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恋よ、はじめまして。  作者: 夏平涼
第一部
18/54

第三章 ⑤/藍公閣下の想い


*************************************************************


「揃いも揃って。お前ら、何をしていた?」


 静かに、けれど確かに怒りを湛えた声音がトーリア城内の一室に響く。

 街から帰ってきて、王女殿下を部屋まで送り届けたあと、この部屋に直行。


 現在、仁王立ちするイアンの前には、騎士が十余名、一列に並んでいた。

 みな、街中にて護衛を担当していた虹騎士である。


「わざわざ目配せまでしてやったのに。見失っただと? そのような言い訳が罷り通るわけないだろ、この阿保ども!」


 静かな夜に、イアンの怒声が響き渡る。

 怒り冷めやらぬなか、部屋の隅でじっと成り行きを見つめていたロイが「まあまあ」と口を割って入った。


「イアンよ、怒りはごもっともだ。だがこいつらは赤の騎士団所属。お前の部下じゃない。部下の不始末は俺が責任を取る。だからそろそろ解放してやれ」


 ちらりとロイが腕時計で時間を確認した。

 時刻はもう夜中一時を回っている。


「一時間以上説教すればもう充分だろ。ほら、解散しろ。二度目はないからな」


 イアンのもの言いたげな表情も無視し、ロイは恐怖で青ざめている部下たちを追い立てて、部屋から退出させた。


「まだ話は終わってない」

「そう言うな。あいつらもよく反省しただろ」


 取りつく島もなく、ロイは「腹減ったなあ」と話題を逸らしてくる。

 ため息ひとつ。

 こうなったらもう何を言っても無理だと悟ったイアンは、手近なソファに腰をおろした。


 トーリア城の一角にある部屋で深夜に男と密会。

 なんて嬉しくない響きだ。

 それでも、言っておかなければならないことは山ほどある。


「食うだろ?」


 どこから持ち出してきたのか。

 赤々しいワインと数種類のあてがテーブルに並べられる。

 気品も優雅もなくグラスになみなみと注がれていく液体を見、イアンは我に返った。


「飲まねえからな」

「? 白がよかったか? 悪いけど、今は赤しかなくてな」

「違う。……しばらくは飲まない」

「真面目だねえ。ま、誘っといてあれだが、確かに止めといた方がいいかもな。坊ちゃん、酒癖悪いし」

「うるさい。ジジイ。その呼び方やめろ」


 流れるように悪態をついたところで、ロイがにやりと笑う。

 嫌な予感がした。


「王女殿下がお知りになったらさぞ驚かれるだろうな、この口の悪いくそガキ」

「もし言ってみろ。頭髪呪ってやる」

「坊ちゃん、あいかわらずだな。かわいくねぇ! 昔は顔を合わすたびに『けんをおしえてくだちゃい、ししょー』って、ちょこまか付いてきたくせに」

「いい歳して幼児言葉は止めろ。気持ち悪い」


 そんなイアンの物言いにも、気分を害することもなく、嬉々として笑っている。

 不本意ながら、彼の言ったことは本当で。

 この男はイアンの剣の師匠であり、虹騎士の中でも最強と謳われる豪傑だ。


「さて。真面目な話をしようか? 藍公閣下」


 顔つきが見知ったおじさんから、赤公閣下のそれへと変貌する。

 さすがのイアンも、それを機に背筋を伸ばした。


「フォルキア国の者に、なにやらきな臭い動きがあります」

「ほお。坊ちゃんが王女殿下の元を離れたのはそれが原因か」

「はい。今日で痛感いたしましたが、私は彼女のそばを離れるわけにはいかない。よって、責任を取っていただきたく、赤公閣下」

「承知した。その件、俺にいったん預けておけ」


 ことの詳細を説明し、それで話は終わった。


 屋敷に帰ってきて、ずいぶん時間が経った。

 見張りがいるとはいえ、そろそろ彼女のもとへ戻らなければならない。


「では、俺はこれで」

「順調か?」


 立ち上がりざま、ロイに声を掛けられる。

 真面目な表情はどこへいったのか。

 すっかりおちゃらけたおじさんの顔に戻っている。

ここは、とっとと話を切り上げるのが利口だと、長年の彼との付き合いから察した。


「順調ですよ」

「頬赤いけど? どうした?」


 目つきも悪く、ぎろりと睨みつければ、ロイは「あっはっはっはっは、愉快、愉快」と手を叩いて、爆笑する。


「拗ねるなよ。王女殿下は俺が今まで見てきた中でも断トツに美人な方だからな、振られても仕方ないな」

「勝手に話を作るな」

「あの恋愛小説みたいな計画じゃな!無理だよなあ。虹会議に集う方々ももうちょっと考えないとな!」


 さっきよりもひときわ大きくロイは笑い声をあげる。

 その虹会議の面々に、ちゃっかり自分の父親が含まれているこっちの身にもなってほしいものだ。

 思い出しただけで腹が立ってきたイアンは、元々の仏頂面に拍車をかけるように、眉間に皺を刻む。


「おいおい、美男子が台無しだぞ。ったくもう少し愛想をふりまけ、愛想を」

「むやみに愛想の安売りはしない」

「淡白だな。分かりづらいやつ」

「褒め言葉と受け取っておく」


 疲れた。もう早く寝たい。

 扉に手をかけ、今度こそこれで終いだと、いまだ口元から笑みが消えないロイに、イアンは視線を戻す。


「失礼します」

「……ちゃんと剣の稽古はしろよ?」

「言われずとも」

「煩悩を滅却するには、それが一番効果あるからな」

「……なんの話だ?」

「そりゃ、隣で寝ているのが坊ちゃんの初めてのこ」


 バタン。

 最後まで聞かず、部屋の扉を閉めた。

 ついでに、ロイの頭髪も呪っておいた。


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