お願い
書斎の扉の前に、見張りらしき男性が立っている。
男性はこちらを覗き込んで、「変な気は起こすなよ。ここにある書物を書き写す事や、持ち出すことは禁止されている。なるべく口外もしない事だ。ここの内容が知れ渡ってしまえば村人達は混乱するだろう。そうなれば、儀式が失敗する率が高くなる。この村を滅ぼしたくないなら、黙っておくのが懸命だ。」
「・・・・・・ねえ、イツキ・・・・・・あの人、どこ見てるのかな。」
「・・・・・・人じゃねえだろ。どっか遠く見てるな。」
イツキは、書物から顔を上げてから、またすぐに書物に目を戻してしまった。
イツキにも見えるって事は、敵なのだろうか?
でも、私達を攻撃しようとする素振りは見せていない。
「この村を滅ぼしたくないならって言ったけど・・・・・・もう滅んでるよね?見張りさんの記憶というか・・・・・・この村の人たちは、儀式が失敗して、美弥子ちゃんと美弥子ちゃんのお父さんがこの村から逃げ出す前くらいで止まってるのかな?」
「さあな。」
「私達の声、聞こえてるのかな?」
「聞こえてねぇだろ。」
「私達のこと、見えてるのかな?」
「さあな。監視してるって事は見えてはいるんじゃねえの?」
私は兵士の前まで行くと、書斎の中から手を振ってみた。
何の反応もなく、霊の焦点は虚ろに遠くを見たままだ。
「・・・・・・見えてないみたいだよ?何のためにいるんだろう。イツキが見えるんだから、敵になりえる霊のはずだし・・・・・・。」
「今は無害ならそれでいいだろ。お前は捜せよ・・・・・・えっと・・・・・・儀式が失敗したらどうなるのかっての。俺は儀式が失敗したあと、この村がどうなったのか調べとくから。」
「ああ、うん・・・・・・。」
沢山の書物を手にして、ようやく儀式がどのように行われるかがわかった。
どうやら儀式は、それなりの血筋があるものから選ばれるらしい。
最初の始まりは、耶麻十重、黒尾口授、千尾狐、端野巫女という霊感のものすごく強い集団?から選ばれたものらしい。
名前の由来はまったく持ってわからないが、この村は中でも端野巫女の風習を受け継いでいたらしい。
端野巫女の中でも、盛末、風谷、秦という三家は、霊感が強く、端野巫女という名からも想像がつくとおり、女性陣が特に強い霊感をもっていたらしい。
だが、女性は、嫁ぎ、名がかわる。
名が変わってもその血は受け継がれる。
その血を受け継いでいる中で、くじ引きが行われ、儀式の贄は公平に選ばれるらしい。
儀式が無事に終われば、厄災は避けられるのだとか・・・・・・だが、失敗すれば、今まで巫女達の力で押さえられていた悪霊達がたちまち村に広がり、厄災を起こすのだという。
チャンスは三回ある。
その事をこの村では「仏の顔も三度まで」と言い、4を忌み嫌い、失敗が3度以上続くことをどこの村よりも恐れたらしい。
多分、こうして儀式が失敗しても次の儀式あたりで成功させていたのだろう。
「わかったぞ、リコ・・・・・・この村は、儀式に捧げる贄がいなくなったから、悪霊があふれだしてきたらしい。そんで、別の贄を用意すべく、すぐさまクジが引かれたが、告げた一家の名前意外の贄を捧げると、ぶちギレてさらに厄災が増したらしい。」
「贄となれるのは、その一家の母親、娘一人と父親・・・・・・上の娘たちがといついでいたら、まだ嫁いでいない娘、あるいは一番末の娘が贄となる。ただし、娘が贄になるのは一度きり。何人も娘がいたとしても、そう何度も娘を贄にすることはできない。だから、「仏の顔も三度まで」と言って村人達は4をどこよりも恐れた。3度以上の失敗は、本当に死に繋がるとして。」
私も私が読んだことを伝えた。
どうやら、この村人達は皆霊感が強く、悪霊により滅ぼされたらしい。
「はあぁ・・・・・・しかし、これで端野巫女ねぇ?よく読めたな。これは普通端野巫女って読むだろ。」
「ああ、それは・・・・・・読み方が書いてあったんだよ・・・・・・えっと、確か普通の本でいう、目次みたいなのが書いてあるページに。」
「普通に最初の見開きページと言えよ・・・・・・。」
「いいじゃん、通じたなら・・・・・・。」
私がむくれていることを気にも止めずに、見開きにイツキは目を落とした。
「はぁああ!?耶麻十重!?黒尾口授!?千尾狐!?端野巫女!?なんだよ、これ!?どういう意味があって、どうしてこんな名前がついた!?」「名前の由来なんか知らないけど、この村の端野巫女の関係では盛末、風谷、秦っていう家系が強かったみたいだよ。」
「・・・・・・はぁ、そうかそうか。そういや、いいもん見つけたぜ。村の全体地図だ。」
見せてもらうと、地図には三家の名前が楔となる儀式場を取り巻くように建築されていた。
三角でも丸でもなんでもいいが、その三家は楔と一定の距離を置いて立っているので、やはり儀式などにも関係しているのではないだろうか?
