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銃殺刑当日 明治海軍・南郷元帥の決断

「陸軍はどうあっても今日の処刑は自分たちの仕切りで決行したいようですし、海軍は自らの判断で刑を執行することはしかたなしの現状ですが、これ以上の陸軍介入は断固として許せるものではありません」

「……だからワタシを家ごと歩兵隊でかこみ、海軍が万が一発砲しようものならワタシを撃つという手段にでましたか」

「閣下の予想どおり、ていのいい人質にされてしまいましたね」


 最初は「余計な口をはさむな」と、その意味での威嚇包囲かと気軽に考えていたが、ここまで双方の緊張がゆがみ、一触即発がまさに目の前の状況である以上、あと数時間後には実際に銃弾を撃ちこまれるかもしれない。


 ――これではまるで、五・一五事件の二の舞ではないか。


「どうせなら先日の帝都大空襲に紛れてこの家を放火し、ワタシを火災死にでもしておけば面倒なことにならずにすんだものの」


 南郷(なんごう)が軽口をたたくと、かたわらの男は小さく咳払いし、


「実際、一部の陸軍歩兵隊はそれを目論んでいたようですよ。さすがに帝都民の避難を優先に動きましたが」

「……」


 これには、いまも変わらぬ減らず口も閉じてしまう。


 ――日露戦争のとき、当時の帝国海軍聯合艦隊を率いる司令長官は南郷で、階級は大将。


 その南郷をはじめとする司令部が立つ旗艦・戦艦《三笠(みかさ)》の艦橋では、海戦時に被弾し、負傷者も出したが、南郷は無傷で艦橋から一歩も動かず、その足跡が縫いつけられたように残っていた。


 ――それはのちの戦勝を盛りあげる逸話にすぎない。


 当の本人が笑って言ったものだが、先日、帝都大空襲を受けたさい、帝都内にある南郷の自宅地域は大火に見舞われたというのに、南郷の自宅周辺は無傷で火の粉さえ飛んでこなかった。

 ここまでくると南郷自身も、ひょっとしてほんとうに自分には神がかったものがあるのかもしれないと考えてしまう。

 それだけに、今後の帝国海軍、陸軍の辿る道を真の意味で自分がにぎっていると言っても過言ではなかった。

 この身のあつかいは南郷自身がよく知っている。


 ――帝国海軍最大の足手まといになるか、それとも最大の切り札でいられるのか。


「さて、と」


 言って、南郷はゆっくりと肩越しを振り返るようにして見やる。

 背にある座敷ではすでに日常の身支度をととのえた老婆――妻がいつもどおりに手伝いの女性といっしょに朝食を座卓に並べている。


「どうします、奥さん。いまならまだ逃げ道は用意できますヨ?」

「まあ、私に逃げろと?」

「そろそろ中年に足を突っこんでいる年だから若者とは言いがたいにせよ、旦那公認でよその男に抱きあげてもらう機会なんか、めったにないですし」


 と、つづけざまにからかうようにして妻に声をかけると、南郷の妻はまさに彼が惚れこんだ女性らしく、呆れたように長年連れ添った亭主にため息をつく。


「日露戦役のときのあなたが不在中、将校たちの自宅はいつも確実な戦果を挙げない聯合艦隊に不満を持つ民衆にかこまれて、投石を受ける日々でした。――それを思えば、実際に撃つこともしない兵隊さんはかわいいものですよ」

「……アンタ、それ、ウチはだいじょうぶだったと言っていませんでしたっけ?」


 記憶では第二艦隊所属の将校自宅の被害は相当だったが、南郷が有する第一艦隊所属の者たちの被害はほとんど耳に届いてはいない。

 あれ、という表情で首をかしげる南郷に妻は、


「砲弾を受ける、撃つのが生業の当時のあなたにそれを言ったところで、投石なんてかわいいものだと言われるのが癪だったので、黙っていただけです」

「それは……申し訳ないことをしましたねェ……」


 ――まさか、いまになって当時の不満をさらりと言われるとは。


 不覚にも一本とられた顔をする南郷だが、言外に最後までともにいると言われたのが奇妙なほどうれしく、年甲斐もなく口端がほころんだ。

 そのまま縁側からゆっくりと腰を上げる。


 ――座卓には三人分の食事が用意されている。


 南郷と妻、そして密偵として動いていた男の分だ。

 男は最初、すでに神格化されている帝国海軍元帥に相伴できる立場ではないと断りをいれたが、


「どうせ今日はもう、外には出れやしませんヨ」


 南郷と妻がそろって、男に手招きをする。


「このあとはのんびりご飯を食べて……そうですねェ、ひさしぶりに作戦図面でも書いて遊ぶとしますかねェ」

「作戦図面ですか?」


 手伝いの女性が水を張った桶と手ぬぐいを用意し、足を拭いて座敷に上がるよう男に向かって笑う。

 ここまで招かれては甘えるしかない。

 すでに座卓に着いた南郷は指先で器用に煙管をまわしながら、ふと天井を見上げる。

 若いころ、妙に色気があると婦人たちをにぎわせた瞳で、悪戯っぽく目を細めた。


「そうですねェ、作戦名は――」

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