第四章 ②/穏やかな朝食、とはいかない
「? 何をしておられるのです?」
剣の稽古を終えたイアンが、喉が渇いたという名目で厨房にきたのをこれ幸いと、レイシアは隣の食事を取る部屋で待っていなさいと命じた。
昨日の今日で、少し顔を合わせづらい気持ちももちろんある。
でも、イアンは何ら変わりなく普通だったので、レイシアも特に気にしていないふうに装った。
本を片手に作った朝食を、皿に盛りつけ、慎重に運ぶ。
いつも給仕の侍女がそうしているように、音もなくイアンの目の前に料理ののった皿を置いて。
それを見たイアンの発した一言が、これだった。
「毒でもいれましたか?」
「失礼なっ!」
あまりのイアンの言い草に、さすがのレイシアもへこむ。
確かに、彼がそう疑ってしまうのも無理はないかもしれないと、自分でも少々思ってしまう出来栄えではあるが。
「見た目は! あれだけど! ちゃんと味はおいしいのよ! 文句言うなら、食べてからにしなさいよ!」
「……食べたのですか?」
「食べてないわよ。不味そうだもの」
「すいません。何を言っているのか俺には理解できません」
ごもっともだ。レイシアは激しく同意した。
「よそ様に、それも王女殿下に作っていただいた食事を目の前に、言うことではないかもしれないですが」
「何よ」
「どう頑張ったら、こんなに鮮やかな紫色の食事ができあがるんですか? 材料は玉子とベーコンですよね。普通に失敗したとしても茶色か、黒だと思うのですが。なにゆえ紫色になりましたか?」
「ちょっと見た目に地味だったから。派手にしようと思って、よくわからない紫色の粉を入れたの」
「なぜに?」
イアンの目が点になったところで、レイシアは頬を膨らませた。
「もう食べないならいいわよ! 捨てちゃうから!」
「食べないとは言っていません。いただきます」
「わあああ! やっぱりちょっと待って! 死んだら困る!」
「本気で何入れたんです? まあ厨房にあるものですから、せいぜい香辛料かハーブか、そのあたりでしょう。お気になさらず」
そのままイアンは言葉ほどもなく、躊躇いなくフォークを口に運ぶ。
レイシアは息をするのを忘れるほど、その様子をじっと見守っていた。
「うん。見た目に反して、味は普通ですね」
もぐもぐと次々に口にフォークを運ぶイアンを見て、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間。
レイシアは「ん?」と首を傾げる。
(普通? おいしくはないってこと? 一応食べられる、みたいな?)
それって別に褒められているわけじゃない、と脳内で変換したレイシアは少し肩を落とした。
そんなレイシアの様子を目ざとく見つけたイアンが「食べないのですか?」と訊いてくる。
「俺一人で食べてしまいますよ?」
「無理しなくてもいいわよ。〝普通〟なんだから」
少し嫌味っぽく聞こえてしまっただろうか。でも、ちょっとぐらい強調してもいい気がする。
見た目はあれでも、一生懸命作ったのだから。
不機嫌になりつつも、紅茶を一口、口に含めば、少し気は紛れる。
食べるのも途中に、目の前でイアンがかたりとフォークを置いた。
「何を拗ねていらっしゃるんですか?」
「別に」
「俺が舌足らずでした。〝普通〟においしい、ですよ。王女殿下。男の言う〝普通〟は褒め言葉ですから」
ご気分を損ねてしまったのなら申し訳ありません、と言う彼は、なぜか口元が笑っている。
「どうして笑っているの?」
「いや。王女殿下も、そのようなことを気にされるのか、と。かわいらしいですね、本当に。――俺に惚れましたか?」
「!」
イアンの完璧な作り笑顔と、言葉の破壊力に、レイシアは石になったように固まってしまう。
すぐ否定すればいいものの、金魚のように口をパクパクさせるだけで、肝心の声が出てこない。
それなのに、イアンは実に満足げでしたり顔を浮かべている。許せん。
(こいつ……! 人の反応で遊ぶだなんて! 鬼畜すぎる!)
「このっ!」
「? この?」
レイシアは椅子から立ち上がり、ひと思いに言い切ってやった。
「人のことを弄ぶだけ弄んで! この、阿婆擦れがっ!」
その時のイアンの顔と言ったら、筆舌に尽くし難い。
あえて言うなら、無表情を極めた田畑の守り人、案山子のような顔つきだった。
「もうね、いろいろ訂正したいことが山ほどあるんですが。さしあたって一つだけは言わせてください。――いったいどこでそんな言葉覚えてくるんです? 姉ですか? 姉なんですね。あの、生ける放送事故が」
めずらしく、イアンの言葉遣いが乱れる。
いつもの丁寧口調よりも、そっちの方がよっぽどしっくりするような気がしたのは、レイシアの気のせいだったのか。
「座ってください。冷めてしまいますから早く食べましょう。後片付けは俺がしますので。王女殿下はゆっくりしてください」
「私も手伝うわ。厨房すごいことになってるし」
レイシアのさらっと言った爆弾発言に、イアンが動きを止めたのも気づかず。
そのあとは黙々と朝食を食べることに没頭した。




