第四章 ⑦/作戦会議
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「ぞっくぞくしましたわあ。私、もうどうとでも好きにして! と思ってしまいましたもの」
「俺のいない間の話を聞きたいが、侍女殿には聞かない方が良いか」
「まああ! なぜですの?」
レイシアの思惑通り、ゼーベック伯とヴェルテはそのまま屋敷へと帰った。
入れ替わるようにして、ちょうどモニカを送りおえたロイも合流し、今後の作戦をたてるべく、一同は部屋に集まっている。
勝手に話しだしたミリィにロイは耳を傾け、いらない部分はきっちり排除しつつも、ちゃんと話の全貌は掴めたらしい。
「かっけえ」
「でしょう? ぞっくぞくしますでしょう?」
何やらあっちで意気投合しているみたいだが、レイシアは正直それどころじゃない。
「まさかあんなものまで持ちだしてくるなんて。予想外だったわ」
俯き気味で言うレイシアに、イアンが一つ息を吐く。
「それだけ向こうも本気でかかってきているのでしょう。でないと、国王自ら署名などありえません」
「まったく! けしからんわ! あのゼーベック伯のご様子と言い、どれだけ汚い手を使ってくるか、分かったものじゃありませんわ!」
確かに。ゼーベック伯はもう傀儡人形のようだった。
レイシアも最後の最後に、ヴェルテと同じように彼に話しかけてみれば、案の定。
もう彼に自分の意志はないといっても過言ではない。
「トーリアも、ゼーベック伯も、モニカも。なんとかしないと」
「それはもちろんですが。現実問題、どうなさるおつもりですか? 王宮に使いを出して助力を願いますか?」
「それはできれば避けたいわね。ことを大きくすればするほど、あちらには好都合だろうから。この地だけでなんとか事態を治めたいわ」
「そうですね。いいと思いますよ、それで」
「え?」
イアンがふっきれたように言うので、レイシアは目を見開いた。
「どうせ全部後手に回っているんです。真正面きっていくのが一番いいでしょう」
「ちょっと待って。でもそんな簡単にはいかないでしょう?」
「一筋縄でいくとは思っていませんよ。かといって指を咥えて傍観しているわけにもいかない。それで、こっちもこっちで秘密裏に動いていました」
「え?」
今度こそ、レイシアの目が点になる。
そんな様子に、イアンが「忘れましたか?」と訊ねてきた。
「俺が街であの男と会って、尾行していたの」
「あ」
「忘れてたんですね」
手で口を押さえたが、それは肯定を示す動作のなにものでもない。
「あのあと、ヴェルテはゼーベック伯の屋敷に向かいました。不審に思い、そのまましばらく屋敷前で見張っていたら、どう見ても商人には見えなさそうな男たちが山ほどでてきまして」
「どうしてそれを早く言わないのよ!」
「やつらの目的が分かりませんでしたからね。結果、今日分かったわけですが。おかげで手間が省けました」
こんな事態にも関わらず、淡々と無表情に話すイアンに感心すべきか否か。
そんな彼に、姉であるヴィオラが顔を向ける。
「イアン、あなたもしかして一人で真っ向から喧嘩でも売りに行くおつもり⁉ 素晴らしいわね! 行ってきなさい!」
「阿呆ですか。あなたと一緒にしないでいただきたい。俺は負ける喧嘩は買わない主義です」
「ま、負けちゃうの……?」
不安げにレイシアが訊ねれば、イアンは顔色ひとつ変えずに「まあ。今の現状じゃ負けるでしょうね」と言い放つ。
「報告はあがっていますか? 赤公閣下?」
イアンに話しかけられ、ロイが助かったとなんともわかりやすい表情を浮かべ、こちらを向く。
「およそ百程度。たいした数ではない、と言いたいところだが。よくも百近くの人間を国境越えてここまで連れてきたもんだ、と感心するな」
「赤公閣下にお願いして、兵を少し動かしていただきました。およそ三日前からの統計にしかなりませんが、いまのところヴェルテの部下は百程度の人数だそうです」
「ご安心なさい、イアン。一人が怖いというのなら、私がついていってあげますわ! フィーリッツ家が姉弟、推して参りますわ!」
「ややこしいから黙ってろ」
静かに一喝し、黙りこんだヴィオラを無視して、イアンは続ける。
「正直な話、私と赤公なら百人程度は難なく倒せますが。問題なのは、彼らが〝商人〟としてこの地にいること。そこが覆らない限り、我々は攻撃できない」
イアンの説明にレイシアは頷いた。
もしフォルキアの〝商人〟をエルメルトの〝騎士〟が傷つければ。
そこでもまた、大義名分、と言う名の戦争が始まってしまう。
「で、ここでモニカ嬢と話していた時の話題に戻ります。大麻の話です」
「あの、ゼーベック伯が酒に混じって飲んでいるっていう?」
「ええ。それを証拠として押収すれば、向こうに非があることを証明できます。それを機に正当防衛とし、こちら側が是であることを向こうに認めさせなければなりません」
イアンのもっともな正論に、レイシアはただただ聞き入っていた。
(それができたら、全部解決するし。願ってもないけど)
ひとつ問題が消えれば、新たな問題が浮上する。
誰が、証拠となる大麻を屋敷に取りに行くか、である。
「で、登場するのが、…………うちの姉です」
「呼んだわねっ⁉」
心底嫌そうに、たっぷりの間をとって発言した弟に対し、姉は実に嬉しそうに名乗りをあげた。
