第7話 改革⑭
《side:劉夜》
初めの内は攻撃が当たってたんだが、姫さん達は慣れてきたのか段々躱す様になってきた。
流石に操られているとはいえ完全に操られている訳ではなく、半分理性が残っているらしいし。
相手が冷静に戻り、回避に徹されたら当たらないのは当たり前っちゃあ当たり前か…。
更にこっちは二対一っていう状況。
一応個々の能力は俺より下なんだが、人数が多ければ不利になる。
俺としては格下複数よりも同等あるいは格上が一人相手の方が戦いやすいと思う。
複数だと連携組まれたり手数が増えたりするもんだからやり辛くなるしな。
まぁ…神とか天使とかの例外はいるけどさ。
さて、俺の攻撃はさっきにも益して当たらない。
姫さん達の体はそろそろガタが来る頃だと思うんだが…そんな傾向が一切見られない。
いっその事闇もどきで【かめはめ波】でも打つか…?
「兄さん来たよ」
「ん? 手がウジャウジャそっちに向かってたけど大丈夫だったのか?」
んーどうしたもんだか…と思考を巡らせながら攻防していると、背後から声が掛けられた。
声からして璃音だというのは分かるが、此処に来るまであのウネウネ集団がいた筈だ…絶賛増量サービス中の。
「あれ…」
思わず横目で見ると…何かに引掛かって消滅している手があった。
…きもっ…姫さん達の方で良かった…」
「…何か言ったかな、兄さん?」
「き、気のせいだ、多分な!」
やべっ、思考が漏れていたか。
睨まれた…怖えぇ…。(汗)
ってそんな事言ってる場合じゃなかった。
璃音がこっちに来たって事はあの手は相手にしなくても良くなったんだな。
…ふぅ、これで二対二になったか。
俺は軽く息を吐いて深呼吸をする。
『…行くぞ、璃音』
『はいはい、兄さん』
念話による返事を聞いたと同時に駆け出す。
俺はそのまま姫さん達に突っ込む様に全力で駆け、先ずは王妃さんに向かって回し蹴り。
王妃さんがバックステップを踏んだのを気配が離れた事で感じながら、目視では確認せずに今度は姫さんにそのまま踏み込んで一閃。
まさか続けて行動するとは思わなかったのか、姫さんは口元を引き攣らせながら半歩下がって回避しようとしたが、反応が遅れた為間に合わない。
姫さんは咄嗟に鞭を両手で硬く持ち、俺の剣を受け止めた。
ミシミシと撓る鞭の音が聞こえるが、俺の体重を乗せた剣は一向に押し切れない。
…ってちょっと待て、何故受け止めているんだ?
さっきまで無理だった筈…っ!!!
姫さんは埒が明かないと判断したのか俺の腹目掛けて膝蹴りをしてきた。
即座に体が反応し、回避しようと半歩ずれる。
膝蹴りが空振りした事により、足元ががら空き状態になり、姫さんは隙だらけになる。
チャンスだと思った俺は、鞭と拮抗していた剣を一時的に消失させ、膝から力を抜いて姿勢を低くする。
左手で地面(?)に触れ、体を支えながら開いたがら空きの足元に向かって足払いを繰り出した。
「っきゃぁ!?」
姫さんは縺れながらそのまま横にバランスを崩して倒れ込む。
その隙に消失させた剣を再び出現させ掲げる。
「じゃあな、幽閉ライフまで暫く眠っててくれ」
剣を勢い良く突き刺す。
姫さんは暫く暴れていたが、徐々に抵抗せず目を閉じた。
…ふぅ~先ずは一人目終了、と。
姫さんを亜空間内に適当に放り込む。
亜空間内には例の闇もどきを充満させてあるから早々簡単には身動きが出来ない筈だ。
その分空間維持が難しくなってサイズが小さくなってしまったっぽいが…別にいっか。
ん?人間の扱いじゃない?
…え、気のせいじゃね?
『璃音ーこっち終わったぞー』
念話を送りながら璃音の方に駆けつける。
『奇遇だね、僕も丁度終わった所だよ』
璃音は喜色満面で振り向いたが…手は白い短刀を逆手に持ち、王妃さんの心臓部に深く刺していた所だった。
…笑顔の意味が分からん。
璃音は直ぐに刀を抜くと、俺と同じく亜空間に投げ入れる。
え、扱いg(以下略)
王妃さんが亜空間に消え去った瞬間、周囲の景色が割れる様な音とともに変化する。
次の瞬間には薄暗い回廊に立っていた。
「ふぅ…貴重な体験をしたねー」
「そうだな…って何暢気な事言ってるんだよ!? 巻き込まれた身にもなってみろよ…」
璃音の何処吹く風な涼しい笑顔を見てると起こる気も失せてきた…。
まぁ、ツッコんでもキレても綺麗に躱されるのがオチだから意味無いんだが…。
ふぅ、と溜息を吐きながら、思考を別の物に切り替えようと髪をクシャリと掻き揚げる。
そういえば、人って素人でも改造されると強くなるもんなんだな。
元の世界で戦ってた暗殺集団(父さん曰く実は下級天使)以上に強いとか…。
…ん?
