序章 /虹会議にて
ーー会議は沈黙していた。
とうに五十をこえた中年の男が八人。
すでに薄くなりかけた頭を突き合わせ、円卓を前に揃って椅子に腰をかけている。
若かりし頃より、月に一度、ひどければ毎日顔を合わせてきた馴染みの面々を横目で見つつ、『こいつら老けたな』と心の中でそう呟くが、決して声には出さないなか。
口を開いたのは、薄くなった髪をなんとか中央に寄せ集め、その頭上に神々しく輝く金の冠を戴く、この国の国王ーー私、だ。
「さて、皆はどう思われるか?」
重々しく発した一言に、他の七人は押し黙った。
そう、この場にいるのは他でもない。
このエルメルト共和国の国王たる自分、並びに赤橙黄緑青藍紫に別れた七つの連邦州の知事である。
通称•虹会議。
この国で最たる権力を持つ八人が、王宮の黄金の間にて、大理石で象嵌された円卓と、それに見合う瀟洒な椅子に座り、この国の行く末を決めるといっても過言ではない議題について、真剣に話し合いをしているのである。
決して『だんだん家に居づらくなってきたから、ちょっとお茶でも飲みに行ってこようかな』と軽い気持ちで集まってきているのではない。
断じて、家を追い出されるようにして嫁から外出を勧められた中年男の悲しい集まりなんかではないのだ。
「お言葉ですが、国王陛下。……どこか具合でも悪いのではないですか?」
「む。わしはいたって健康そのものだぞ、橙の知事よ」
「それはようございました。しかし、蝶よ花よと育てられてきた王女殿下をいよいよ嫁に出すなどと、よく決意されましたな」
「しかたないではないか。青の知事よ。妃に怒られたのだ。『いいかげんにしろ』とな」
「なるほど」
知事七人が一斉に同意した。
嫁に逆らえないのは、どうやらどの家庭も同じらしい。
もし三十年前に、一国の王が妃の言にも逆らえないようなら『国王を弑逆し、我こそがこの国の頂きに立とうぞ!』と名乗りをあげた連中は数知れずいただろうが。
あいにく髪が薄くなってくるとほぼ同時に、野心も薄くなってきたらしい知事七人は、今や完全に良き相談役であり茶飲み友達である。
「それで、相手の者はいかがなさるおつもりですか?」
「黄よ、その相手がいないから、こうしてそちらに意見を乞うておるのではないか」
「なるほど」
ふたたび、沈黙が満ちた。
幾度目かの沈黙に飽きてきたので、目の前に置かれている茶を一口、口に含む。
嫁ーーつまりは王妃が笑顔で茶を淹れてくれなくなってから、いったい何年経つのかと思うと、熱くもなくぬるくもない茶が身体と心に沁みる。
各々涙で袖が濡れないうちに、赤の知事が口火を切った。
「そういえば、先日、藍の知事のご子息が、虹騎士の藍公に任命されたとか」
「ほお。それは立派ですな。虹騎士とは。相当腕が立つのでしょう」
虹騎士とは、身分に関係なく、実力だけでのし上がる、名誉ある騎士位である。
その中でも、知事と同じくして州からたった一人だけ選出される第一席の騎士は、《公》を称することを許される。
彼ら七人は国民の羨望の的であり、人気は絶大だ。
「藍よ、なぜそれを早く言わない。我が娘が、そちの義理の娘になるのは嫌か」
「めっそうもございません。ですが、我が愚息が王女殿下にお気に召していただけるかどうか……」
「なんだ、まわりくどいのは好かん。包み隠さず申すが良い」
「では僭越ながら。我が愚息は王女殿下の夫候補になるための第一条件を満たしておりません。……当たり前ですが」
「あれか」
「それです」
そりゃそうだよな、とこの場にいる全員が思ったところで。
三度、会議は沈黙した。
申し訳ない程度に生えているもみあげの毛をもて遊んでいれば。
白い歯をニカッと見せ、緑の知事が掌の上でひとつ拳を打った。
「存外、いいかもしれませんぞ!」
「なんだ、緑の。説明せよ」
「そもそも、どう考えてもあの条件には無理があります。いっそのこと、思いっきり第一条件から離れれば、むしろ新鮮で、ぽろっと落ちるやもしれません」
「うむ。一理あるな。よいぞ、緑の」
「どうせいつものような見合いでは、王女殿下の御心は動かないでしょう。そこでひとつ、妙案がございます」
ーー緑の知事が全員に呼びかけ、円卓の真ん中に寄るように示す。
わらわらと頭を寄せ合った八人の中年からは、悲しいかな、加齢臭しかしないが。
一番悲しいのは、その臭いに誰もが気づいていないことである。
ごにょごにょと緑の知事が話せば、ハゲ散らかした頭七つがうんうんと頷く。
口々に『素晴らしい』『でかした!』と褒め称え、さらに次なる案を出していく。
やがて、静かだった黄金の間にて、激しく意見が飛び交うようになった。
廊下を歩けば、女性たちの黄色い声が雨あられと降ってきた、髪ふさふさのあの頃と同じように。
だんだんとのりにのってきたハゲ達の話し合いは、そのあと一週間続いた。