「やっと呼んだわねっ! この私を! こ、の、わ、た、く、し、を!」
「はいはい呼びましたよ。出番ですよ姉上。今はこんなですが、ご存知の通り、姉の隠密能力は非常に高い。天井だろうが床だろうが衣装棚の中だろうがゴミ箱の中だろうが身を隠すためには場所を選びません」
「イアンが私を褒めるだなんて! 何年ぶりかしら?」
「褒めてるのかな? これ?」
「うふふ。ではそのお役目、私にもご協力させてくださいまし、藍公閣下」
踊り狂わんばかりに喜んでいるヴィオラは放っておいて。
ミリィが補佐を名乗り出るが、イアンは返答に詰まり、ロイは厳しい表情を浮かべる。
「あら? 私も王女殿下専属の護衛ですよ? 武芸はお手のものですわ」
「心意気は買うが、いくらなんでもあなたのような年若い子をそんな危険な場所へは行かせられない」
厳しくもあり、優しさを内包させたロイの物言いに、部屋中の視線が彼に注がれる。
「ここで大人しく待っていなさい」
「私が大人しく待っていられると思って⁉」
ヴィオラが自分を指差しながら、ロイに詰めよった。
「いや、お姉さんのことではなくてですね。そちらの侍女殿のことです」
ついで、ミリィに視線が集中する。
ミリィは始め、目を丸くして瞬きしていたが、瞬き二回のうちににっこりと笑顔になった。
「まああ。赤公閣下ったら。お上手だこと」
口元を手で押さえ、ミリィは実に嬉しそうに笑う。
ロイはミリィが何を言っていて、どうして笑っているのか分かっていないようだ。眉を寄せている。
そこに口を挟んだのは、もちろん黙っていられない女、ヴィオラだ。
「ミリィに騙された御仁がここにも一人いたとは! 驚きましたわ!」
「騙された? 何のことだ? 俺は真剣に心配をしているんだ。茶化さないでいただきたい」
「うふふ。お気持ちはとても嬉しいのですけれど。どうか行かせてください。私もいろいろと腹に据えかねていますので、ちょっと一発殴ってやらないと気が済まないんですの」
穏やかに笑うミリィの目つきが、闇を孕んだ目つきへと変わる。
彼女がなぜそこまで怒っているのか、レイシアは分からなかったが。
その様子の変わり具合に、さすがのロイも息を飲んだ。
「お気になさらず。赤公閣下に心配されるほど、私幼い子供ではありませんし」
「バツ三、子供なし、四十二歳、独身、ですからね! ミリィは!」
ヴィオラの高らかに宣言された内容に、ロイは目を剥いた。
ついでにイアンも。
「「は?」」
「だてに年食って生きているわけではございませんのよ?」
「こんな可愛らしい少女のような顔をしておきながら、やることきっちりやってきているんですからね!」
「うふふ。お呼びとあればいつでもどうぞ? 寝台の中までご一緒いたしますわ」
「…………すいませんでした。ご武運をお祈りしております」
それっきり、ロイはうんともすんとも言わなくなった。
よほどショックだったのか、額に手を当てて項垂れている。
少し気の毒に思いながらも、レイシアはヴィオラとミリィに視線を移した。
「でも大丈夫? ロイの言うとおり危険だと思うけど」
二人は笑って誤魔化すが、心配でならない。
レイシアにとって、二人は何者にも代えがたい大事な友なのだ。
「その点はご安心ください。俺と赤公が屋敷内にいる人間の気を逸らします」
「どうやって? 何度も言うけど、武力はだめよ?」
「もちろん。ほんの少し外で騒ぎを起こすだけにとどめますので。屋敷の守りが手薄になったときが絶好の機会。お二人に頑張っていただきましょう」
それに、とイアンは付け足す。
「ミリィ殿も恨みつらみが相当おありのようですし、姉上にいたっては地獄に落ちようと這いつくばって戻ってくるでしょうから」
「藍公閣下のおっしゃる通りですわ、王女殿下」
「必ず無事に戻ってまいりますので! ご心配なく! おほほほほ」
「約束よ、必ず戻ってきてね」
レイシアの嘆願に、ミリィとヴィオラは軽く頭を下げ、正しく臣下の礼を取った。
「決行はいつにする?」
どうやら復活したらしいロイが、イアンに訊ねる。
彼はしばらく逡巡したのち、「できれば早い方がいいでしょうね」と呟いた。
「王女殿下が婚姻届に署名しなかったことで、別の強行策に出てくるかもしれません。まさか本当に王宮まで許可を取りにいくわけはないでしょうから」
「善は急げ! と決まっておりますわ! 向こうが次の一手を打ってくる前にこちらが動きます! よって決行は今夜! いかがかしら?」
「かまいませんわ」
「俺も別に構わないが」
ヴィオラの提案に、ミリィとロイが同意する。
イアンは少し間を置いたが、やがて「わかりました」と返事をした。
「では姉上とミリィ殿は赤公から概ねの打ち合わせを。王女殿下は、大事なお話がありますので、俺が攫っても?」
「「「どうぞどうぞ、ごゆっくり」」」
声をあげる間もなく、レイシアはイアンに腕を引っ張られる。
振り返ってみたものの、三人は生温かい視線で見送るばかりだった。
やがて部屋の外へと連れ出され、夕焼けの朱色の光が差しこむ廊下を歩く。
彼の手の熱が腕に伝わり、ほんの少し、心が動く。
思えば、泣いたあの夜以来、初めて触れ合ったのではないだろうか。
東の空にはもう一番星が高く輝いている。
不安は募るが、いまは迷うことなく引っ張ってくれる彼の手に身を委ねることにした。