だとすれば、ここの次に行くのは、この三家なのかもしれない。
「この家を一週したら、次は、この三家だね。」
「あぁ?めんどくせぇ・・・・・・。」
そういってイツキが書斎を出ると、見張っていた幽霊が「まて。お主の懐に入れているものは何だ?」とこちらを呼び止めた。
見えているのか見えていないのか、まるでわからない。
「何って・・・・・・地・・・・・・図・・・・・・?」
イツキが胸ポケットを触ってから青ざめた。
「曲者!目の前で堂々と盗むとは、この当五郎が成敗してくれる!」
その人は、鞘から剣を抜き取ると、ビッとイツキに向けた。
「ちくしょう!こういう事かよ!別に本を盗んだわけじゃねえし、これからこの村を救ってやるんだからいいじゃねぇか!」
二人で倒せば敵も簡単に倒すことができた。
ふわりと目の前に何かが通っていった。
柔らかな光の・・・人魂?
なんとなくついていくと、一つの部屋にたどり着き、開かれた長老の日記を見ることができた。
「三度与えられた機会で、儀式が失敗することなどなかった。大体は一度失敗しても二度目で難を逃れてきたというのに、死に直面したあの父親は、あろうことか逃げ出した。こんなケース、初めてだ。やはり盛末の一番力が弱いものとは家、異村の者と婚約させたのが悪かった。母は、この村のしきたり通り贄となったのに、父が子を連れて逃げるとは、なんとも嘆かわしい。早急に新しい贄を用意せねばならぬかもしれない。新しい贄で満足していただけたら幸いなのだが、何せこんなことは初めてだ。儀式がうまくいくかすらもわからなくなった。ああ、あの美弥子とかいう少女一人が戻ればこの村は、救われるものの・・・あの少女もこの村を捨てた。父についていくと決めた時から、この村の友を捨てたのだ。」
・・・・・・ずいぶんと勝手な内容の日記だ。
そうか、美弥子ちゃんのお父さんは、別の村の人間だったから、ここの風習はおかしいと気付いて逃げ出したのだ。
美弥子ちゃんを殺さず、生かすために。
でも、今までの人達は、贄、儀式、楔といったこれらの風習が当たり前だった。
だから逃げ出すことすらしなかったのだ。
そして、お母さんは、三家の中の盛末の人間で、盛末家の中では一番霊感が弱かったらしい。
長老の日記の下の方に小さく何かが書いてある。
「異村の物とはいえ、あの父親の出身も秦家のものであったはず・・・・・・なぜ、逃げ出した。名汚しめ・・・・・・。」
目を凝らさなければ読めなかったが、なんとか読めた。
・・・・・・あのお父さんも、端野巫女の人間で、さらには三家の秦家の血をついでいたのだろうか?
