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恋よ、はじめまして。  作者: 夏平涼
第一部
10/54

第二章 ④/トーリア城、到着


************************************************************


 土のあぜ道から、舗装された石畳への道へ切り替わった途端。

 馬車の車輪が急に騒がしい音を立てはじめたのを合図に、レイシアは目を覚ました。


 あくびを噛み殺しつつ、ちらりとイアンの方に目を向ければ、今度は彼がカーテンの一点を見つめている。

 どうやら、あっちはずっと起きていたらしい。

 レイシアが起きたことに気がつけば、「もうすぐ到着ですよ」と教えてくれる。


 言うや否や、馬車は速度落とし、やがてぴたりと止まった。

 御者が外側から錠を外して扉を開けた拍子に、外の光が馬車の中へと入りこんでくる。


 先にイアンが降り、彼が手を差し出してくれたので、しぶしぶながらもその手を取り、地面へと足をつけた。


「わあ。このお城、本当に久しぶり」


 レイシアの目の前に広がるのは、白亜に輝く、こぢんまりとした古城。

 城といっても大きさはさほどなく、少し大きめの館ぐらい。

 仰々しい柵は控えめに、青青しい緑で周囲を囲まれた城は、まるでお伽話から出てきたよう。


 王家が所有する数ある城の中でも、レイシアのお気に入りの一つだ。


 懐かしさを感じていると、同じく馬車を降りたミリィが「王女殿下」と呼びかけてきた。


「長旅ご苦労さまでした。――楽しくお話はできましたか?」


 イアンはすでにレイシアの元を離れ、ロイと共に何やら話しこんでいるのを、横目で確認したミリィが小声で訊いてくる。


「楽しく、はなかったわ。非常に不愉快だった」

「あらまあ。でも、ちゃんとお話はできましたのね」

「そうね。話はしたわ」


 とんでもない話ばっかりを。とは言わなかったけれど。

 態度に滲みでてしまったのか。ミリィはくすくすと口元を押さえて笑う。


「実は心配していましたの。何一つ会話もなさらないまま、到着してしまうのではないか、って。でも、よかったですわ。打ち解けられたみたいで」

「全然。そんなのじゃないわ」

「ふふふ。いいではありませんか。今まで若い殿方とお話したことなんて、ほとんどなかったでしょう? 王女殿下は。早くもこの旅に来たかいがあった、というものです。一歩前進ですわ」

「そりゃ、そうだけど……」


 何かが腑に落ちないと言えば、ミリィはわかってくれるだろうか?

 すんでのところまで出かかった言葉は、ミリィの嬉しそうな笑顔で声に出すのを阻まれた。


「私、本当に嬉しいですわ。どうぞこのご縁を大事になさってくださいね」


特に言いかえす言葉も見つからず、「ささ、まいりましょう?」とミリィに先導され、そのまま城の内部へ足を踏みいれた。


*************************************************************


 城の中は驚くほど、しん、と静まり返っていた。

 人一人どころか、猫の子一匹いる気配すらしない。

 レイシアが辺りを見回し、きょろきょろしていると、「使用人は誰もおりませんわっ!」と、先に城内に入っていたヴィオラが高らかに告げる。


「お見合い合宿ですからね! お邪魔になってしまっては元も子もありませんからね!」

「ふふふ。私とヴィオラさま、ロイさまは別棟で。王女殿下とイアンさまはこちらでお過ごしになってくださいね。別棟といっても、普段は使用人たちが使っている棟ですし、中で繋がっていますからご安心を」

「それって……」


 使用人たちが住まう居住区は、普通どの城や屋敷でも目立たない隔離された場所に存在する。

 理由は至極簡単。生活感、果ては存在感を出さないため。

 ゆえに、レイシア側が意図しない限り、行き着することはないに等しい。というか、ない。ありえない。

つまり。


「え? じゃあ、同じ城内にいるのに、顔を合わせないということ?」


 さも当たり前のように、皆で一緒に過ごすと思っていたレイシアは面喰った。


「もちろんですわ! しかもそれだけじゃありません!」

「使用人がおりませんし、私たちもお側にいられませんので。とても心苦しいのですが、炊事お洗濯お掃除、すべてお二人で力を合わせて頑張ってくださいね」


 ミリィの一言に、レイシアは凍りついた。

 自分たちで自分たちのことをしなくてはいけないことに対してではなく。


(本当に、そこまでするの⁉ いくらなんでもやりすぎじゃない⁉)


 お付き合いしているわけでもない。

 結婚しているわけでもない。

 昨日今日会った人と、衣食住すべて共にするって。


 一気に顔から生気が抜けだしたレイシアに、すかさず笑顔のミリィがフォローに入る。


「大丈夫ですわ。時々、ヴィオラさまが気配を殺して、天井裏や床下などに這いつくばって監視する予定ですから。何も心配いりません」

「もしのっぴきならない不測の事態が起こりましたら、遠慮なく私の名前を叫んでください! 風よりも光よりも早く、すっ飛んで行きますわ」

「怖すぎる」


 安心させようとした心配りの結果が、思いのほかホラーだったことに、レイシアはがっくりと肩を落とした。


「失礼。お話の途中申し訳ありませんが、ご令嬢方。よろしいですか?」


 ロイがにこやかに笑いながら、こちらへと近づいてきた。

 後ろに、革張りのトランクケースを片手に持ったイアンもいる。


「俺ばかりが藍公閣下を独占していては、王女殿下に叱られてしまいそうなので。お連れいたしました」


 爽やかな笑顔で言うロイに対し、何言ってんだこいつというのがレイシアの素直な胸の内の感想である。

 そんな本心はおくびにも出さず、貴婦人らしく、にこりとほほ笑むにとどめておいた。


 目? 合わせるわけないでしょう。


「ほとんどの荷物はすでにお部屋に運びこませております。荷解きのほどは?」


 ロイがミリィに訊ねれば「すべて完了しております」との返答がある。


「部屋の場所などは、すでに藍公閣下がご存知ですから。何かありましたら彼に。それでは、お楽しみくださいませ」


 だから何をだとつっこむ間もなく、ミリィとヴィオラもロイに並び、満面の笑みで見送られてしまっては。もう逃げ道はあるはずもない。


「王女殿下、お部屋までご案内いたします」


 相変わらず無愛想なイアンが導くままに、彼の後ろをついていった。


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