第四章 ④/突然の来訪者、モニカ
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久しぶりのドレスに身を通し、きっちり着こなせば、自然と背筋が伸びる。
少し着難いなと素で思ってしまったのは、ここでの生活がずいぶんと板についてきたからだろうか。
ロイが先導してくれ、ついた部屋に入れば、街で男たちに追いかけられていたあの日の少女が座っていた。
壁際には、イアンをはじめとして、ミリィとヴィオラが控えている。
レイシアの姿を見るなり、彼女は椅子から立ち上がり、優雅に腰を折る。
その洗練された仕草から、嫌でも身分ある家の子であることが知れた。
「ゼーベック家が長女、モニカ・ゼーベックと申します。王女殿下におきましては、このように拝謁賜り、誠にありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はいいわ。どうぞ、そのままお座りになって」
ぎこちないながらも、きちんと挨拶をする少女が微笑ましく、レイシアはにこやかな笑みを浮かべた。
緊張した面持ちだったモニカも、レイシアの対応に幾分表情がほぐれる。
「先日は本当にありがとうございました。あの時は王女殿下だったとは知らず、不作法をどうぞお許しください」
どうやらすでにレイシアが王女であることもばれてしまっているらしい。
(お忍び失敗ね)
はなから忍ぶ気はほとんどないようなものだったが、特に混乱を招いたわけでもなさそうだし、深く考えなくともいいだろう。
「気にしないで。無事で本当によかったわ、モニカ。その後は特にお変わりはなく?」
「はい。あの日から街へは行っておりません」
はっきりと言い切った割に、彼女の顔が少し翳る。
街に一人でいたことといい、わざわざここまで訊ねてきたことといい、何か理由がありそうだ。
「どうかしたの? 私でよかったら話を聞かせて? お礼を言いにきた、だけではないのでしょう?」
できるだけ優しく問いかければ、モニカがはっとしたように我に返る。
口を開こうとすれば、また閉じて。言うか言わざるべきかを悩んでいる様子だ。
「大丈夫。できる限り協力するから。ね?」
言いあぐねているモニカが安心できるよう、つとめて明るく言う。
そんなレイシアの様子に心動かされたのか、モニカは一度頷いたあと、小さな唇を開いた。
「トーリアを、どうか助けてください。王女殿下」
「モニカ? 泣かないで」
それまで平静を装っていたモニカの瞳から、大粒の涙がいきなりあふれ出す。
壁際に控えていたミリィがポケットからハンカチを取り出し、そっとモニカに手渡した。
「ありがとうございます」
「ゆっくりでいいから。お話して? トーリアがどうかしたの?」
ぐず、と鼻を軽く啜り、涙をハンカチで拭いたモニカは顔をあげた。
瞳は涙に濡れているが、その奥には明確な怒りが受けて取れる。
「半年ほど前から、隣国フォルキアがある取引をトーリアの領主である私の父に持ちかけてきたのです」
「フォルキアが?」
そういえば、街ですれ違った男もフォルキアの紋章を胸に掲げていた。
あの者たちと、モニカの懸念する先はどうやら同じかもしれない、と嫌でも勘づく。
「はい。私とフォルキアの一貴族との結婚です。表向きは」
「結、婚?」
彼女が〝表向き〟を強調したにも関わらず、レイシアは心の赴くままに、〝結婚〟というところに食いついてしまった。
どう見てもモニカは十五歳か十四歳ぐらい。
結婚には、いささか気が早すぎるのではないか、と思うのはもう自分が歳をとりすぎている証拠か。
「お相手は、フォルキアの伯爵様です。四十五歳の」
「四十五⁉」
いくらなんでもそりゃないわ、と内心で思ったが。
その直後に、私には言われたくないか、と我に返る。
「犯罪ね」
「「「「よく言う」」」」
壁際から一斉に非難の声があがった。
解せない、という感想を表情に示したレイシアに、それまでめずらしく静かに黙っていたヴィオラがとうとう口を開いた。
「まあ確かに? ちょっと中途半端な年齢差は生々しくて嫌ですわね」
「「「放送事故は黙れ」」」
これまた綺麗に揃った。
モニカがきょとんとして困っているので、レイシアは咳払いをひとつして、壁際の住人達を黙らせた。
「ごめんなさいね、モニカ。続けてくれる?」
レイシアが先を促せば、モニカは素直に頷いてくれる。
「私には元々婚約者がいまして。父もその方を認めてくださっていたので、きっぱりとお断りしたのですが。どうしてもフォルキアは引いてくださらなくて。多額の持参金まで用意するから、と」
「それは変ね。第一、なぜ今さらフォルキアがトーリアに声をかけてくるのかしら?」
確かにここ、トーリアは少し難しい土地でもある。
その理由は他でもない。
元々トーリア地方を管轄していたのはフォルキアだったからだ。
過去、フォルキアの貴族が所有していたこの土地は、当然のようにフォルキア領だった。
それがいつの時代か、次期領主がエルメルト出身の花嫁を娶ったときがあった。
そしてまた、その夫婦の息子が同じようにエルメルト出身の花嫁を迎え、その後代も幾度となくエルメルトの女性を家にいれたことから、フォルキア領にも関わらず、エルメルトに重きを置いている、というなんとも奇妙な土地柄となる。
フォルキアからトーリアが決別するのが決定的になったのは、かの国が戦争を始めた約百年前のこと。
戦争のため、人や金、食糧を差し出せと迫ってきたフォルキアに嫌気がさした当時の領主が、エルメルト国内でも有数の大貴族の血を引いていた縁から、彼はエルメルトに救いの嘆願書を提出。それが現在に続くゼーベック家に当たる。
実家の後押しもあり、多額の金をもって、トーリアはフォルキアからエルメルトに譲渡された。
フォルキアも当時は戦争で手一杯。おまけに多額の金を得られるとあって、すんなりとトーリアを手放したのだが。
「もしかして。国同士の協定ではなかった、と言ってきているの?」
「お察しの通りです。王女殿下」
エルメルトは当時の当主から確かに嘆願書を受け取り、取引をする旨を許可した。
フォルキアも多額の金の譲渡により、トーリアを手放すことを決めた。
ただ厄介なことに、それは全てトーリアが間に入って行ったことで、エルメルトとフォルキアが直接公の場を開いて決定したわけではない。
現に、トーリアはエルメルトの国領に入ってからも、特別自由地域に指定されており、国や州からの介入はほぼない。
領主がトーリアの地を治める、非常に自治が発展した地域だ。
領主の決定が、この地方の総意となるのである。
それが、今回のことに繋がってきているのだろう。
「それを幸いなことに、モニカとフォルキアの貴族を結婚させて、トーリアの実権を再び握ろうとしているってわけね?」
レイシアが確認すれば、モニカは少し戸惑いつつも頷く。
どうやら、話はそれだけではおさまらないようだ。
「はい。そこまでが表向き、の理由です」
そこまで言い終えたモニカの顔は血色を失い、蒼白としていた。