天使改造したらどうなるんだ?
………まずくないか?
「ルー兄っ!!」
向こうの曲がり角から複数の足音が聞こえて来たと思ったら、良く見慣れたメンバーが慌てた形相で走ってきた。
俺を見て首を傾げ、璃音の顔を見てほっとした表情をする一同。
澪羽は泣きそうな顔で璃音に飛びつき、それを嬉しそうな表情で抱きしめる璃音。
………。
…何だろう、何か悔しい。
「何故劉夜は此処にいるんだ?」
「璃音に道連れにされた」
「…そ、それは災難だったな」
俺がやや遠い目をしながらぼやく様に返すと、ヴァルが引き攣った笑みを浮かべた。
溜息を吐いていると、視界の端に誰かを探しているのかキョロキョロしている母さんが映った。
「ねぇ劉くん、焔ちゃん達は何処にいるのかしら? 一緒に行動してるはずじゃなかったの?」
「焔と水簾は仲良く姉弟喧嘩中」
「あらら…それなら仕方ないわね」
母さんが苦笑してるんだが…日常茶飯事なのか?
「まぁ、二人は放っておいても大丈夫でしょう。
とにかく劉くんと璃っくんが無事で良かったわ。 王族は後は王様だけだし早く終わらせちゃいましょう?」
そうだな、と母さんの言葉に頷いた俺達一同は城の中央・最上部に向かう事になったのだった。
…が、直ぐにそれは不可能になってしまう。
「…おいおい、嘘だろ…」
俺が思わず呟いた声が、妙に大きく聞こえるぐらい誰一人声を発していない。
母さん達が来た回廊を進んで行ったのだが…曲がり角から先がそっくりそのままなくなっていたのだからな。
…如何進めと?
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―
《no side》
城外の人気が皆無の迷路の様な庭園を深緑色のローブを着た男が歩いていた。
何か目的地でもあるのか、迷う事も無く進んでいく。
「待て」
低い、抑揚を抑えた声が響いた。
ローブの男は驚きもせず振り返る。
先程まで誰もいなかった筈の背後には、黒い外套を羽織った人がいた。
先程の声、長身な体躯から察するに、男だというのが分かる。
「アイツはオレが殺る筈だった…何故邪魔をした」
彼の全身からは抑え切れずに溢れた殺気が辺りを漂い、壁の様に聳え立つ木々の生命力を蝕み、次々に枯木へと変えた。
外套の男の殺気に当てられているのだが、ローブの男はそんな事は苦にもしていないのか、口角を上げながら、さも愉快そうに忍び笑いをする。
「そんなの…貴方の反応が愉しいからに決まってるじゃないですか」
外套の男は沈黙したままローブの男が話を変えるまで微動だにしなかった。
「それより…貴方口調を元に戻したんですか? あの胡散臭いものから」
「……ほぉ、君はこっちの方が好みなのかい?
ボクは君の前で猫被るのは今更かなーって思ったんだけどなー」
それまで動かなかった外套の男は、急に雰囲気を変えて口を開く。
口調と雰囲気は変わっていたが、未だ尚木々の枯凋の侵食が止まっていない。
相手を射殺そうとしているのは一目瞭然だった。
「…いいえ、気持ち悪いので止めて下さい」
「そうか」
ローブの男は心底気持ち悪そうに眉間に皺を寄せながら呻く。
直ぐに外套の男の声は元の淡々としたものに戻った。
「…貴方といると、調子が狂います。
ともかく目的を達成しましたので私は帰還させて頂きますよ」
まだやる事がありますので、と早口で告げたローブの男は、踵を返して庭園を後にしようとする。
「…お前は本当に」
「ええ、私にも目的がありまして」
外套の男が立ち去ろうとしているローブの男に声をかけたが、言い終わる前に相手は言葉を遮った。
ローブの男は立ち止まり、振り返らずに口を開く。
「あの方の為ならば何でもしますよ、私は。
だから───」
ローブの男は左手をすっと横に上げて…掌を握り締めた。
「貴方が此方側に来ない限り、私は貴方の敵ですよ、ルシフェル」
相手が音も無く消え去った後、外套の男はフードに隠れた闇色の双眼を、ローブの男の握り締めた掌の延長先に向ける。
そこには、聳え立つ様に存在していた煌びやかな城が、忽然と消滅していたのだった。




