ケルベロスのルルくんの場合
ルルくんはボール遊びが大好き。
綺麗なエメラルドブルーの毛をなびかせて走りながら前脚で何度もボールをつつきなから遊ぶ。
ケルベロス種は犬型種であるが、言葉を理解する能力は高い種である。
今日も担任のデーモンモン先生にボール投げをねだる。
「デーモンモン先生よ、われにボールをなげよ~ん。」
赤いボールが彼のお気に入り。
ケルベロス種の成長は早い。
赤ちゃん朝組に預けられて半年、昼組で半年を園で過ごした。
群れで成長することも多いケルベロス種の子は集団生活に馴染むのも早い優等生が多い。
デーモンモン先生が始めてルルくんを担任の月組で担当することになったころ、ルルくんはまだまだヨチヨチと歩いている程度だった。
それから半年でデーモンモン先生は彼の走る速さにもう全く追いつけない。今では平均的な園生たちがかけっこ用の園庭トラックを一周回る間にルルくんは3周回ってしまうほどだ。
「才能なのかしら?」
デーモンモン先生は上級魔族らしくまっすぐ伸びた背筋でボールを投げながら考えた。
◇
ルルくんのお父さんは魔神偵察拙攻隊のケルベロス種部隊を率いている。森林戦はケルベロス種の独壇場とも噂されていることはデーモンモン先生でも知っている。
彼らの家族を不幸が襲ったのは、前のルーリル戦役の序盤戦であった。第2魔王師団を防衛主力部隊とするルーリル魔市領で人族との軍事衝突戦が発生。
当初軍事衝突は短期小規模なものになるだろうとの魔族執行部の予想を大幅に上回って戦線は拡大していた。
当時の魔王間の連絡不備などもありルーリル防衛部隊は不利な戦いを続けていた。
5族魔王の連携の破状はのっぴきならないところまで来ていた。これに対して人族軍は各国連合軍であり、次々援軍を投入して戦線の突破を計る。
魔族軍の戦線維持は限界まじかであった。
ことここに至って第2魔王は魔神にたいしてついに『御主加護』援軍を要請。
魔神中央軍は要請に応える戦況収集を任務として魔神偵察拙攻隊に出軍命令を下した。こうしてルルくんのお父さんは魔都から遠く離れたルーリルに従軍した。
これを察知した人族ルーリル攻略軍は勇者飛空挺による「ケルベロス集落ガオーン」への新兵器火薬爆撃を実施。「ケルベロスガオーン」は劫火に包まれた。
この「ケルベロスガオーン奇襲」によりルルくんは、母と兄2匹を失った。生まれたばかりだったルルくんは偶然がかさなって留守家族でいっぴきだけ生き残った。
◇
夕暮れの保育園。
優しく力強い咆哮が子供達の騒ぎ声に混ざって響く。
「あ、わが父だ~。ちち~ちちーー。」
ルルくんが園庭を駆け出した。
ルルくんはお友達やお迎えの保護者方の間を滑るように駆け抜けていく。
保育園のお迎え門の前、4本足で力強く肩をいからせて立つルルくんお父さんに、じゃれつくように飛びついた。
ルルくんはエメラルドブルーのしっぽをぶんぶんと振り回した。
デーモンモン先生が小走りでルルくんとお父さんの場所まで向かった。
「おむかえありがとうございます。」
「デーモンモン先生お世話になっております。」
お腹を見せてじゃれつくルルくんをみっともないと前脚でしかりながら、ルルくんのお父さんは挨拶を返した。
「先月、プリントでお知らせしたように来週お遊戯発表会があります。ルルくんの御家族も是非ご参加下さい。」
デーモンモン先生は家族という表現をあえて使った。担任としての彼女なりの配慮である。
「おお、もうそんなシーズンですか。勿論、我が参加させていただきます。」
ルルくんお父さんは賢く配慮を読み取る。
「日が落ちるのも早ようなりましたな。時が流れるのは早い・・・・。」
ルルくんお父さんはルルくんをじゃれつかせながら季節の挨拶を交わす。
その横顔は子供の成長を喜んでいるが、ルル家の事情を担任として知るデーモンモン先生には寂しさをたたえても見えるのは彼女の感傷だろうか。
「それでは我らは失礼します。ルル、帰るぞ。」
軍尖鋭らしく驚くほどターンが早かった。
3本足で振り返りながら前脚を上げ下げするルルくんとお父さんの背中を、お迎え門を出てもデーモンモン先生は暫くみおくっていた。
「ケルベロス種のルルくんの成長は早いですね。」
気がつくと横に園長先生が立っている。デーモンモン先生は無言で小さく頷く。
「他の種のみなさんより、私たちが一緒にいてあげられる時間は少ないかもしれません。だからこそあなたがルルくんに教えてあげられることは多いかもしれません。」
園長先生の優しい言音が、いつかの別れを気づいているデーモンモン先生の心を励ましていた。