にしては、美弥子ちゃんみたいに霊を気にする素振りはあまり見せなかった。
いや、霊の存在を全否定していたようにすら思う。
何も見えない人間と、なんら変わらない霊感の持ち主だったのかもしれない。
わざわざ異村にいるというところからして、あまり束縛のない昔の末っ子あたりに見られる傾向があの父親にも見られる。
縛りがなかったのだろう。
そのまま人魂は、私が持っていた美弥子ちゃんお手製の地図に飛び込んできて、美弥子ちゃんの“おうち”と書いてある真上を照らした。
「行けって事なの・・・・・・?」
私が考えている目の前で、人魂は弾けとび、パラパラと光の粉になって消えた。
「何してんだよ?」
イツキが呆れながらこちらを見ていた。
あの人魂は、イツキには見えなかったのかもしれない。
「美弥子ちゃんの家に、いけってお告げを受けてた。」
「は?お告げ?」
「行こう、イツキ。美弥子ちゃんの家に何かあるんだ。」
「はいはい、どうせリコはナビゲーターですよー、俺はリコがいなければどこに行けばいいのかなんてわかりませんよーっと。なんでリコには良い霊が見えるんだよ?ずりーだろ。」
「バカなこと言わないでよ・・・・・・私はイツキみたいに強くないからすぐに強い悪霊に乗っ取られたり、感情揺すぶられたりしちゃうんだから・・・・・・私はイツキがいなきゃすぐに死んでたよ。壁に取り込まれそうになったときは、本当にこりゃないって!って思ったもん。壁の中で生きる方法なんか、私、知らないよ?」
「そんなの知ってる奴いねぇだろ。」
長老の家を出て、美弥子ちゃんの地図と、イツキが持っている地図を照らし合わせながら道を歩いた。
鈴がコロンと鳴った。
今までとは違う、濁ったような音だった。
私はすぐにイツキと共に物陰に身をひそめると、様子を伺った。
たくさんの幽霊が、私たちが歩いていた大通りを徘徊していた。
みんなしてどこに向かっているのだろう?
向いている先に存在する大きな建物と言えば、秦家と、盛末家くらいだ。
長老の家は霊達の進行方向向かって左だし、風谷家は、進行方向から真逆と言ってもいい。
自分たち霊が眠るとされるお墓がある場所は、進行方向向かって右の長い橋を渡った場所。
楔となる儀式場は、ここまでくる間にすでに通り抜けてきているはずだ。
本当にどこへ向かうのだろう?
向こうにばかり気を取られていたせいか、チリンと鳴った鈴に寒気を感じたのは言うまでもなく、敵の出現だった。
目の前に敵が迫って来ていたのだ。
壁だからと安心していた私が迂闊だった。
幽霊に壁は関係ない。
するりと壁を擦り抜け、私達の前に立っていたのだ。
「うおあっ!!?」
「きゃぁぁああああああ!?」
イツキが反射的にその霊を切ったが、私が驚いた反動で思いっきり叫んだせいで、今まで真っ直ぐしか見ていなかった霊がこちらを向き、襲い掛かってきた。
血を流している子供に、足を引きずる男、首が曲がった女に、両手がない男、松明を持った男女に、棒を持っている男女、首がない霊、目が無い霊、とにかく様々だが、相手の数が多すぎる。
「うそでしょぉおおおお!?こんなのこっち側の不利だよ!こっちは、二人しかいないんだからね!?リンチとか、マジなんなの!?やめて!こっち来ないで!やめろっつってんでしょ!足つかむな!くそガキ!札貼りつけるぞ!」
暴言を吐きながら私は次々に札を貼りつけていった。
厄介な事に、札一枚で倒せるのは、無垢そうな子供と、火の玉程度であとは一枚以上は確実に貼りつけなくてはならなかった。
札を貼りつけるさい、伸ばした手を霊につかまれると、私は高速パニックに陥って、札の束で霊の顔と思われる部分をひっぱたいたり、いきなり走りだしたりした。
「リコ!逆ギレはわかったから、もう少し静かに戦えないのか!?こっちが集中できねぇよ!」
