表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

姫君の安息



  †姫君の安息†




 目の前の少年はただただ、人懐っこい笑顔でチェリーを見つめる。彼女はそんなリーフを見つめ返しながら、頭の中はひどく混乱していた。

 なぜ。どうして。そんな疑問符が浮かんでは消え、浮かんでは消え。

 チェリーは震える握り拳をそっとほどき、リーフの胸へと持っていく。ぶつかる強い視線。彼女は彼の首もとのスカーフを掴み、叫んだ。


「騙したなこのエセ貴族ー!」


 喉が絞まり、リーフはぐえっとひしゃげた声をだす。


「なぁにが『初めまして姫』よ! バカにしてるの!?」

「ちょっ、落ち着けチェリー! 死ぬ死ぬ!」

「お黙り! あんたに拒否権はないわ!」

「横暴だぞ! っていうか、こんな所でそういうこと叫ぶな!」


 その指摘にチェリーはハッとし、手を放した。確かにここで騒ぎたてるのは良くない。

 姫と公爵子息が揉みあってる光景などを、城の誰かに見つかってはまずいだろう。

 チェリーは未だに咳き込んでいるリーフの手を引き、自室に向かった。



  ◇



 チェリーはベッドに座り隣をパンパンと叩いて、リーフも腰掛けるよう促す。

 リーフは少し迷ったが、早くと急かされたので仕方なく座った。


「……で、どういうことか説明してくれる?」

「お顔が恐いですよ、姫」


 明らかにからかっているその言葉に、チェリーの眉間に皺がよる。普段あのお世辞にも綺麗とは言えない口調を聞いていたせいか、違和感が拭えない。

 チェリーの怒りに気付いたリーフは、冗談だよと慌てて言った。

 彼女はまだ不機嫌な表情をしていたが、このままでは話が進まないので何とか抑える。隣に座る少年を見つめ、説明してともう一度言った。


「俺もチェリーと同じ。屋敷から脱け出して、町で遊んでたわけ。あ、でも俺はお前と違ってバレたことねぇよ」


 得意気に言うリーフに、チェリーはムッと口を尖らせる。

 確かに自分は何度も気付かれ、その度にどこかの堅物騎士に怒られているけれど。


「て、っていうか、リーフは私のこと姫って分かってたの?」

「いや、最初はただの町娘かと思った。まず格好が小汚かったし。まぁ、やけに気品があるというか高飛車だなとは思ったけど」

「……じゃあ、いつから」

「そりゃ、一応俺だってこの国の一員だからな。名前くらい知ってるし」


 偽名使えばよかった、とチェリーは後悔した。自分は少しばかり、いや、かなり姫としての自覚が足りないのだろう。

 それにしても、と彼女は隣の少年を見た。多少の名残はあるものの、同一人物とは思えないほどの変わりようである。

 纏っている服装のせいだけじゃない。雰囲気も普段の彼とは全然違う。現にチェリーはリーフと直ぐに分からなかった。


「な、なんだよ。そんなに見るなって」


 頬を赤く染め、リーフは小さく身構える。


「いや……すごい演技力だなって思ってさ。あんな馬鹿そうだったのに」

「失礼だな!」

「だから騙されたって言ってるじゃない。なにあんた、猫かぶってるの?」


 フォーリッジ公爵の前でのさわやかな笑顔、丁寧な言葉遣いを思い出す。今とはかなり態度が違う。

 チェリーの問いに、リーフはまぁなと頬をかきながら答えた。

 ――町に出かけるのは、ストレス解消かしら?

 自分の本当の性格を隠すなんて、疲れるに決まっている。他人ならまだしも、家族相手なら尚更だ。そんなことしていたら、誰だって精神が参ってしまうだろう。

 彼の心情を思い、少しばかりナーバスになる。しかしそんな彼女の気持ちを、リーフの次の言葉がガラガラに崩した。


「あ、でも家ではこんなだぜ?」


 へっ、と思わずチェリーは漏らす。しかし構わずリーフは続けた。


「だから、猫かぶってるのは偉い人の前でだけ。俺自身は普段からこんなだよ」


 それはつまり、先程の態度は王の前でだからであって。実際は、他人でも家族でも、目上の者ではないならこの少々ずさんな自然体、ということだろう。

 ――し、心配して損したわ……!

 私のセンチメンタル返せ!という言葉に、リーフはなんじゃそりゃ、と肩をすくめた。

 それにチェリーは更に不機嫌になるが、あることに気付き、みるみるうちに笑顔へと変わる。分かりやすいそれに、リーフは首を傾げた。


「ふふ、だって、相手がリーフって分かったなら安心だもの。私、まだ結婚したくないのよね。っていうか、決められた結婚が嫌なの。どうやって断ろうか悩んでいたところだけど、リーフなら簡単」


 スラスラと弁舌爽やかに話すチェリーは、リーフの眉間にしわが寄せられていることに気付かない。


「二人でお父様と公爵を説得すればきっと納得してくれるわ。リーフだって、こんな形の婚姻は嫌でしょ?」


 同意を求めるというよりは、YESが前提である言い方。リーフは目を細め、ベッドにつけていた右手をゆっくりとあげた。

 警戒心のないチェリーはそれに気付いても、動かない。やがてその手は彼女の薄紅色の頬にそえられる。


「俺は、相手がお前なら」


 吐息混じりの声。絡む若草色と空色の視線。



「リーフ……?」



 そして彼の左手も、彼女の頬へと移動して。二人の距離は、わずか5センチ。




  ◇



 ブリーズは焦っていた。なぜもっと早く気付かなかったのだろうと自身を責めたが、既に後悔先に立たずである。

 ――見覚えはあったんだ。ただ、服装と言葉遣いのせいで見抜けなかった。

 小さく舌打ちしながら頭に浮かべるのは、空色の瞳の少年。町で姫君といた、見た目は一般庶民の。リーフ。そう、リーフ=エア。貴族ならば、エアの名を知らぬ者はいない。王族にさえ劣らない、高等貴族なのだ。

 ――だから余計に、信じられない。公爵子息ともあろう者がなぜ……。

 疑問と焦りを感じながら、ブリーズは広い廊下を大股で歩く。行く先は、我が姫の部屋。


 扉の前まで着き、しかし彼はそのノブに手をかけることを躊躇っていた。自分は何に対して焦り、苛立っているのだろうと。

 開けるべきではないかもしれない。たかが護衛が口出しすることではないのだ。

 だが、そんな彼の考えは吹き飛ぶ。


「や、やだリーフ……!」


 その声が耳に届いた瞬間、ブリーズは勢いよく扉を押し開いた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