8話 とりあえず実力を測ろう
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「こんにちは、今日はどのようなご用件で」
「すみませんが、訓練所は使えますか」
ここは冒険者ギルド・アルメリア支部ギルドホール。ここで俺は訓練所の使用許可をもらおうとした。
訓練所。それは冒険者ギルドに所属する人ならば誰でも使用許可が取れるもので、様々な武器を借りて練習することができ、複数人で模擬戦を行うこともできる施設だ。冒険者になりたての新人がここで講習を受けたり、武器を新調した冒険者がここで素振りしていたりする。そんな場所だ。
「はい、大丈夫ですよ。ギルドカードを提示してください」
「はい」
この訓練所はギルドカードを提示して許可をもらわないと使うことができない。これは以前冒険者になってもいない兵士の一団が勝手に訓練所を使って事故を起こしたからだそうだ。それ以来、ギルドカードを使って管理している。
「それではこちらの木札をお持ちください。使用が終わりましたら、こちらへ返却ください」
「あっと、それと奴隷も一緒だけど、いいよね」
「えぇ、問題ありません」
「それじゃあ。クロエ、行くよ」
俺は受付嬢に礼を言い、クロエを連れて訓練所へ向かった。
ギルドホールからちょっと歩いた先にある訓練所。まだ朝なせいか誰もいない。訓練所にたどり着いた俺は早速クロエに合う武器を探した。あまり筋力はないから軽い武器がいいよな。となると、短剣か投擲武器か。投擲武器というのは、例えばパチンコのようなもので、石礫を弾として紐を引っ張ってその反動で撃ち出す武器のことだ。非力ならば弓でもいいんだが、弓は使い慣れていないと意味がない。即戦力を考えているクロエには弓は少々相性が悪い。いずれ余裕があれば使わせてみよう。
俺はひとまず木でできた短剣と投擲武器を持って、辺りを見渡しているクロエの元へ戻った。どうやらクロエはこの広々とした空間に驚いているらしい。なにせ冒険者でなければ見たこともない場所だからな。わからなくもない。
「クロエ、とりあえず短剣か投擲武器を使ってみろ」
「うん」
クロエが先に手を取ったのは短剣だった。俺は短剣をにぎにぎしているクロエに素振りするように言った。とりあえず使えなくはないみたい。一番扱いが簡単な武器だもんな。使えなくては困る。
貴族の嗜みで剣の扱いはとりあえずというところまで習ったレオンの知識を活かして、クロエの剣捌きを指導する。なかなかに筋がいい。いずれちゃんとした短剣使いの指導を受けさせたいところだな。元々の才覚に加え、『屍食鬼の眷属』として強化された肉体だからこそかなり動けるようになっている。敏捷力が高いだけの割がある。これは暗殺者スタイルで決まりかな。ちゃんとした装備を持たせれば冒険者として一緒に戦えるぐらいだ。
短剣を一先ず振らせた後は、訓練所に用意されている案山子に向かって振るうように指示した。素振りだけでは肝心の敵を切った時の感触がわからない。だからこその案山子だった。
ざくりざくりと小気味いい音が聞こえてくる。クロエの息も上がってきて、なかなかにいい訓練になっている。
十分短剣を使わせた後は、休憩を挿んで今度は投擲武器の練習をさせた。初めはしっちゃかめっちゃかに弾を飛ばしていたクロエだったが、次第に扱いを覚えて思った方向へ飛ばせるようになった。
短剣と投擲武器はクロエに合っていたらしい。試しに普通の木刀を持たせてみたところ上手く振るうことができなかった。まぁ短剣と投擲武器が使えるようになっただけでも収穫だ。
だいぶ時間が経ち、訓練所にもちらほらと冒険者が増えた頃。俺たちは借りていた武器を返却し、訓練所を後にした。他の冒険者たちが俺たちのことを見ていた気がするが、まぁ大したことではないだろう。なにせ奴隷に武器の扱いを練習させるのは珍しいことではない。だから気にすることはないのだが……何事もなければいいな。
冒険者ギルドを後にした俺たちは、クロエの装備をどうにかするために近くの武器屋へ足を運んだ。冒険者ギルド公認の安心と信頼のお店を選んだ。
「へい、いらっしゃい」
「邪魔するよ、この奴隷に使わせる短剣と投擲武器を買いに来た」
「そうかい、それじゃあまずその嬢ちゃんの手を見せてくれ」
奴隷に対しても対応を変えない、さすがはギルド公認と言ったところか。この無骨なドワーフの主人の評価をちょっと上げつつ、クロエに合った武器を選んでもらった。投擲武器はあまり置いていないらしくあっさりと決まり、木製の簡素なパチンコになった。弾はそこらへんに転がっている石礫でいいみたいだ。
「ふむ、思ったより力があるな。それじゃあこの短剣はどうだ?短剣にしてはちょっとばかし重めだが、切れ味はいいぞ」
ドワーフの主人が出してきた短剣はクロエでも振れそうな長さの鈍色に光る短剣だった。握り柄は黒塗りの鮫革で覆われていて持っていても滑りにくそうだ。刃はギラリと光るなかなかに鋭いものだった。
「初心者にも扱える程度でよりいいのを選んだんだが、どうだ?」
「クロエ、どうだ?」
「うん、ちゃんと振れる」
「そうか、それじゃあこれください」
「へい、毎度あり。銀貨15枚、といいたいが嬢ちゃんの未来に免じて投擲武器と合わせて12枚としておこう」
「いいのか?」
「あぁ、この嬢ちゃんならちゃんと使ってくれそうだからな」
「うん、ちゃんと使う」
「だから、だ。あとこれからも贔屓にしてくれよな」
「あぁ、贔屓にさせてもらうよ」