「無茶言うなぁあぁああああ!イツキはこんな強くてグロテスクな霊と戦い慣れてるかもしれないよ!?でも私は戦い慣れてないどころか、この前一回戦ったくらいの経験しかないんだよ!?うわっ!近寄んな!首なし男!あんた頭ないのにどうやってこっちの位置情報割り出してんの!?そこの足ひきづってる人もひきづってるくせに足が早すぎんだよ!うわわっ!ちょ、ま、両手がないから何!?手がぁああ、何!?だから何!?なんなの!?私の手をよこせてきなそんな感じなの!?ちょ、本当に集団リンチー!棒とか振り回さないでよ!ちょ、松明振り回すな!ばか!私は霊に生命力削られたりしないけど、棒で叩かれたらさすがに痛い!痛いし、怪我する!火傷の跡とか出来てそれ残ったらどうしてくれんの!?もうお嫁にいけない!」
「リコッ!その実況プレイみたいなのやめろ!吹き出すだろ!?」
「実況プレイ!?こっちはまじなんだよ!そんなに実況プレイが見たいならさっさと帰ってパソコンなりなんなりして動画検索でもしてたら!?」
「俺だってできるなら早くこんな所から抜け出してーよ!」
「そもそもさ!?なんでイツキはそんな冷静なのよ!?こんなリンチあって冷静でいられる!?普通っ!だから、松明ふりわすなゆってんだろ!くそアマが!」
「ひでぇ物言いだな・・・・・・俺だって内心こええよ!びびってる!いつまでたっても戦闘は慣れねぇよ!特に相手が複数でそれなりにつよけりゃな!だけど、お前の叫び声聞いてると、逆に冷静になってくんだよ!嫌でも!」
私は霊が振り回した松明の炎をしゃがんで避けると、松明を振り回している幽霊にお札を貼りつけ、霊の間を縫うようにして霊達のリンチ中心部から抜けると、背中にお札を大量に貼りつけた。
何枚か霊を倒すのに余分だった札が地面に落ちたが、それを拾っている暇もなく、新しい札の束をカバンから出した。
落ちた札を勿体ないと思う暇すらなかった。
ようやく最後の一体を倒したとき、私達はボロボロになり、スポーツをしあ後のような良い汗をかいていた。
「も、無理・・・・・・うごけな・・・・・・。」
私はカクンと膝をつくと、地面に倒れこんだ。
イツキは、「なんとか井戸のある場所まで行こう」と言ったが、ちっとも動かない私を見て、結界をはってくれた。
そこで少しばかり休む事にした。
いつの間にか寝ていたのか、気が付いたときには私の上にはイツキの上着らしきものをかぶっていた。
地面に散らばり、汚れてしまった札もちゃんと集められ、置いてある。
「イツキッ!?」
あわてて私が飛び起きると、イツキは、座ったまま、木刀によりかかり、眠りこけていた。
木刀は今にも倒れそうだった。
私よりはるかに体力があるのかと思ったらそうではないらしい。
イツキもかなり疲れていたのではないか。
私が結界から外へ出れるのか試してみると、当然出れるはずもなく、無理に力を加えて跳ね返されてしまった。
「きゃっ!?」
その瞬間、遠い遥か彼方の記憶を垣間見た。
一人の少年が立ち尽くしていた。
見覚えのない、袴をはいた6歳くらいの子供だった。
「今のは・・・・・・何?」
「・・・・・・んあ?起きたのか。じゃあ行くとしよう。」
「あ、上着・・・・・・ありがとう?ね?」
「なんで疑問形なんだ?」
「いや、なんでもない。」
運動して汗かいた夜に半袖一枚といった格好をするなど、風邪を引いてしまうだろう。
自分が風邪になる可能性も考えないで、私に上着を貸すなんて、それこそ風邪を引いたら馬鹿らしいなどと、言えるわけがない。
とにかく私は美弥子ちゃんの家へ向かった。
あれだけの敵を倒したとあって、さすがに悪霊に出会うことは無かった。
「おじゃまします・・・・・・。」
部屋に入っていくと、人魂が出迎えてくれた。
先ほど、地図を照らしていた霊とよく似ている。
もしかしたら、この村にもこの怨霊化してしまったここを救って欲しいという美弥子ちゃんみたいな清らかで心やさしい霊もいるのかもしれない。
人魂は、すっと一つの部屋に入っていくと、桐だんすの中へ飛び込んでいった。
「ここを・・・・・・あければいいの?」
私が桐だんすの上から三番目を開けると、手紙の束が出てきた。
読んで良いのだろうか?




