるのに」
「お前、たまに本音が漏れるよな」
「はい?」
「無意識か」
はあ、とロイが頭に手を置き、ため息をつく。
「残念だがここまでだな。お姉さん方を待っている場合じゃなさそうだ。行くぞ、藍公閣下殿」
「承知いたしました」
ひらりと白の外套が舞う。
月光に照らされた二つの影は、臆することなく、堂々と歩を前へと進めた。
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「これはこれは、赤公閣下並びに藍公閣下。いかがされましたかな? このような夜更けに」
「それはこちらのセリフですね。ヴェルテ殿。勝手にフォルキアの兵士をここに連れてきてもらっちゃ困るんですよ」
大仰にため息をつきながら、身ぶりも大きくロイがヴェルテを牽制するが、それも虚しく。
彼はにやりと、底意地悪い笑みを浮かべた。
顔を見れば分かる。
こいつはもう、話の通じる相手ではないと。
「何を申されますかな。ここにいるのは皆私の商売仲間です。ご覧のように、武器は何一つ持っておりませんよ?」
「では、さきほどここにいた、フォルキア正規軍の鎧を着こんだ男はどう説明されるおつもりで?」
「ふふふ。見間違いでしょう。しかしなんですかね。さっきから聞いていれば。もしや、騎士ともあろうお方が、ドブネズミよろしくずっと隠れて我々の行動を見張っていた、とか?」
「いい加減にしろよ、クソ狸が」
ここしばらく性格やらその他諸々を取り繕って別人格を演じていたおかげで。
我慢の限界もとうに超えたイアンの堪忍袋の緒が切れた。
騎士らしくもなく、口は非常に悪いが。今は気にしなくてもいいだろう。
「は?」
「お前のことだよ。面の皮の厚いクソ狸! 目障りだ。とっとと国に帰れ」
「あ?」
「大麻持ちこみに加え、一領主を傀儡。フォルキア正規軍の不法侵入。街で人々への横行。まともに話し合いをしようと思った俺が阿呆だった。心底自分を軽蔑する。最初から殺っていればよかった、お前を」
そうだ。初めからそのつもりだった。
ただ、そんなことをすれば。
国同士の諍いを嫌う、あの人が。
あの人が悲しむだろうからしなかっただけのこと。
「王都へ。王宮へ。お前らの汚い足を踏み入れさせるわけにはいかない。ここで全員始末する」
あそこには、彼女がいる。
己が命に代えてでも、ここで全てを終わらせなければいけなかった。
あの日、自分を守ってくれた彼女のように。
「悪いですけど、最後までお付き合いいただきますよ? 赤公閣下もとい、師匠殿」
ロイがぼそっと「若気の至りって怖え」と呟いたのも無視して。
目つきも悪くロイに視線を送れば、「へいへい」と気のない返事が返ってくる。
「口は悪いですが。まあ俺もこいつの意見と気持ちを同じくしておりますゆえ。遠慮なくいかせていただきますよ」
「ふ、はははははははは」
殺気を漲らせたイアンとロイを前にして。
ヴェルテは高らかに笑いだした。
「粗野な国の粗末な騎士どもが。お前たち二人で何ができる? 王女も間抜けならお前たちも間抜けか」
「なに?」
イアンの眉間にひときわ深く皺が寄る。
刹那。
大きな爆発音が辺り一帯に響いた。
音のした方、屋敷の二階を見れば、黒煙がもうもうと立ち上っている。
(なんだ? 爆発?)
張りつめた緊張感のある現場が、一瞬、気を取られる。
その場にいた全員が、爆発箇所の窓を見つめる中、ヴェルテが忌々しそうに舌打ちする。
「やはりあの場で絞め殺しておくべきだったか」
「なに?」
(誰のことだ?)
部下、にしてはあのような屋敷の部屋にわざわざ囲む必要はない。
次点で、ゼーベック伯かとも考えたが、その可能性も低いだろう。
(姉上、か?)
最後に頭をよぎったのは、自分の姉。
ただ、あの姉が黙って大人しく捕まっているとは思えない。
むしろ捕まったからこその、あの行動か。
「おい、様子を見てこい。あいつの眼だけは見るなよ。呪われるからな」
ヴェルテの一言に、イアンの全神経が集中した。
脊髄反射で、イアンは屋敷の扉に向かって走り出した。
「おや、騎士様方。ずいぶんと血相を変えられて。あの気色の悪い姫が、そんなにお大事か?」
そうはいかないが、とヴェルテが男たちに指示を飛ばす。
それ以上、深く考える余地もなく。
一斉に男たちが、イアンとロイに向かい、殴りかかってきた。
一見、確かに武器は持っていないように見えるが。
手の中に一撃で人を殺傷できる暗器を持っているやつもいれば、服の袖に毒針を仕込んでいるやつもいる。
(完全に殺りにきてるだろうが、よ!)
早く、姿を確認しなければ、と気持ちが焦る一方で。
相手の攻撃を華麗にかわしつつ、蹴りをいれて意識を失わせていく。
五体満足でこの場を切り抜けられれば、英雄と崇めたてられてもおかしくはない状況で。
イアンとロイは着実に、地面に寝そべる人数を増やしていく。
視界はだんだんと晴れてきたが、いかんせん人数が多い。
一歩ずつ、着実に扉へと近づくも、あと一歩が遠い。
(まだか!)
先を見据えすぎたばかりに、イアンは、背後に迫る一筋の白銀の陰に、気がつかなかった。
殺気を背に受けて気がつき、半身を捩って、攻撃をかわす。
かわすが、脇腹を剣の切っ先がわずかに触れ、赤い血しぶきを飛ばした。
隙を見て、相手の腹に一発拳をいれて凌いだが、イアンの動きが格段に鈍くなる。
(毒?)
傷口はさほど深くはないが、このひりひりとした痛み。間違いない。
前を向けば、いよいよ男たちが剣を持ちだしてきた。そんな相手に、さすがに素手では不利だと、武器を奪おうと体勢を低くしたとき。
前方で、二度目の爆発音が響く。
鼓膜を割るような爆音と、熱をもった爆風が屋敷から外へ流れこんでくる。
その被害により、扉近くにいた男たちは吹っ飛ばされ、一気に視界が晴れた。
幸い、イアンは巻き添えを食らうぎりぎり手前の場所に立っていたため、難を逃れた。
やがて、燻っていた炎が消え、黒煙が夜風に運ばれ、薄まっていく。
その先に――一人の人影があった。




