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恋よ、はじめまして。  作者: 夏平涼
第一部
32/54

第五章 ④/女たちの戦い


************************************************************


(ここ、どこ?)


「……――シアさま! レイシアさま!」


 自分の名前を呼ぶ声を意識のどこか遠くで聞いて。

 うっすらと瞼を開ければ、頬に一粒の水滴が落ちてきた。

 それが涙だと分かったのは、レイシアの瞳にモニカの姿がはっきりと映ったとき。


「モニカ……?」


 掠れ声で訊けば、彼女は俯き、手で顔を覆って泣いていた顔をがばっとあげる。


「王女殿下、気がつかれましたか? よかった……」


 口から嗚咽を漏らして泣く彼女の姿を見て、だんだんと意識を取り戻してくる。


(そっか。首を絞められて、気を失っちゃったんだ)


 身体を起こそうとして、気づく。

 自分の頭はどうやらモニカの膝に乗せられていたらしい。


「ありがとう、モニカ。私は大丈夫だから。それより、ここは?」


 最後にヴェルテの言った「監禁しておけ」という言葉とは真逆に、淡い薄桃色で室内を統一された部屋に、レイシアは少し驚く。

 てっきり、地下牢などに連れていかれるのかと思っていた。


「私のお部屋です。いきなり気を失われた王女殿下が部屋に連れてこられて。いくら呼びかけてもお気づきになられなくて……本当によかった……」


 ひときわ激しく泣く彼女の背を撫ぜる。

 相当心配をさせてしまったようだ。


「首、なんてひどいお怪我をっ! ヴェルテさまですね……」


 涙に怒りを滲ませたモニカが鼻を思いっきり啜る。

 ごしごしと涙を自分で拭けば、無理やりにでも涙は止まったらしい。


 レイシアはそんな彼女を前に、素早くモニカの身体に視線を走らせた。

 特に危害を加えられた様子はなく、そっと安堵の息を漏らす。


「教えて、モニカ。私がこの部屋で気を失っていた時間はどのくらい?」

「三十分ほどだと思います」

「そう。急がないといけないわね」


 足に力をこめ、レイシアはその場で立ちあがった。

 少しふらつきはしたが、なんとか自分で動くことはできそうだ。


「ここから外へは出られる?」


 部屋の造りを観察しながら、同じように立ち上がったモニカに訊けば。彼女はレイシアの問いかけに左右に首を振る。


「もうこの部屋からは出られません。いつも出入りしていたバルコニーに続く窓は、外から厳重に錠と鎖で閉ざされてしまいました。部屋の扉の外にも見張りがいます」


 唇を噛みながら説明するモニカに、レイシアは「大丈夫よ」と優しく声をかけた。


(一か八かだけど、このままここでじっとしているわけにはいかないし。彼女を信じるしかないわね)


「ねえ、モニカ。この部屋の中の声は外にいる人に聞こえてしまうかしら?」

「いえ。それは大丈夫だと思います。防音を兼ねたお部屋ですから」


 なるほど。確かにモニカの視線の先には、立派なピアノが置いてあった。

 どれだけ叫んでも問題なさそうだ。


(さあ、ここからが勝負よ!)


 ありったけの力を腹に溜めて。レイシアは大声で叫んだ。


「ヴィオラ!」

「ヴィオラにお任せあれ! って、はい? なんですって? ここはどこ? 私の名前はヴィオラ!」


 自分で呼びつけておきながら、返答があったことに驚いてしまった。

 本当にあの子はいつもどこにいるのか。


「いいから、早く出てきて!」


 ヴィオラの姿が見えず、どことなく視線を漂わせて催促すれば。

 しばらくして、天井の板が一部、ぱかっと開く。そこからヴィオラとミリィがひょっこり顔を出した。


「あらいやですわ。本当にいらっしゃいましたの、王女殿下」

「ほら! 聞き間違いなどではなかったでしょう⁉ どうです? 私の地獄耳は!」

「まあ、ねえ。あのままじっと王宮に戻る方ではないと思って? あのドレスを見立ててみたのですけれど。正解でしたわね」

「なんと! やっぱりあなた怖い女だわ!」


 天井裏で呑気に話しだした二人に手招きをし、下に降りてくるように促す。

 華麗に着地を決めた二人は、レイシアの姿を見るなり顎を落とした。


「王女殿下、なんですの? その首は」


 やっぱりそこに目がいってしまうのか。

 ミリィにきつめに詰問される。


「これはね、さっき、…………ごめん。なんでもないわ」


 包み隠さず話そうとして、止めた。

 ミリィの背後に何か得体の知れないどす黒いオーラが見えてしまったので。

 レイシアは慌てて口を閉ざす。


「なんですの? 正直にお話しなさいな。だんまりは許しませんわよ」


 ヴィオラとミリィの登場に目を白黒させつつも。

 首を振って、頑として口を開こうとしないレイシアに詰め寄るミリィを見て。一瞬で状況を理解した聡いモニカが、きっちり丁寧な上に誇張までして、二人にあれやこれやを説明する。


