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恋よ、はじめまして。  作者: 夏平涼
第一部
12/54

第二章 ⑥/付き添いたちの懸念


*************************************************************


「ミリィ、少し落ち着きなさいな。そのように忙しなく、働くことなど何もないでしょうに」


 ヴィオラがたしなめるも、ミリィは未だに落ち着く様子はない。

 護衛という点を除き。ミリィは基本的に侍女なので、彼女の主人であるレイシア様がいなくなれば、必然的にすることはなくなる。

 なのに、この別棟に来てからというもの。

王宮にいる時以上に忙しなく働いている。


 今も、まだ着て一時間と経たない汚れ一つないエプロンを洗おうと、水の張った盥にぶち込もうとしているのを見て、さすがに止めた。


「それは水の無駄遣いですわ、ミリィ。いい加減聞きわけなさいな」

「う。しかし、ヴィオラさまぁ」

「情けなく語尾を伸ばさない。ほら、こちらに座ってお茶でも飲みなさい」


 空いている自分の隣の席に座るよううながせば、しぶしぶ彼女は腰をおろした。

 手ずからお茶を淹れてやり、ミリィが落ち着くのを待つ。


「いつもは若年寄か、いえ。……ん? とにかく! 落ち着いているのに。珍しいわね」

「察するに、ヴィオラさまと比べると、大抵の人間は〝落ち着いている〟部類に入ると思いますので、ここでの発言は控えさせていただきます」

「言うわね」


 それで、ミリィが落ち着きを取り戻したと判断したヴィオラは、静かに息を吐いた。


「まあ、落ち着かない気持ちも分からなくもないわ。レイシア様は極度の人間不信でいらっしゃるし。特に若い男性に関しては」


 まったく情けない男どもよ、とヴィオラは胸中で毒づく。


「さっきのお二人を見た感じでは、そこまで雰囲気は悪くないように思いましたけれど。やっぱり心配ですわ。……覗いてきましょうか」


 がたりと椅子から立ち上がったミリィを、ヴィオラが腕を掴んで座り直させる。


 とんだ暴走女だわ、と自分のことは丸々棚に投げて、彼女をそう評価した。


「落ち着きなさいと言ったでしょう。まだレイシア様と別れてから一時間ほど。覗きに行くのは時期尚早ですわ」

「だってぇ」


 唇をとがらせつつ、ミリィは眉尻を下げた。


「イアンさまを疑っているわけではありません。ただ、何と言いますか……」

「分かっているわ」


 ヴィオラにももちろん、ミリィの言いたいことがわかる。

 ずっと彼女のことはそばで見てきた。あの日以来もずっと。


 それと同じく、弟であるイアンのことも、姉弟ながら理解しているつもりだ。

 でもほんの少しだけだが、ここ最近の弟に違和感を覚える。

 無理をしているような。なにか普段の彼とは違う、わずかなズレ。


(もしかして、あの子も?)


「――ラさま? ヴィオラさま?」


 ミリィに呼びかけられて、現実に意識を戻す。


 目の前でレイシア様のことを心底心配しているミリィにも、伝えるべきだろうかと悩んだが。ここは黙っておくことにした。


「何もないわ。あとで私が覗いてきてあげるから。あなたは久しぶりにのんびりお過ごしなさいな」


 カップに唇をつけつつ、「私も行きますぅ」とまた語尾が伸びきっているミリィをなだめ、幾時かの穏やかな時間を過ごした。


 それも、部屋の扉を数度叩くノック音にて中断される。

 ミリィが「どちらさま?」と問えば、扉の外から「ロイ・リールです」との返答がある。

 聞くなり、ミリィが扉に駆け寄り、ロイを招き入れた。


「ご令嬢方のお茶会を邪魔するなど、とんだ失礼を。お許しください」

「お構いなく。それより赤公閣下、警備の方はどうなりまして?」

「ぬかりなく。城の周囲には等間隔で騎士を配置しております。城内こそ護衛は一人もいませんが、不審者は中に入ることすらできませんでしょう。二人が城の外に出ても、四方八方から変装した騎士が見守る予定です」

「ご苦労さまです。さあさ、赤公閣下も、お茶をお淹れいたしましたので」


 どうぞ、と向かいの空いている席にミリィがロイを案内する。

 彼もミリィの笑顔の前に断わるのは気がひけたようで、一礼してから腰をおろした。


「うまくいっていますかね。あの二人は」


 やはり、気になる話題は皆そこらしい。

 ただ彼の場合は、少し違うことが気になっていたらしいことがこのあと知れる。


「六十歳以上が恋愛対象と豪語されていた王女殿下に、また思いきった相手をぶつけてみたものです。どうなることやら」


 その発言を聞き、ヴィオラとミリィの動きが止まったことに、「あれ、俺何か不躾なことを?」とロイが不思議そうに訊ねてきた。


(そうね。そこまでの理由は普通知らないか)


 緘口令を布いたにもかかわらず、噂はどこからか漏れだして。さらには根も葉もない嘘まで引っ提げて、広がってしまった。

 そんなレイシア様の力を忌み嫌ったためか、大国の姫でありながら、結婚適齢期になっても、婚姻の申し込みは終ぞ届かなかった。

 国外はおろか、国内からも、一つも。


「たいした意味はありませんの。ただレイシア様が、……塞ぎこんでいらっしゃる時に、とても親切にしてくださったのが、初老の方たちだった、というだけですわ」

「え?」


 本当に偶然だった。

 王宮内で、たまたま出会った初老の方たちは、レイシア様のことを穏やかな目で真っ直ぐに見つめて。なんてことはない、普通の話をしてくれただけだ。

 ただそれが、レイシア様にとって、どれほど嬉しいことだったかは想像に難くない。


 他人に目を逸らされ、話しかければ避けられ、笑いかければ逃げ出される。

 それが、まだ幼かった彼女に、いったいどれだけの傷を与えただろうか。


(もしあの時、彼らに出会うことがなかったら。想像しただけで恐ろしいわ)


 それ以来だ。レイシア様が頑なに「六十歳以上限定」と言い始めたのは。

 まるですべての闇を、自身の殻で塞いでしまうように。


「レイシア様が、卑屈にならず、真っ直ぐに育ってくださったのは、彼らのお陰ですの」


 無表情に語るヴィオラに、ミリィとロイは押し黙った。

 そんな二人の様子を見て、はっと我に返ったヴィオラは目を見開く。


「まあ、何が言いたいのかと言いますと? 意外と惚れっぽいところがあるんですのよ! レイシア様はっ!」


 ここぞとばかりに、ヴィオラは声を張り上げた。


「そりゃあもう! 惚れっぽいのなんの! 部屋の隅に置けないぐらいには、惚れっぽいお方ですわ!」

「そうなんですのよ。王女殿下ったら。この前だって、『素敵な方を見つけたの』といえば、彼の家に突撃をしかけようとするんですもの」

「ちなみにお相手は、六十七歳の現役王宮庭師! 節くれ立った指がなんとも色っぽい御仁でしたわ」

「突撃はお止めになってくださいと申しましたら、今度は『じゃあ私のお部屋ならいいの?』などと無邪気に笑顔で純粋に言うものだから。さすがの私も、王女殿下相手に拳を振り上げそうになりましたわ」


 などと、レイシア様の話を長々とロイに話せば、彼は笑顔で聞いている。

 ただその顔には「やべえ。来るとこ間違えた」としっかり感想が刻まれていた。


 そうなれば俄然燃えるのが、レイシア様大好き侍女ミリィで。

 弾丸マシンガントークは、ロイが「参った」と手を挙げるまで、永遠と続いた。


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