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蜘蛛

「それで」

 部長が蝶を平手でぶっ潰した次の日。

 僕は部室の床に正座させられていた。

「原稿は出来たのかしら?」

 僕の前には、部長が回転式の椅子に座り足を組んでいる。

 周りからはどす黒いオーラを出し、今にも僕に襲いかかってきそうである。

「原稿はですね・・・はい。

 まだです。」

「使えない男ね」

 げしっ、と僕の顔を部長が蹴る。

「なにするんですか!」

「制裁を下したまでよ。

 昨日、虫なんかにうつつをぬかして大騒ぎしてたから原稿が進まないのでしょう?自業自得よ。」

 彼女はフン、と偉そうに鼻を鳴らすと立ち上って、諦めたような目で僕を見てから、

「はい、さっさと書き始めなさい。一ヶ月しかないのだから」

 とだけ言って部室を出ていってしまった。

「・・・災難でしたね」

 部長が出ていったのを確認した美春ちゃんが、机の影から顔を出した。

「ざまぁみろだね」

 続いて顔を出した慎太の頭を借りていた図鑑の角でぶん殴る。任務完了。

「ったく部長もむちゃくちゃ言うよな・・・。

 あの騒動が無かったとしても一日で原稿は書けねぇし」

「私もまだ書けてないんですよ・・・」

 美春ちゃんが不安そうに言う。

 僕はそうか、じゃあ頑張ろう、と声をかけると、パソコンに向き合った。

 その瞬間。

 僕は絶句した。

 まるで石の様に硬直して、絶句した。

 何故なら。

 キーボードに大量の真っ黒い蜘蛛が群がっていたからである。

 キーボードが見えなくなる程大量に。

 ぞわぞわ、うじょうじょと。

「うぎゃぁぁっ!」

「どうした!?」

 僕の悲鳴に二人が慌てて駆け寄ってくる。

 そして、キーボードを見るなり、僕と同じように動かなくなった。

「うわ・・・」

「キャァァァッ!

 く、くも、蜘蛛っ!」

 美春ちゃんが真っ青な顔で叫ぶ。

 気付けば、キーボードの外にもゾワソワと蜘蛛は集まっていく。

 僕らを囲うように集まっていく。

「なぁ・・・この蜘蛛って刺したりするかな?」

「わからない。けど美春ちゃんが気絶する前に何とかしたほうが良さそうだな?」

 慎太が蜘蛛を睨む。そうしている間に蜘蛛が僕の足を這い上がってきた。

「長田クン、美春ちゃん。とりあえず部室から出るぞ」

 慎太がそう言う。僕は無言で頷いて、カタカタと震える美春ちゃんの手をとった。

「3、2、1でダッシュして出るからね。

 はい、3、2、1・・・


 走れ!」

 慎太がそう言うと共に僕達は駆け出す。足の下でグチョ、という嫌な音がした。蜘蛛を踏んでしまったのだろう。そう理解した途端に吐き気が込み上げてきた。

 美春ちゃんは半べそ状態で、今にも座り込んでしまいそうな足を必死に動かしている。

 全力で走れば、出口なんてすぐそこだ。

 僕達は部室から飛び出すと、焦りながら周りの状況を確認した。

 そして、僕はあることに気がついた。

「あれ・・・この蜘蛛

 部室から出てこられないのか?」

 そう。

 蜘蛛はまるで部室の出口に壁でもあるかのようにこちらに来ようとはしないのだ。

「と、とりあえず追っかけてはこないんですよね・・・」

 涙目の美春ちゃんがまだ小刻みに震えながらも、安堵したような顔をした。

「どうする?先生にでも言うか?」

「そうしよう」

 僕は出てこない蜘蛛を尻目に、歩きながらも考える。

 あの蜘蛛はなんだろう。

 真っ黒に塗り潰された、見たことも無いあの蜘蛛は。

 真っ黒。真っ黒な、虫。

 いや、蜘蛛は正確には虫では無くて、多足類に分類される筈だが。

 いや、違う。そこじゃない。

 僕は何か、あの蜘蛛に見覚えがある。

 一体、それがいつで、何を見たんだっけ___?


「・・・輩、長田先輩!」

「わぁっ!」

 いきなり、耳元で大きな声がした。

「ボケッとして、どうしたんですか?

 職員室に着きましたけど?」

「あぁ・・・ありがとう。」

 いつの間にか職員室についていた様で、僕は思考を考え事から現実世界に引き戻す。

 一度深呼吸して、僕は重い職員室のドアを開けた。

「失礼します、文芸部の長田優です。

 えーと・・・白流先生はいらっしゃいますか?」

 白流先生は文芸部の顧問を勤める、のんびりおじいちゃんタイプの先生のことだ。彼は呼ばれたのに気がつくと、ゆっくりと歩いてきた。

「どうしたのかね?」

「部室に蜘蛛が大量に出たんです」

 僕がそう言うと先生はなるほど、と頷いて、

「どれ、見に行こうか」

 と文芸部室に向かい始めた。僕達は行動がゆっくりな先生に合わせ、ゆっくりと歩いていく。

 ふと時計を見れば、もう五時である。原稿はやはり完成していない。

 明日も部長に怒られるだろうな、と考えて、少しため息をついた。

 いや、今はそれよりも蜘蛛のほうだ。

 部室にはまだ大量の蜘蛛がところせましと這い回っているだろう。うわ、気持ち悪い。先生が倒れたりしないだろうか。

 そんなことを考えていれば、部室は目の前である。

 僕は吐き気がしないように腹に力をこめ、もう一歩歩いた。

 そして部室の中を確認する。

 中には、身の毛もよだつ、ぞわぞわりとした蜘蛛が。

「あ、れ・・・?」

 一匹も、居なかった。

「え・・・」

 美春ちゃんが首をかしげる。

 慎太は訳がわからない、と言いたげなジェスチャーをすると、唇を結んだ。

「いないじゃないか。

 もしかして人にびっくりして逃げたんじゃないか?」

 僕達を取り囲んでいた蜘蛛が、今さら人を目の当たりにして、逃げるのか?

 あり得ない。

 寧ろ飛びかかってきそうだったのに?

「よくわからないが、また出たらいいなさい。」

 先生はニコニコと笑って、職員室に戻っていく。

 僕達は何も言えず、立ち尽くしているだけだった。

 美春ちゃんは「あれ、あれれ?」などと慌てながら部室を覗き混んだ。

「・・・あ」

 一緒に部室の中を確認した慎太が、間の抜けた声をあげる。

「どうした?

 ・・・もしかして蜘蛛が居たのか!?」

 僕がバッ、と部室に飛び込んだ瞬間。

「人を蜘蛛と間違えるなんていい度胸してるじゃない」

 そんな地の底から響いているような、恐ろしい声がした。

 それを発したのは僕の前に仁王立ちした少女、赤羽部長だった。

「・・・え、と。

 ち、違うんですっ!」

「何が違うの?

 原稿もほったらかして・・・!余程八つに裂かれたいようね!」

「うわぁーっ!」

 彼女は狂気を振り撒くと、とても人類には出せないであろうスピードで追いかけてきた。

 僕はもちろんダッシュで逃げる。

 その時に、彼女のうなじ辺りに、小さい蜘蛛が見えた、気がしたが。

 たぶん気のせいだろう。と考えて逃げることに専念した。

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