 首の痕について、モニカに何も言っていないのに。どうしてそこまで分かるの、と彼女に訊くのは酷だろうか。


(モニカも、私と同じような目に遭ったことがある、のね)


 許せない、とレイシアの顔つきが険しくなったところで。

 それ以上に険しい顔つきになったのがミリィだ。


「あらまあ。首を絞めた? あの男が? まあまあまあまあ、それはそれは」

「あのね、ミリィ。今はそれどころじゃ、」

「殺す」

「では私は刻みますわ!」

「よろしくお願いいたします、お姉さま方」

「モニカっ⁉」


 殺気を漲らせた二人と、それを助長させんばかりのモニカの気をなんとか静め、話を前に進める。


 主に、ヴェルテがこのあとに起こそうとしている事態についてだ。

 軍事路、一万の兵、王宮への夜襲、全てを。


「あの男、つくづく下衆な性格をしていますわね。許しませんわ。殺す」

「刻みますわよ!」

「そこから一旦離れて。いいわね?」


 レイシアの剣幕に、二人は不承不承ながらも頷いた。

 一通り話し終えたところで、レイシアはひとつ息を吐いた。


「時間がないの。元々イアンはどうやってヴェルテを断罪するつもりだったの? あの子、私に剣まで預けたのよ」


 そのまま馬車に放置しておくこともできず。

 ぶ厚いスカートを軽くたくし上げ、その下に隠していた剣を三人に披露する。

 重たかったので、ついでに取り出しておいた。


「元の計画では、私たち二人が大麻を手に入れて、それをイアンに渡してから、ヴェルテにゆすりをかける手筈でしたわ!」

「取引を行うつもりだったのね?」

「ええ。大麻は世界会議においても栽培はもちろん、それを使用することは固く禁じられているものですの。ですから、我が国から手を引かなければ、それを証拠として世界会議にかける、というものでした」

「ですが、それも今の話を聞く限りでは無理なようですわね!」

「そうね。大麻の存在を知られて、少し動揺はしていたみたいだけど。引くどころか余計に煽ってしまったかも。後先考えずに失敗したわ」


 レイシアは唇を噛んだが、過ぎた時間は戻ってはこない。


「それで、大麻はどうなったの? まだイアンとロイが外で騒ぎを起こしている雰囲気ではないようだけど」

「ばっちりですわ。殿方二人の手を借りるまでもなく」

「この私に不可能などありません!」


 ガサゴソと、懐をいじりだしたヴィオラが一枚の証書らしき紙を取り出した。


「なにそれ? それが大麻なの?」

「違いますわ。これは原本。大麻そのものよりもはるかにヤバい代物ですわ」

「要は! 大麻取引に際に扱われる証明書です。ここをご覧あそばせ!」


 ヴィオラの指差す先には。

 いつか見た、フォルキアの紋章に、国王の署名。ついでヴェルテの署名が連ねてある。

 一番上にははっきりと〝大麻〟の文字。


「これがあれば、言い逃れはできません! フォルキア国王許しの元、大麻を取り扱っていたことが知れれば!」

「フォルキアは終わりですのよ、うふふふふふ」

「ミリィ、お願いだから落ち着いて?」


 ミリィの怖すぎる笑顔は気になるが。

 これで、こちら側が正当防衛することが認められる。


「ヴィオラ、ミリィ、本当にありがとう。これで戦えるわ」

「まだ終わりではありませんわ、早く藍公閣下にお知らせをしな、」


 激しく壁に何かが打ちつけられる音で、ミリィの言は遮られた。


(ばれた⁉)


 目配せでレイシアが三人と目を合わせると、ヴィオラがそっと唇に人差し指を当てる。


 そのまま一人、部屋の扉の方へ近づいていった。

 扉に耳を添わすなり、じっと外の様子をうかがっている。

 しばらくして、ヴィオラがこちらに視線を投げた。


「複数の足音が玄関のある方へ向かって行きましたわ。扉の外には二人ほど見張りがいるようですが。その他の人の気配は感じられません」

「もしかすると、藍公閣下と赤公閣下が動きだされたのかもしれませんわ」

「または、刻が近いのかもしれません」

「行きましょう、外へ」


 レイシアの号令で、ミリィもヴィオラの元へ行き、扉近くに待機する。


「しばらく身を低くしてお隠れになっていてくださいまし。今すぐこの扉をぶっ飛ばしますので」


 ミリィが豊満な胸から、手の平サイズの黒い物体を取りだす。

 何か、嫌な予感がした。


「ミリィ、それは?」

「うふふ。私お手製の爆薬ですわ。モニカさま、この扉と廊下周辺、ぶっ飛ばしてもよろしくて?」

「派手にやっちゃってくださいませ、お姉さま」

「モニカっ⁉」

「はあい。では、点火」


 レイシアが止める間もなく、導火線に火がつけられて。

 部屋の隅でモニカを胸に抱きしめつつ、その時が来るのを待つ。

 ジジジ、と緊張感のある音が消えた、刹那。

 激しい爆音が響いて、見事、部屋の扉が木っ葉微塵に砕け散った。


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