俺は買った短剣と投擲武器を大事そうに持つクロエを連れて武器屋を後にした。店棚に魔力強化できる魔術師用の杖も置いてあったからいざとなったらここで買ってもいいな。
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今度は隣の防具屋へ。ここも冒険者ギルドお墨付きのところだ。武器ほどではないが、命に係わるものなのでそこそこの時間をかけてクロエの防具を買い揃えた。身軽さを売りにするクロエに合う防具はノータリンリザードの革を使った要所要所のみを覆った軽鎧にした。占めて銀貨7枚。武器より安いがそこそこ高い。おかげで財布はすっからかんだ。やばい、金稼ぎするために金が尽きるとかシャレにならない。今日少しでもギルドの依頼を受けて今日の金だけでも稼がないと。
一端の冒険者の姿になったクロエはなんだか嬉しげな表情を浮かべている。血なまぐさくなるものを貰って、そんなに嬉しいのだろうか。ちょっとよくわからん。
そのまま俺たちは冒険者ギルドへ舞い戻り、いくつもの依頼が貼ってあるボードの前に行った。本来なら依頼を複数受けることはできないが、ギルド長が直接依頼したものに関してはその例外となる。ギルド長からの依頼の期限が一週間なのはそれも含めての期限なのだろう。
何かいいのがないかなと探していたら、ちょうどいいのがあった。
ゴブリン討伐依頼。ゴブリンとは、よくファンタジー作品の中に登場するアレで、身長1メルト(約1m)の緑色の小太りの亜人だ。手先は魔物の中では器用な方に入り、よく自作した斧や槍を持っている。ゴブリンの繁殖力は高く、人系(人間や亜人、魔物の亜人)であれば誰でもでも繁殖できるという性質を持ち、よく群れている。そんなゴブリンのランクはEだ。初めてのクロエにはちょうどいいだろう。何かあっても俺がサポートに入ればいいし、何しろ魔法の使い方をおさらいするにはちょうどいい。
「よしこれにしよう」
「ゴブリン?」
「あぁ、これぐらいならちょうどいいだろう?」
「……ゴブリンは、時々スラムに来る。勝手にもの奪っていく。だから嫌い」
「といってもねぇ……今のクロエなら簡単に倒せるよ」
「そう?」
「うん」
「わかった、頑張る」
クロエを説き伏せて俺はカウンターにてゴブリン討伐の依頼を受けた。にしても、ゴブリンって人間の街に来て強奪するんだな……ちょっと意外だな。もっと知能がないかと思っていたらそうでもなかったみたいだ。用心しておこう。
俺とクロエは依頼書の控えを手に、ゴブリンのいる『黒き森』へ向かった。この『黒き森』は、関門都市アルメリアから北東に10キラルほど行った先にある広大な森だ。鬱蒼とした木々に溢れ、中には多種多様の魔物に溢れている。森の入り口には初心者冒険者が相手できるような魔物が、奥に行けば奥に行くほどより強い魔物が現れる。森の中心には濃密な魔力溜まりがあり、そこには悪魔が住み着いていると言われている。あくまで噂でしかないが、悪魔である俺からすればあながち本当なのかもしれないと思う。
そんな『黒き森』の入り口に俺とクロエは立っていた。まだ見ぬ森の魔物に興奮と恐怖がないまぜになった表情を浮かべながら、気丈に立つ姿は美しさを兼ね備えていた。贔屓目かもしれないが、戦乙女のような姿がそこにあった。思わず見惚れてしまいそうになるのをなんとか抑えながら、俺はぐっと森の中へ目を凝らした。見える範囲では魔物の姿はない。
「さて、と。ここからは魔物が跋扈する『黒き森』だ。今度俺と一緒に冒険者家業を手伝ってもらうためにもここで魔物との戦闘や探索の仕方、周辺の警戒を身に着けてもらいたい。何も最初からできるとは思っていないが、いずれはちゃんとものにしてもらうからな」
「わかった、主人」
やる気を見せるクロエに、俺も頑張らないとなと思った。
森に入った俺たちはゴブリンを探して道なき道を進む。俺は風魔法の『空間把握』という自分を中心とした円内の様子を探る索敵系魔法を使いながら一歩一歩確かに足を進める。この『空間把握』だが、なかなかに難しい。原理的には風を飛ばしてその風が跳ね返ってくるのを感知して敵の位置を割り出すという一種のソナーであるが、如何せん風でそれを行っているため精度がよくない。やっぱり音でやった方がいいかな。レオンの持つ魔法では風か地面の振動でしか探知はできないが、ちょっとここは改良する余地があるかな。この世界の魔法は、魔力による現象の改変及び物体の生成とかなり自由度を持った技術であるが、それらは体系化され人々に広く知れるようになっている。魔力を魔法にする過程で呪文を用いるが、それらは魔法の形態と同じく体系化されこの魔法にはこの呪文を、というように形式的に定められている。これは魔法が技術として深く根付いている世界だからこその、研究の成果であり、効率化された証である。つまり何が言いたいかと言えば、使い勝手が悪いからと言って魔法を改良しようにも、あくまでその魔法は研究に研究を重ねて出来上がった代物で、迂闊に手を出せば消費魔力の増大化や魔法効果の縮小化ないし暴走化が発生しかねない。そこのところは念入りに慎重に行う必要がある。今のところはこの『空間把握』に頼るほかないだろうという話だ。
クロエは最初は周囲を必要以上に警戒していたが、すぐに要領を覚えて周囲の索敵を無理なく行えている。俺の『空間把握』も合わせればまず問題はないだろう。
そうしてぼちぼち歩くこと30分後。
ようやく視界の端に何やら蠢く魔物がいた。
それはゴブリンの群れだった。