表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋よ、はじめまして。  作者: 夏平涼
第一部
16/54

第三章 ③/逃れられない瞳の力


*************************************************************


 少女の背を見送り、元いたベンチへと戻る道すがら。

 レイシアは玉子屋の女主人が言っていたことと、さきほど少女が追われていたこと。

 さらにフォルキアの人間が出入りしていることについて、考えを巡らせていた。


(トーリアであんなことが起こるだなんて。少し前なら考えられないことだったわ)


 結局、男たちの目的は不明だが。

 年若い少女を追いかけ回すなど、あってはならない。

 人攫い、身代金要求、果ては――考えるだけで腹立たしい。


(この街で、いったい何が起きているの?)


 こつこつとレイシアの足音だけが裏の路地に響く。

 何の情報もないため、推測することもできない。


(イアンが戻ってきたら、話を聞いて……)


 そこで、もう一人のことを思い出す。

 走り回っているうちにすっかり忘れていた。


「あ。イアン! あの子、大丈夫かしら?」

「ほう、上玉じゃねぇか」


 レイシアの独り言と、聞き覚えのない男の声がかぶった。

 咄嗟に、レイシアは声の聞こえた方角、自分の後ろを振り返る。


(さっきの。女の子を追いかけていた連中!)


 笑い声と同じく、下衆い笑顔を浮かべた男たちが、じりじりとレイシアに迫ってきていた。

 標的は変われど、しつこくもまだ諦めていなかったらしい。


 すばやく身を翻し、走ろうと前を向いたレイシアは、目の前の光景に足が一歩も動かなくなった。


(まずい)


 生命の危機的状況に、気のきいた感想など浮かぶはずもなく。


 狭い路地裏で前後をはさまれたレイシアは、文字通り、前にも後ろにも逃げ道を塞がれた。

 なおも距離を詰めてくる男たちに対し、脇にあったさらに狭い道に身体を滑りこませるが。罠だったらしい。あいにく先は行き止まりだった。


 背中を壁、前に大勢の男たちを前に、レイシアは下唇を噛む。

 四方を囲まれてしまった状態で、さすがのレイシアも身体が震えてくる。


――だめ。わたしにちかづいては。


 頭の片隅で、警鐘がうるさく鳴る。

 自分自身に対してではない。

 目の前にいる男たちに対してだ。


「一人、手頃な女を逃しちまったが。こっちもいいじゃねぇか」

「震えてんのか? 大丈夫だ。ちょっと俺らの相手をしてくれれば、殺しはしねぇぜ? 安心しな、お譲ちゃん」

「朝まで意識が残ってるかどうかは、別の話だがなあ!」


 下品な笑い声と言葉が、狭い通路に響く。

 それに呼応するように、レイシアの身体はだんだんと熱を帯びていった。


――だめ。こっちにきてはだめ。


 過去の自分の声が、頭の中で痛いくらいに訴えかけてくる。

 その理由は、誰よりも自分自身が一番よく知っている。

 そんなレイシアの胸の内をよそに、一歩、また一歩と、男たちが距離を縮めてくる。


――だめ。わたしのめをみてしまったら……


 国内、周辺諸国のいたるところまで広がってしまった噂は、もちろん全てが本当のことではない。

 エルメルトの王女の目に見据えられたら最後。

 石になってしまうだとか、失明してしまうだとか、記憶を失ってしまうだとか。

 そのどれも、事実ではない。

 ただ、数ある噂の中でたった一つだけ。真実のものが含まれていた。


 それは。


「は、離れなさいっ! 私から! 今すぐに!」


 帽子のつばを持って、さらに深くかぶり直した。

 決して、瞳を見られることのないよう。

 にもかかわらず、男たちはレイシアに近づく歩みを止めようともしない。


「そんなに深く帽子をかぶっていないで、かわいらしいお譲ちゃんのお顔を俺たちに拝ませてくれよ、なあ?」


 数歩の距離で向かい合った男が、レイシアの帽子に手をかける。


「離しなさい!」


 必死に叫んで抵抗し、手を払いのけるも、男たちにすぐさまレイシアは両手の自由を奪われてしまう。

 両腕を抑えつけられてもなお、俯くばかりで顔を上げようとしないレイシアに、男たちが舌打ちをした。


 そのうちの一人の男が、再びレイシアの帽子に手をかける。

 その感触に、レイシアの心臓が、どくん、と大きく鼓動を打った。


「だめっ!」


 難なく帽子は払いのけられ、地面にぱさりと落とされる。

 そのまま、男がレイシアの顎を掴み、上へと無理やり向かせ、瞳を見た。


 刹那。


「うっ、うわああああああ!」


 けたたましい叫び声と同時に、男がレイシアから飛びのき、地面でのたうちまわる。

 激しい息遣いに、断末魔の叫び声、狂うように頭を掻き毟る男の姿に、レイシアは声を失った。


 他の男たちは何が起こったのか分からず、同様にレイシアの方を見た。

 すると。


「うぎゃあああああ!」

「ぐわああああああ!」


 レイシアの瞳を見た男たちが、次々と狭い路地裏に倒れていく。


(また、なの。私は、また同じことをしてしまったの)


 人を苦しめてしまった絶望と、自分がどうしてこんな力を持っているのか分からない恐怖に。

 皆が恐れる空色の瞳から、幾重にも涙が流れ落ちる。

 足腰から力が抜け、そのままその場所にへたりこんでしまった。


「ば、化け物だ。化け物がいるぞ」

「おい、行こうぜ。気持ち悪い」


 被害を免れた男たちから、次々に浴びせられる容赦ない言葉も、もうレイシアには届かなかった。

 ただただ、息が苦しくて、涙を流し、俯くことしかできない。


「おい、やめておけ。呪われるぞ」


 だから、気がつかなかった。


 肩で激しく息をしている男が一人、大きな斧を持って、レイシアに振りかざそうとしているのを。


「化け物が! 死ねえええええ!」


 放心状態だったレイシアは、それが自分に向けられた言葉だと一拍遅れて気がついた。

 それでも、顔をあげることができなかった。


(私、死ぬの? こんな、暗い、誰もいない場所で?)


 また一筋、涙が頬を伝って、スカートに落ちた。

 涙が布に滲むのを見届けてから、レイシアはそっと目を閉じる。


 死を、覚悟して。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